19ちく話「ちくわパーティ」
「リンタロー! なあ! リンタローってば!」
はい、アイリスちゃん元気です。普通に生きてました。
襤褸は着替えて、シャツの上に革の装備を着ている。まさに、冒険者といった風情だ。
あのあと一回起きたんだけど「寝かせてって言ったじゃないか! もう!」って叫んで二度寝しました。俺の涙を返せ。
ベッドに運んで寝かせたときに安堵して、また泣いたのは内緒です。
「すっごい料理だ! いっぱい食べよう!」
「ハイハイ」
現在、城を会場にちくわ軍戦勝記念のパーティが行われていた。
兵士や、女中、城に携わるものすべてを迎え入れた大規模なものだ。
王の間にはたくさんの長テーブルが置かれていた。その上にはそれに比例する量の料理が並べられていた。
老若男女、職業、人種問わず様々な人が入り混じり、料理片手に笑いあっている。その光景を目にすれば、ああよかったな、と素直に思えた。
一緒に戦ったちくわ軍の面々が、自らの活躍を喧伝し、酒を飲んで笑いあっている。その中には、姫とマサヲも混じっていた。
彼らの手には、ちくわが握られていた。
アイリスは姫を見ると、一直線に向かっていった。
「姫さま!」
「あらアイリスさん」
彼女らはそのまま、ガールズトークへ移行していった。
俺とマサヲは二人、手持無沙汰になり、窓際に移動した。
星を見ながら、グラスを傾ける。マサヲはまだニワトリなので、酒は飲まないと言った。その代わり、皿いっぱいに牛肉料理を載せていた。
「大臣とシンはどうなった?」
「地下牢に閉じ込めたよ。その後、正式な手続きを行ったのち……」
「そうか」
葡萄酒の香りが鼻に抜けていく。特に何も感じなかった。
「ところで、ニワトリは治らないのか?」
「あぁ、術者に解く意志がなければ、まあ無理だろうな。そういう魔法なんだ」
「魔法か……」
魔法。それならば。
本日最後の俺の見せ場だろう。
「俺はさ。一度死んで蘇ったんだ」
「昨日言っていたな。ハハ、あれマジなのか?」
「マジなんだって。それで、ちくわを得た」
「ハハハ! おかしいだろ!」
「俺もそう思うよ……」
ちくわ。と念じて空間からちくわを現す。
ヌメヌメとして、ブニブニとしたそれは、俺の人生に風穴を空けた穴だった。
右手に握り、じっと見つめる。
マサヲは牛肉を噛まずに飲み込んで、俺に話した。
「そのちくわ。それで魔法を消していたそうだな」
「あぁ」
「いったい何なんだ、それは。なにを見ていたんだ?」
「『真実』……だと思う」
「ワケわかんねーよ」
「俺だってわかんねーよ。でも」
ちくわでマサヲを見る。「パキィン」という音とともにニワトリが黒に染まる。
ニワトリは羽が抜け落ち、哺乳類の進化の系譜を手繰り寄せるように、ネズミやらネコやらに変化していく。
「これは!?」
俺は翻ってその場を後にした。
もう、おそらく大丈夫だろう。
「おい! どこ行くんだよ!」
「寝る。今日はしんどい」
声の方向から、マサヲの体長が上方へ伸びていっていることが分かった。
グラスを一気に傾け、空になったそれを給仕に手渡した。
「……魔法には魔法なりの『理』がある。だがお前のは、それらを遥かに超越している……。この世界に溢れている魔法は紛いもんで、ひょっとしたらそれだけが、唯一本物なのかもな……」
俺は振り向かずに、無言で手を振った。
「姫さん。今日はもう寝てもいいか?」
「リンタローさん……お疲れですものね」
「えー!? このパーティの主役はお前だぞ!」
まだアイリスと話していた姫にそう言うと、アイリスが不満の声を上げ始めた。
「そうだそうだ!」
「大将……水くせえこと言っちゃいけねえや」
「これ飲んでくれよ! うまいぜぇ~」
その声に反応して、わらわらと集まってくる赤ら顔のちくわ軍に詰め寄られてしまった。
その手にはなみなみと注がれた酒が。
「ちょ!」
「ホラホラホラ」
「飲め~飲め~」
「イッキ! イッキ!」
「ば、ヤメ!」
ほぼぶっかけられるような勢いで口の中に放り込まれる液体は、喉を突き進み、胃にまで到達してしまう。
アイリスは爆笑していた。
「「「ちくわ! ちくわ!」」」
「ゴボッ……お前ら……ゴボボ……」
ちくしょう。ちくわなんてコリゴリだ。
頭の中がクラクラして、急速に意識がもうろうとし始めた。
あれ? 河が見えたよ? 向こう側で、おばあちゃんが──。
「た、大将が死んだ」
「あんらぁ……」
「ばあちゃん……」
河原にばあちゃんが、ブルーシートを敷いて座っている。マジかよ。
水筒からお茶を出して、俺にも座るように促してきた。
「ま、ゆっくりしてき」
「いやいやいや」
「ほら、ささ」
ちくわも何もなく、これマジで三途の川だなと思いつつも、ばあちゃんに懐かしさを覚え、とりあえず座ることにした。
「ばあちゃん、俺、頑張ったよ」
「リンちゃんは頑張り屋さんだものねえ。ここで見てましたよ」
「へ~」
どういうシステムなんだろうか。あの世からこの世を見ることができるらしい。
「どうやって見んの?」
「それはね……」
ばあちゃんは懐からちくわを取り出して、にこにこ笑った。
「嘘だろ……」
ばあちゃんの皮膚が突然、蝉の脱皮のように真っ二つに破れて、中からちくわが現れた。
「うわああああああああ!」
「ひゃんっ!?」
がばり、と布団を押しのけて目を覚ました。三途の川は消え、真っ暗な部屋にいた。夢だったのか、よかった。
額の汗をぬぐい、重たい頭をもたげる。
横を見るとアイリスが椅子に座ってこっちを見ていた。
「運んでくれたのか」
「う、うん……死んだかと思ったぞ……」
「お前もノリノリだっただろうが!」
「ご、ゴメンナサイぃ……」
暗くてよく分からなかったが、よくみると、彼女の目尻には少し涙がにじんでいた。気づいてしまえば、そこまで責める気にもなれない。それに、頭も痛いし吐き気もするので、なるべく動きたくなかった。
「まったく……」
俺はそのままベッドに身を落とした。色々と疲れていたので、もうひと眠りしようとした。アイリスは座ったまま動こうとしていなかった。そのうち去るだろうと思い目を閉じたが、いつまでも去る気配がなかったので、それを妙に思ってしまい、寝られやしなかった。
こうなりゃ我慢比べだとして膠着状態を一五分続けたのち、俺が折れた。
「もーなんなんだよ……」
目を開けると、アイリスが俺の顔を覗き込んでいて、驚いた。
「えっ」
「リンタロー、私は、ずっとひとりだった」
「え、何の話?」
「まあ聞いてくれ。エルフの森を追放されてから、いや、その前からずっと孤独だったんだ。私は、もうずっとこのまま生きるのだろうな、と、漠然ながらそう思って生きてきた」
ふざけているのかと思いきや、ずいぶんシリアスらしい。こうして真剣な顔のアイリスは、たまらなく美しい。黙っていれば宇宙一の美人なのに、なんで普段の言動はあんなに残念なんだろうか。
アイリスはじっと俺の目を見た。まっすぐに見つめられると、目を逸らしたくなる。ふい、と横を見ると、アイリスは両手で俺の両頬を挟んできた。
「はえ!?」
「頼む、ちゃんと聞いてほしい。お願いだ」
もう目と鼻の先に彼女がいる。話を聞くどころではない状況だ。アイリスのことだし、そこまで考えていないだろうが、こういった状況で男は誤解するのだ。ありもしない好意を幻想に泳がせるのだ。
アイリスのうるんだ瞳を見ていると、気がおかしくなりそうだった。
そして、桃色のつややかな唇が動いたので、俺の目はそちらにくぎ付けになってしまった。
「初めてなんだ、こんな気持ちは……」
──俺のこと好きじゃん。
暗い密室、男女ふたり。シチュエーションの二丁拳銃で俺の純情はもてあそばれている。




