15ちく話「ちくわバトル」
一人が先んじた。
「ヒャッハー! もう我慢できねえぜ!」
勢いよく扉を開け放った。釣られて、全員が中に雪崩れ込む。
「お、おい!」
俺は制止したが、止まらなかった。まずい。今までが順調すぎたのか、冷静さに欠いている。コンバット・ハイならぬ、ちくわ・ハイだろうか。
「風よ、風よ。簒奪の暮れに果てゆく荒廃よ」
ついに接敵した。玉座に鎮座するは偽りの王、大臣。その隣には、杖を持ち、既に呪文を唱えるシン。
そしてその上空。荒れ狂う大気のあまりの圧力に、空間が捻じ曲がって見えた。
「みんな下がれ!」
「『風爆』!」
遅かった。巨大な爆風がちくわ軍を吹き飛ばす。俺もアイリスも例外ではなかった。
人が埃のように空を舞う。
無敵と思われたちくわ軍。しかしその勢いは、この一撃であえなく打ち砕かれてしまった。
「待っていたよ、囚人」
「くっ……」
地面を這いつくばる俺たちに、胸を張り堂々と屹立するヤツら。
その対比は、明確な実力差を示していた。
奇襲はあえなく失敗した。完全に油断していた。絶望感が漂う。
「そしてさようならだ」
こんなところで終わるのか? これでは、ただ犬死するためだけに体を差し出したようなものじゃないか。生贄と変わりない。虫けら同然だ。
その時気が付いた。誰か立っている。誰かいる。誰か。
「リンタロー、任せろ」
「アイ、リス」
よろめきながらも立ち上がる。ちくわ軍最強の人物、それが彼女だった。彼女は諦めていない。
そうだ。今度は一人じゃない。なら俺も、立ち上がらないわけにはいかないだろう。
重力に逆らうように、運命に逆らうように、手で地面を掴み、持ち上げる。
左手の痛みなど、今は気にならなかった。
「アイリス、策が?」
「魔法を使う。だが耳をふさぎ、目を逸らす必要はない」
「なんだって?」
「実は死ぬというのは嘘なんだ。……だが、これを見ても私を嫌わないでほしい」
「……今さらかよ。ありえない」
「ひどい男だ……」
力が抜ける五体。そんなもの関係ない。アイリスの隣に立った。
彼女は意を決し、口を結んだ。ついに、彼女の魔法を目の当たりにするのか。
大臣はその様をあざ笑った。
「おしゃべりは終わりか? ……シン」
「風よ……」
「『エルフ・メタモルフォーゼ』!」
彼女がそう宣言すると、襤褸が光りだした。
王の間の時が止まった。大臣とシンでさえも、その誘引に身を任せざるを得なかった。
光る布は体に吸い付き、赤色のドレス(フリル付き)や、ピンク色のファンシーなアクセサリーへと変化した。
まるで日曜の朝、女児向けのアニメのような──。
「愛と勇気と、正義のエルフ戦士! 魔法少女マジカル☆グレヴィちゃん、参上!」
片膝を高らかに持ち上げ、華麗に決めポーズ。『マジカル☆グレヴィちゃん』の背景には、虹がかかっていた。
裏腹に、ちくわ軍の心中は穏やかではなかった。一人残らず、この世の全てを憎むような目をしている。
依然、時は止まったままだ。
(や、やっちゃった~……!)
「……って……」
「あ、アイリス? その」
「私だって好きでこんなことしてるんじゃないの! 精霊との契約なの!」
涙目だった。かわいそう。
「ふざけているのか?」
「違う! アイリスは真面目にやってこれなんだ!」
「どういう意味だ⁉」
「あっ、いい意味で……」
この問題児め……。どういう神経してたら敵前で魔法少女になれるんだ!
「くだらん。シン!」
「風よ、風よ!」
「マジカルマジカルマジカルル~ン! 風さん! 私の声を聞いて!」
二人がそう言うと同時に、両者の頭上に、またもや空気の塊が発生した。
しかし、アイリス、いや、グレヴィちゃんの魔法の方が、シンのものよりもさらに大きかった。
呪文までもがファンシーかよ。
「な⁉」
「『エルフ・ウィンド』!」
「『風爆』!」
二つの強大なパワーがぶつかり合う。衝撃ですさまじい風が吹いた
趨勢は明らかだ。グレヴィちゃんが押している。シンの魔法を突き破り、ヤツらの方へ飛んでゆく。
「バカな⁉」
「リンタロー!」
「マジでよくやった!」
玉座に風が直撃。ヤツらは吹き飛んだ。
ちくわ軍の誰かが立ち上がって言う。
「やったか⁉」
「それ言っちゃダメなやつ!」
もうもうと立ち込める埃の中に、ふたつの影法師。
そのひとつが煙を突き破り、グレヴィちゃんに吶喊してきた。大臣だ。
銀色に光る十字架。ロングソードの先端が彼女の右目を突き破らんとする。
紙一重で躱すグレヴィちゃん。
彼女は即座に大臣の右腕を極めようとしたが、飛び退かれてしまった。
「ふん。ちと驚いた」
「剣を……」
「クク。王たるもの、力がなくてはな」
グレヴィちゃんの右頬から、血が一筋垂れる。
彼はロングソードを舐めた。
きったな。
シンを倒せば終わりだと思っていたが、しかしこれは、予想外だった。
「アイリス……やれるのか?」
「大丈夫だ。魔法少女は負けない」
「それ恥ずかしくないの?」
「うるさい!」
グレヴィちゃんは雨滴のように膝を抜き、起こりなしの加速ののち、瞬き以下の速度で大臣に肉薄した。
顎に右の掌底を放つ。
「甘い!」
大臣は剣でそれを払う。が、それは空を切った。掌底を途中で止め、すかさず左の肘。見事なフェイントだった。それは側頭部を完璧に捉えたかに見えたが、スウェーでなんなく躱す大臣。剣を返し、胴を薙ぐ。
ぐちゃ、と水気のある音が響く。グレヴィちゃんの膝が対手の鼻柱を砕いていた。
「「「うおおおおおおおおおお!」」」
盛り上がる観衆。彼女は首相撲に移行し、執拗に膝を放つ。大臣の顔面から血しぶきが舞う。
魔法少女の戦い方じゃねえ。
「ガァッ!」
大臣はそれを無理やり振りほどき、剣戟。彼女は反応し距離を取った。
彼の鼻は真っ赤に染まり、くの字に曲がっていた。なんともバイオレンスな光景である。
まあともかくとして、やはりアイリスの方が一枚うわ手なようだ。
そう思っていたのだが。
「まずいぞリンタロー」
「なんだって?」
「今の奇襲で決める気だった。しかし、上手くいなされてしまった」
大臣は鼻を掴み、強引に元の位置に戻すと、深呼吸をしていた。
そうしたのち、静かに剣を構えた。
顔に傲りはなく、泰然とこちらを見つめていた。
「隙が消えた……」
大臣がゆっくりと口を開く。
「二〇年前、私はこの国の剣士だった。ある日、訓練で森の中を行軍することがあった。フフ、その時にな。当時の隊長は私を森に置き去りにしたのさ」
懐かしむような口調だが、視線は鷹のようにこちらを掴んでいた。
アイリスの表情が厳しくなってゆく。
「七日さまよった。生き残るために、泥を飲み、虫を食べ、獣の糞を口にしたこともあったかな……。その五日目の夜だった。まだら模様の巨大な蛇に出会った。私は死を覚悟した」
なにかが張り詰めていて、なにかが千切れそうな気配。
緊張から冷汗が噴き出してくる。
「そこで人生を振り返ると、後悔しか残っていなかった。そうすると、自分がひどく小さく思えてな……。目の前の脅威を憎む気持ちになった」
大臣の後ろ、玉座の奥で黒いものがわずかに動いた。かすかな声が聞こえる。
「もういいだろう。なぁ? シン」
「しまっ──」
「すべて無に帰す! 『解呪風』」
生ぬるい温度が宙を駆けた。
それは物質には影響がないようで、肌に抵抗すら感じなかったが、致命的なものを奪い去った。
『魔法少女マジカル☆グレヴィちゃん』が、ただのアイリスに戻ってしまったのだ。




