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13ちく話「ちくわ☆レボリューション」

「悔しくねぇのかよ……」


 牢獄が息をのんだ。


「悔しくないのかよ、自分に。騙されて、なにもできないで、悔しくないのかよ」


 ざわざわと、にわかにどよめき立つ。火にかけた鍋だ。


「俺はあいつらを、せめて一回ぶん殴ってやらないと気が済まない。みんなはどうなんだ?」


 鍋は音を立てて沸騰している。湯気のように、牢獄内の熱気が伝わってくる。


「悔しくないわけ、ないだろ……」


 目の前の囚人を皮切りに、続々と、控えめながら共鳴していった。

 それは暗雲に立ち込める雷鳴を彷彿とさせた。


「でもよぉ、俺たちにできることなんてねぇだろうが……」


 一人の囚人が呟いた。それは加えられた水だ。熱は急速に冷めていく。

 俺はそれを待っていた。


「ここから脱出できるとしたら?」

「……なんだって?」

「俺には策がある。それにはみんなの協力が必要だ」


 対面の囚人に話しかける。


「あんた、枷をよく見せてくれ」

「え? あぁ」


 彼の枷をちくわで覗く。

 枷は崩壊した。


「な⁉」

「いいか! これから全員の枷を外す! 枷が外れた者は、檻の前に立ってくれ!」


 目を閉じ、ちくわを思い浮かべる。ただのちくわではない。蛇のように長いちくわだ。

 作り出し、覗く。それは曲げても潜望鏡のように穴と穴を繋いでいた。

 それを前の牢屋に投げる。


「これを曲げて、みんなの枷に向けてくれ!」

「ちくわ?」

「いいから!」


 彼はおどおどとちくわを掴み、周囲に視線をバラまいてくれた。


「終わったぞ」

「よし、それじゃ、それを右に投げてくれ」


 握っているちくわをさらに伸ばす。手品で国旗を出すような形だ。

 俺から見て左側のどこかに、アイリスがいる。彼女までたどり着けば。

 目まぐるしい景色だ。色彩が滅茶苦茶に入れ替わり、ぐねぐねと波打っている。


「……!」


 その果て。ついに、見た。

 忘れもしない。あの、白金の髪とアメシストの瞳。白い肌は、至る所に裂傷をつけられていた。そして、四肢には枷を。

 四つすべて、視線で破壊した。

 

「アイリス!」


 ちくわから目を離す。遠くでなにかが光った。

 彼女はひたり、ひたりと歩いてきた。囚人たちは全員、彼女に見惚れていた。

 俺だって例外ではない。暗闇の中で、彼女だけが輝いていた。

 とても、綺麗だった。


「リンタロー。ありがとう」

「お互い様、だろ」

「フフッ、惚れてしまいそうだ……!」


 花が咲いた。それがやけに顔を熱くさせた。


「……なあアイリス。ここから出してくれよ」

「え、スルーなのか……。まあいいだろう」

 

 そういえば、アイリスの魔法って、見て、聞いたら死ぬんだよな。


「ちょっと待ってくれ……。みんな! 今から、アイリスが檻を壊す! 目を閉じて、耳をふさぐんだ!」

「え? いや、その」

「どのくらいかかる?」

「あ、一五分、くらいかな……」

「一五分だ!」

「うん……あ、りがと、う?」


 なんだか歯切れが悪いな。そういや、前もこんな感じになっていたような。


「アイリス、なんか隠してないか?」

「へっ⁉ い、いや! 全然!」


 怪しいな……。


「まあいいか。とにかく、頼むよ。終わったら俺の肩を叩いてくれ」

「わ、わかった」


 長い沈黙ののち、一五分が経ったようだ。肩を叩かれたので、目を開いた。

 檻の外には、たやすく出ることができた。

 そして、廊下には大勢の囚人たちが。各々喜びを確かめ合っていた。


「兄ちゃん! ありがとうなぁ!」

「ようやく出られたぜ!」


 おおよそ五〇人。よくもまあこれほど集めたものだ。


「これで全員か⁉」

「まだ、奥の方にもいるはずだぞ」

「よし! 今出す!」


 ちくわで枷を壊していく。それが終わると、全員を俺の牢の前に集めた。


「ど、どうするんだ? こんなに集めて……」


 アイリスが不安そうな顔で聞いてきた。


「こうするんだよ」


 俺はちくわを錬成し、マイク代わりにした。


「みんな! まずは出られたこと、喜んでくれ……。辛いこともあったろう。だがそれは、今日で終わる。いや、終わらせる!」

「「「……おお!」」」


 反応は上々。人いきれが立ちのぼっている。


「みんな、声を抑えろ。声を上げるのは、勝ってからだ……。今からみんなに『あるもの』を配る。まずは受け取ってくれ」


 ちくわをひとりひとりに手渡していった。その際、頭上に疑問符が見えたが、いちいち気にしてても仕方がない。


「見ての通り、これはちくわだ。魚の練り物に、穴を通し、表面を焼いた加工食品。たんぱく質が豊富で、疲れた体を癒してくれるはずだ」

「な、なんだって⁉」

「す、すげえ! ちくわってすげえんだな!」

「感動した!」


 プラシーボ効果。それを狙った。イワシの頭も信心、といったところか。そして、同じ釜のちくわを食い、結束を固める。一ちくわ二鳥だ。


「よし、まずは腹を満たそう! ちくわに齧り付くんだ! おかわりが欲しかったら言ってくれ!」

「「「いただきま~す!」」」


 集団で一心不乱にちくわを食べる、という光景はなかなかカルトじみていた。


「おかわり!」

「早いな……。ってアイリスか」

「……リンタロー。お前のやろうとしていることが、分かったぞ」

「協力してくれるよな?」

「愚問だ」


 そう言ってくれると思っていた。俺たちは笑いあう。

 ちくわを頭上に掲げた。


「食いながら聞いてくれ!」


 おびただしいほどの視線が、俺とちくわに集まった。


「これから俺とアイリスは、この国をメチャクチャにしたやつをぶっ倒しにいく。だが敵は強大だ……正直、どうなるのか分からない。もしかしたら、負けるかもしれない」


 そこで切り、みんなの反応を覗う。食う手を止め、注目していた。


「だから、みんなは逃げてくれてもいい。ここにいて、生き残れる保証は……」

「おい!」


 どこからか怒声が。俺はそれが、先ほど隣にいた男のものだと気づいた。


「そりゃ水臭えんじゃねえのか? ここにいる連中はな、腹立ってんだよ。兄ちゃんだけにおいしいところ持ってかせられっかって!」

「そうだそうだ!」

「俺だって大臣殴りてぇ!」


 囚人は熱気を孕んだ竜巻となり、空中を木の葉のように舞う汗。その中心に立っていると思えば、心がやけに静かになった。

 協力を期待していなかったと言えば嘘になる。事実そうなるように働きかけた。だが本当は、逃げてくれてもよかった。今さらそう繕おうにも、もはや俺にも押しとどめようがない。苛烈さは増していくばかりだ。

 ふと、喉の奥が締め付けられるような痛みを感じた。だが不快ではなかった。これは楔だ。彼らと俺との間を穿つ楔だ。

 この感情をなんと言い表すべきだろう。ふさわしい言葉が見当たらなかった。

 ただ一言、一言をそのまま絞り出すしかなかった。


「熱い……っ!」


 無辜の咎人ら、美のまれびと。そして無力な異邦人。本来なら交わるはずのなかった線だ。

 はじまりは暗室から。だが夜明け前が一番暗い。

 総勢五八人。ここに戦士が志を共にした。


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