11ちく話「拷問ちくわ」
気が付けば、また荒野に立っていた。この前の夢と同じ荒野。しかし、今度はちくわが一体しかいなかった。そいつは無言で俺を見ていた。
俺はそいつが誰だか知っている。
「……ちくわ大明神か?」
「いかにも。やはり見る目があるじゃあないか」
俺たちはそれきり、黙った。色々言いたいこと──主に文句だが──があったのに、なぜかそんな気にならなかった。
多分、目の前のちくわの雰囲気が、いつになく真摯に見えたからだ。
風が砂塵をまき散らした。
「なあ」
「なんだ」
「俺は死んだのか?」
「……いや、生きている。だがお前は大臣の怒りを買い、拷問を受けるだろう」
「そうか」
それを聞いて安堵した。半面、身震いもした。
拷問か……。穏やかじゃないな。正直恐ろしい。
だが、生きているのならやりようはある。一時は覚悟した命だったが、生きてさえいれば、前に進める。いや、もはや進むしかない。すでに後退のネジは外した。
覚悟をより強固にしていると、ちくわ大明神が口を開いた。
「聞かないのか?」
「何を」
「お前の能力についてだ。私はそれを伝えに来た」
「ちくわを出す能力だろ? もっとイイのくれりゃよかったのに」
そんなことを言ってもしょうがないだろ。問題の解決を先に考えたい。
「いや、それは一義的なものだ。その本質は別にある」
「? どういう意味だ?」
「それだけの能力ではない、ということだ」
つまりこの能力にはまだ先があると、そう言いたいのだろうか。耳を疑うような情報だ。
「……どうすればいい?」
「直接教える訳にはいかん。自分で気づくのだ」
「ヒントくらいはいいだろ?」
「出している。お前は既にそれを知っている」
考えても、思い当たらなかった。強いて言えば、ちくわを食べたことぐらいか。
不意に視界が揺らいだ。地平線が波打っている。
「う……」
「む、時間か。これだけは覚えておけ。『ちくわの穴は真実を覗く』のだ。それを裏の裏まで考えろ。これが精いっぱいだ」
「わ、かった……」
荒野の色が混じり、膨張し、弾けた。視界は黒く染まり、身体の感覚が戻った。
寒い……。歯がガチガチと音を立てている。腕で胴を抱こうとするが、手足がまったく動いてくれなかった。
どうやら、十字架のようなものに縛り付けられているらしい。
「起きたか。起きなければよかったものを」
大臣の声だ。うっすらと目を開けると、ニタニタと卑しい笑みを浮かべていた。その傍らには、赤黒い血糊のついた、拷問器具、なのだろうか。針や、ペンチなどが机の上のトレーに置かれていた。
「こ……こ、は?」
「牢獄だよ。その最も血なまぐさい牢だ。ここを拷問に使っているからな。その意味が分かるか?」
「う……」
やはり、そうなのか。夢の中では強がってみたものの、こうして直面すると、全身が凍り付きそうだ。
「ところでお前が何者かは知らないが、私を出し抜いた手腕、人をイラつかせる口八丁、敬意に値する」
「ふっ……」
「……その態度だよ。だから私は、お前を尊敬することにした」
大臣は、トレーの針を手に取った。ゴクリ、と唾を飲んだ。
「手心は加えない。日をかけてじわじわと嬲り殺してやる」
俺の左手を持ち、人差し指を伸ばし、握った。
「ご、拷問の……定番だな」
「減らず口だな。定番ではなく、王道なのだよ」
それがどんな痛みなのか知らないからこそ出た言葉だった。現実離れしているから、余裕があったのだ。
爪と指の間に冷酷な感触。
ワインコルクにスクリューを捻じ込むような気軽さで、それは差し込まれた。
「ぐっ……うわあああああ! あああああああ⁉」
痛い、痛い、痛い。全身が勝手に暴れはじめた。手と足と胴体がバラバラになりそうだ。世界が真っ白になっていった。
大臣が手を止める。
「いい反応だ。さて、痛みを知ったことで少しは賢くなっただろう。まず聞こうじゃないか。お前は何者だ?」
「はぁっ、はぁっ……な、何者?」
そんなもの、俺にだって──。答えようがない。
「わ、わからない……」
「ほう、大した胆力だな」
再び針は肉を突き進む。
「ああああああっ! 知らない! 知らないんだ!」
指の中で針が動く。異物感と痛みで頭がおかしくなりそうだ。
「頑張るな、少し驚いた」
大臣はそう言うと、針を引き抜いた。
「ああっ!」
「さて、次は中指だな。質問を変えようか。二人はどこだ?」
それも分からない。マサヲは安全な場所へ、とだけ言っていた。
涙が出てくる。勘弁してくれ。俺が悪かった。
後悔してもしきれない。こんなことするんじゃなかった。
「わからない! 本当だ! やめてくれ!」
「ククッ……拷問のし甲斐があるな」
それでも拷問は続いた。いずれも俺の知らないことについて尋ねられたので、答えようがなかった。
とうとう左手の指がすべて赤く染まった頃、大臣は手を止めた。
「あ……あ……」
「今日はこのくらいか。質問に答えれば、楽に殺してやる。明日も楽しもうじゃないか、なぁ?」
十字架から降ろされ、地面に寝かされた。何も言えなかった。
こんなことが、毎日、俺が死ぬまで。恐ろしくてたまらなかった。
「う……うあぁ……」
涎と涙の複合物。それが床と顔を濡らした。
長い時間、流れるままにしていたが、そうしている自分が途端に情けなく感じて、やるせなかった。
まず、鼻をすすり、それから涙をぬぐった。
打開するんだ。後悔しても仕方がない。
状況を再確認する。周りを見るが、構造はアイリスのいた牢屋と変わらない。
自分はどうだ。左手は動かせないが、それ以外は無事だ。以前と違うのは、俺にも足枷がかけられていること。脱出は、ほぼ不可能のように思えた。今は一人だ。
頭が冴えわたっていくにつれ、詰んでいるという事実が、背中に重くのしかかってきた。




