12ちく話「レイジ・アゲインスト・ちくわ」
冷汗。全身を怖気が襲った。
もうダメだ。逃げられない。あの拷問をまた。しかもそれは、これからずっと、それこそ死ぬまで続く。憶測ではなく、事実だった。
震えが止まらない。目尻から涙が地面へと伝って落ちた。
「うっ……く……」
かろうじて声は抑えた。これが俺に残った最後の矜持だった。それ以外はもう、何も残されていない。
冷静でいられるわけがなかった。
「おい。うるせぇぞ」
野太い声だ。隣から聞こえてくる。
うるさい、と言われても、止めることなんてできない。
「く……あ……?」
「ったく。何したか知らねえけど、寝かせろクソが」
その言葉に、反発する気力は、今の俺にはない。
ないはずだが、素直に言うことを聞く気にもなれなかった。
ムカついていた。
「泣くぐらい、いいだろ……」
「だからうるせえってんだよ! ったく! この国は全部クソだ! なんなんだよ!」
怒鳴り声が響く。
「たしかにな、前王の時代はよかったさ。でもな、姫に代わってから、すべてが終わったんだよ! あのクソアマ! こっから出たらぶっ殺してやる!」
「姫……?」
「あぁそうだ! あの姫がバカだから、この国はおかしくなっちまったんだ! 全部アイツのせいだ! お前もそう思うだろ⁉」
思うわけがない。あの姫は、抜けていそうだったが、民を苦しめようとするような人間じゃない。自分のやれることをやろうとするハズだ。
そのことを知っていれば、彼だってこんなこと口走らないだろう。ヤツらの言ったとおり、表では、すべて姫がやったことになっている。
そのこと異様に悔しかった。
「そうだ!」
「俺たちがこうなったのも! 全部!」
「ちくしょう!」
「あのアマ! みんなでぶっ潰そう!」
周囲からも同調の声が上がる。
見事に、それはもう見事に。騙されている。
それは大臣の悪辣な手腕の上等さを示していた。
「おい、お前もそう思うんだろ⁉」
「うるっせえ」
「あ?」
隣の男が俺に同調を迫った。
もうううんざりだ。頭ん中がグチャグチャでドロドロに溶けている。
「うるせえっつってんだよ! どいつもこいつも!」
「お、おい」
「黙れよ!」
牢獄内は静まり返った。
「俺は見たんだよ! 姫を見たんだよ! そんなことする人間じゃないんだよ! なにも知らないで呑気にテメェら! ふざけんな!」
自分では何を言っているか、わからなかった。心の赴くまま、叫んだ。
「裏で大臣がやってんだよ! なんでわかんねんだよ! 俺よりここに住んでるんだろ⁉ んなことすんのかよ⁉ 誰が信じんだよアイツのこと!」
「ひ、姫は、確かに優しかったが……」
「だから大臣がやってんだって言ってんだろ!」
自分でも驚くぐらい感情が爆発していた。
「俺だって助けようとした! 成功したんだ、姫はもうこの城にはいない! あぁクソっ……でもアイリスはまだこん中にいんだよ! 許せねぇんだよ、ああいう連中は! でも何より許せねえのは!」
なんでも他人頼りで、自分の力でなにもできない。
「俺自身なんだよ!」
喉が破れそうだった。心臓が喉から飛び出そうだったが、飲み込んだ。
「はぁ……はぁ……」
「……兄ちゃん、それは本当かよ」
「はぁ……あ?」
「だから、その、大臣ってやつだよ」
「少なくとも、俺は見た。お前らはどうなんだよ?」
「それは……」
気が付けば、いまや牢獄全体が聴衆と化していた。
「知らん。もう知らん」
狂乱は鳴りを潜め、重い沈黙が、暗い空間を包む。そんなもの、俺にはどうでもいいことだ。
左手をかばいつつ、座り込む。
策は、何か策はないのか。
焦りと裏腹に、視界は明瞭になってゆく。
「なにかないのか。なにかなければ、俺は終わりだ」
確実に進みゆく死と尽きてゆく生。それを前に風前の灯となった俺には、もはや先は残されていない。
だが炎は、最期の一瞬にその身を激しく震わす。
ジャケットの内ポケットにある感触を、妙に重々しく感じた。
「ちくわか……」
右手でそれを取り出し、眺めまわした。角度を変え、距離を変え、様々な視点から。
もしや、と思い、ひとくち齧ってみた。
しかし、何も起こらなかった。
ダメか。
「これでもない……」
『ちくわを出す能力』のその先。ちくわ大明神に示唆されたものだ。この状況を打開するには、それを見つけなければならない。彼は、既に知っている、と言っていた。
俺の記憶の中に、その答えはあるのだろうか。
「『ちくわの穴は真実を覗く』……『その裏の裏まで』……」
繰り返しながら、記憶を遡る。魔法でちくわを作り出したこと。ちくわを食べ、言語が通じるようになったこと。そして、この世界に来る前、ちくわを覗いたこと。
自然と右手が動いた。ちくわの穴を通して、まるでスナイパーがスコープ越しに世界を狙うように、右目に添えた。
「『ちくわの穴は真実を覗く』……その裏。俺が見るものは、真実だ」
マサヲはこう言っていた。魔法の本質は『偽』を『真』にすることだ、と。
『真』は翻せば『偽』となる。
「では、俺が、見られているものは?」
穴が下に向かい、足枷を捉えた。
瞬間、穴の中の、狭い世界の色が反転した。
パキン、という音と共に、足枷にヒビが入り、俺の足首を離れた。
鎖と鉄球だけが残った。
「そうか……そうだったのか」
ちくわの本質、それは、真を偽に変換するバッファー。平たく言えば、魔法を無に帰すアイテムだった、ということだ。
すぐに檻に移動し、叫んだ。
「アイリス! いるか! アイリス⁉」
耳を澄ます。耳朶を叩いたのは、反響と、虫の喘ぎ声のような、小さな返事だった。
「……ンタロ……! いるぞ……!」
彼女は、ここにいる! 極めて遠いが、この牢獄のどこかに、彼女はいるのだ!
アイリスが魔法を使えさえすれば、この場を切り抜けられる。
問題は、どうやって、だ。
一つ策を思いついた。
大きく息を吸い込む。
一か八かだ。そんなもの、今までもそうだった。
「みんな聞け!」
宇宙まで届かせるように、声を張り上げた。




