17ちく話「ちくわリベンジェンス・オブ・チキン」
「ぐえっ」
カエルのような声が漏れる。呼吸もできないほどの衝撃が背中に激突し、背骨をきしませた。当然、立っていられず、隕石のように前方へ吹き飛んだ。
それを理解したのは、吹き飛んだあとだ。
ビリヤードの白球にでもなった気分だった。だがそれは同時に、大臣も球になったということだ。多分ナインボールだろう。なぜなら、俺の頭頂部が顎にブチ当たっている。
「が⁉」
「いってぇ⁉」
受け身を取れずに、地面に胸骨を叩きつけられた。
「ハハハ! 羽をむしったお返しだ!」
「! その声は」
「お前は⁉」
「キサマ……」
俺も、シンも、大臣も、扉から軽佻浮薄に歩いてくる存在を知っていた。
ニワトリなのに牛肉が好きで、傲慢不遜で、小うるさい男。
つかみどころのない態度からは考えられないほど、義に篤い男。
その身を家畜にやつし、この国の腐敗を目の当たりにし、それでも牙を研いでいた、不屈の男。
チキンという代名詞が似合わない、あの──。
「『マサヲ』か!」
「コケコッコォ(肯定の意)」
立ち上がり、振り返れば彼がいた。
「待たせたか?」
「まさか戻ってくるとは思ってもいなかったよ」
「ヒデぇな。チキンは大っ嫌いなんだって」
大臣を見ると、顎に受けたダメージから立ち直っていないらしく、体を支える脚はガクガク震えていた。こちらを視線で射殺さんとする眼差しはそのままだったが。こわい。
「マサヲ、なんとかできるのか?」
「当たり前だろ。そこで見てな」
彼は俺の前に立つと、白い手羽を器用に折り曲げ、銃のような形にみたてて大臣に照準を合わせた。
そして一言。
「『人中』」
と静かに言い放った。
大臣は見えない砲弾に正面から命中したかのようにスッ飛んでいった。
シンの手前で勢いを失い、静止した大臣は、もう意識がないようだ。
「詠唱短縮か……⁉」
「こんなん定石だろうが」
忌々しげに歯ぎしりをするシンは、はたから見ても動揺を隠しきれていない。
残る標的はひとり。絞り切ったスポンジを、再び水に浸した時のように、俺の腕に力が戻った。
まるで奇跡だ。いや、ひょっとすると必然だったのかもしれない。魔法の本質は『偽』を『真』に変えること。それはつまり我を貫き通すということだ。
俺たち、ちくわ軍は全員が全員、我を貫いていた。その結果だというのは、考えすぎだうか。
「マサヲ……」
ちくわを構えようとする。シンの面持ちはますます険しくなっていく。
マサヲは何も言わず、片翼を広げ、俺を制した。
その背はなによりも雄弁で、彼がなにをしたいのか、なにをすべきなのかがすぐに分かった。
俺はちくわを下ろし、彼を送り出した。
シンはなにがなんだかよく分からないといった様子だった。
だが、俺には分かった。マサヲはここで決着をつけるつもりだ。
「四二六日前、お前に負けてからすべてが変わった。王は死に、姫は幽閉され、民は飢え……俺だってこんな姿にされた」
「ハ! 恨むなら弱い自分を恨め」
「恨んださ。女を盾にしなきゃ戦えない雑魚に負けた自分をな」
空間に圧力が満ちてゆく。冷めていくような、それでいて熱していくような温度で陽炎が揺らめいている気がした。それに減退はなく、ゆえにどこまでも張り詰めていった。
「そう。この距離だ。あの時もこうだった」
マサヲは足を止めて俯いた。
両者は赤い絨毯の上に、お互いの手が届かない程度の間をおいて対峙した。
「お前には借りがある。それを返してもらう」
「やってみろ」
大気が振動している中、ふたりは押し黙った。見ているだけで心臓が止まりそうだ。
恐ろしいほどの静けさ。いつまで続くとも分からない。
シンの持つ杖に力がこもってゆく。
時間が圧縮され、一秒が無限とも思える長さになっていた。
──シンの唇が微かに動いた。呪文を唱えると、杖は素早くマサヲに向けられ、その先端が赤色に光りはじめた。
マサヲは淀みなく、それに応じるように指を向けた。
「遅えよ」
「うぐっ」
細い光が放出される直前にシンの鳩尾が凹んだ。赤い閃光は照準がブレて、マサヲの羽を少し溶かすのみだった。
「無、詠唱……」
そのまま、シンは顔から倒れた。
誰が見ても明らかだ。俺たちの勝利だった。
その瞬間、立っていられなくなり、尻餅をついて座り込んだ。
「大将! 無事か⁉」
「ついにやったんだな!」
「お前ら……?」
扉が開き、ちくわ軍が雪崩れ込む。
W班だけではない。T班、K班もいるようだ。
「逃げろって……言ったじゃないか」
「大将見捨てて逃げれっかよ」
「全員かき集めてきたが、その必要はなかったみたいだな!」
「バカ……」
だが、ありがたかった。
こうなれば、やることはひとつだ。
マサヲを見ると、目が合って、お互い頷いた。
最後まで気を引き締めなければ。
「みんな、ありがとう。まずは大臣とシンを捕えよう」
「おう!」
「縄持ってこい!」
気絶したシンをちくわ軍で抑える。そして、抵抗できぬように縛る。
そこに至って、はじめて気が付いた。
アイリスがいない。
血の気が引く。あの体のまま、どこかへ行くはずもない。
周りに目をやって、さらに恐ろしいことに気が付いてしまった。
「バカな……」
あまりの事態に呆然とした。
マサヲもそのことに気が付き、狼狽している。
音が遠のいてゆく中、聞こえた言葉は。
「大将、大臣はどこだ?」




