16ちく話「ちくわバトル2」
「形成逆転だな」
「くっ……」
「アイリス! もう一回変身できないのか⁉」
「……ダメだ。魔力の流れを感じられない。解呪の他に、沈黙の効果もあるようだ」
かなりアイタタな衣装から、元の襤褸に戻ったのは朗報ではあるが、この状況においては最悪だった。
大臣は口を弧に歪める。それが赤い月のようで、狂気じみた悪魔を彷彿とさせた。
その後ろに、皆既日食のように重なる黒いローブ。
「手出しは無用だ」
「心得ています。周りのごみ掃除をしようかと」
「ヒッ」
「やめてくれ!」
太陽黒点の悪意はちくわ軍に向けられた。ちくわ軍は蛇に睨まれた蛙のように怯えはじめた。
「なっ! させるか!」
「そんな暇があるのか?」
アイリスは動こうとするが、大臣はそれを阻んだ。
「小娘。お前の相手は私だ」
「私は三四五歳なんだがな……」
俺はそれを尻目に落ち着いていた。シンを一心に睨む。
三四五で魔法少女はやっぱりキツいと確認する余裕すらあった。
ピンチではあるよな、確かに。でも大丈夫だ。
「そうだ。アイリス。それでいい」
「リンタロー……?」
「蚊帳の外だよな、なんかさ。次は俺のターンだ」
「! そうか」
アイリスは大臣と距離を詰め、攻勢に出る。攻め切れず、かといって守りもしない。両者一歩も譲らぬ、複雑な攻防だった。
さてシンの頭上。先ほどとは違い、火の塊が浮いている。
俺たちを燃やし尽くすつもりか。どこまでもイヤなヤツだ。
狙いを定めるように、それを左手で指さした。右目は右手に添える。
「『ちくわ』」
「死ね」
右の視野では火が緑色に変色した。甲高い音が鳴る。
その太陽は幻であったかのように、消失した。
シンはなにが起こったのか理解できない様子で、再び呪文を唱え直した。
だが俺の右目はヤツに絡みついていたので、それが発動することはなかった。
そうなれば、もはやヤツは詩人でしかない。
「次のポエムまだか?」
半笑いでシンに尋ねる。
先ほどまでの有頂天は鳴りを潜め、ヤツの双眸は俺を認識していた。
「なにをした」
「いや、いいポエムだなってさ」
目をつぶっていたちくわ軍一同は、不思議に思い、徐々に目を開いていった。
シンの眉間にみるみる皺が寄っていく。
「なにをしたと言っているッ!」
「『ちくわ』だ」
「訳の分からないことを言うなァッ!」
怒号に対しては涼やかに。これが一番キく。
大臣も思わず一瞬手を止めたようだ。その隙に突っ込むアイリス。
戦局は敗勢から五分に。五分からやや勝勢に。
見守りたいが、それはしない。俺は俺の役割を全うするだけだ。
「負けるなよ!」
「任せろ!」
こうなればお互いがお互い、後衛を狙う形となった。
勝負は俺の手から離れ、前衛のふたりへ。
時折、視界の端、血が飛び散る。どちらの血かはわからない。
信じるしかない。
ちくわ越しにシンと睨み合う。
ちくわ軍の歓声と嘆息が交じり合う。
そしてついに──。
「ハァ……ハァ……」
「リン、タロぉ……」
アイリスの声。
「すまない……」
倒れ伏す音。どちらが立っているのかは、見るまでもなく分かった。
「お前を拷問したとき……尊敬すると言ったな……。それは撤回せんよ」
近づく大臣の気配。だがそれでも、俺はそちらを見なかった。
目を逸らせば、全員やられる。
「私をここまで追い詰めたのはお前が初めてだ……」
剣の反射が右頬を照らす。
時間が妙にゆっくり流れていた。
心臓が早鐘を鳴らす。その響きは俺の意識をも揺らしていた。
波打つ世界のなか、シンの嘲笑が目につく。
恐怖で呼吸が荒くなる。
それでも、このちくわを放すことはしないつもりだった。
「私を見ろ」
「いやだね」
「なら死ね」
剣が風を切る。
最期の最期まで屈することはしなかった。
「うおおおおおおお!」
「ぐっ⁉」
「W班! 大将を守れ!」
「「「おう!」」」
ちくわ軍の誰かが大臣に体当たりをした。予期せぬ方向からの攻撃に、大臣は反応できなかったようだ。俺の前方、よろめく大臣が目に映った。
「大将! あんたは俺らが守る!」
「そのままアイツを見ててくれ!」
「ここは俺たちに!」
「お前ら……!」
俺を起点に、扇状にちくわ軍が広がった。
世界一硬い肉の盾。俺にはそのように思えた。
「クズどもが……!」
「誰かまずシンを仕留めろ!」
俺の号令よりも早く三人がシンに向かう。
大臣は狙いをそちらに移し、素早く近寄って剣を振るった。
一人が悲鳴を上げた。
「走れ!」
残る二人は振り返らずに絨毯を駆ける。
長い牢獄生活の中で衰えた脚力は、お世辞にも速いと言えず、当然のように大臣に回り込まれてしまった。
空しく切り払われる二人。
「わかっただろう。お前らの革命など、無意味だということだ」
「クソ……!」
俺とシン、後衛を結ぶ直線に立たれてしまった。
ちくわ軍が何百人いようと覆せそうにない戦況だ。俺を含め、立っているのは一四名。はだかる壁は厚く、高い。それでもなお、ちくわ軍の目は死んでいなかった。
またひとり、先頭に躍り出て、抗わんとする。
はたから見れば延命策でしかないだろう。だがこれは軌跡だ。命尽きるまで戦おうとする覚悟の証明だった。
「くどい!」
いとも容易く踏みにじられる。
俺はもう混乱していた。策はなく、力もなく、刀折れ、矢が尽き、果てにその命までも摘み取られる。もう無理だ、と悟った。
これ以上、戦士を見殺しにはできなかった。
「もういい!」
囁いたつもりだったが、無意識に叫びになった。
ちくわの構えを解く。そして、両腕を上げ、降参のポーズをした。
「なんだ? どうしたというのだ」
「もう終わりだ。俺たちの負けだ」
「大将⁉」
周囲から反感のどよめきが。
「お前らも分かってるだろ、アイツには勝てない。完敗だ」
「っ!」
「これ以上はやめよう。限界だ。みんなを死なせたくない」
「この私がそれを許すとでも?」
「許すさ。姫の場所、知りたくないか?」
知らなかった。が、これしか思いつかなかった。大臣にとって、一番困ることは、自分の立場を脅かすことのはずだ。大局的に見れば、苦境に立っているのは実はこちらではない。
大臣がこの誘いに乗らないわけがなかった。
アイリスの呻きが耳に入った。
「そんなもの、全員殺してお前だけを捕えればいいだけのことだ」
「一人でも殺してみろ。舌を噛んで死ぬぞ」
「バカなこと言うなよ大将!」
「いいさ。みんな、いままでありがとうな」
「最後まで戦わせてくれよォ!」
別れを惜しむ暇もない。ヤツなら舌を噛む前に俺を捕えることも可能だろう。冷静になられたら負けだ。なし崩しに交渉を成立させなければ。
「というわけだ。他は見逃してくれ」
「……お前はどこまで私をコケにすれば気が済むのだ?」
「これでおしまいだよ。頼む」
正直、無理筋だ。これが精いっぱい。よくやったよ、俺も、みんなも。
渋面の大臣が近づく。戦士たちは戸惑いと恐怖が露わになり、道を開けるしかなかった。
「早く逃げろ!」
ちくわ軍は蜘蛛の子を散らすように、背後の扉に向かった。
俺の目と鼻の先に、大臣がいた。
「お前のやったことは許されない。この先、死ぬこともできずに、穴倉の中で飼殺してやる」
「怖いな」
「減らず口は縫い留めてやろう。だがまずは」
剣を振り被っている。
「腕を落とすか」
その時どこからか、ニワトリの鳴き声が聞こえた気がした。




