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10ちく話「エスケープフロムちくわ」

「えっ? ちくわさん……?」


 後ろを振り向く。姫が戸惑っている。マサヲも、呪文を唱える口は止めないが、目で「戻れ!」と言っている。目は口ほどに物を言う。慣用句を目の当たりにした瞬間だった。

 さて、完全にノープランだ。とにかく時間を稼がなければなるまい。扉の向こうではシンがブツブツと何かを呟いている。おそらく、呪文だ。

 冷汗が頬を垂れる。

 恐れは脳の隅に追いやり、策を練る。意表を突けば止まるだろうか。よし。


「どうも~竹中です! 輪太郎です! 二人合わせて竹中輪太郎です! よろしくお願いしま~す! って一人やないかい! よいしょ~!」

「……誰だ?」

「風よ、風よ……? しまった……。もう一回」


 しめた。効果はあるようだ。背後からの視線が痛いが。


「え~最近ですね、ちくわにハマってまして。あ~ちくわって言っても色々ありますからね~。えぇ、そうなんです。で、どういう風にハマってるんですか? いやね、ちくわを頭から被ったら取れなくなっちゃって! って物理的にハマってるんか~い! よいしょ~!」

「?」

「は? ……あぁ! クソッ!」


 着実に遅れている。後ろの様子を見る。姫がものっすっごいシラけた目をしている。マサヲもなんだか悲しそうだ。そう、あれは捨てられた子犬を見るような──。

 冷静になったら負けである。俺の孤独な戦いはまだ続く。


「え~それでは、ショートコント【ちくわ】。『お、こんなとこにちくわ屋さんできたんだ。入ってみよ』ガチャ。『いらっしゃ~ちくわ』『無理やりだな! まあいいや』『いいの⁉』『お前が言い始めたんだろ! ったく。とりあえずちくわ一本ください』『あ~お客さん、ウチはちくわ置いてないんですよ』『ちくわ屋なのに⁉』『なんで今から作ります』『初めからそう言えばいいじゃねぇか。なんで焦らしたんだよ』……」

「おい早く扉開けろ! これ以上聞いていられん!」

「風……風……大臣! 静かに!」


 効いてる効いてる(笑)。そろそろやめ時だろうか。再度背後を覗う。


「あの~……ちくわさん、もうよろしいかしら。準備、済んでます」

「あ、お、俺はよかったと思うぜ。うん」

「終わったんなら早く言えよ!」


 楽しんでやってるワケじゃないんだよ! 気を遣うな!

 だが作戦は成功だ。転移魔方陣まで戻ろうとした。

 その時だった。激しい衝撃が背中を襲った。肩甲骨がきしむ。

 俺は二人を大きく越え、壁にまで叩きつけられた。


「がっ⁉」

「リンタロー!」

「ふぅ……手間取らせやがって」


 体に力が入らない。頭も上手く回らない。が、何が起こったのかは分かった。扉が破られてしまったのだ。


「お前……マサヲか!」

「リンタロー急げ!」

「くっ……あ……い、行け……」


 立ち上がれない。脱出を阻止されたら終わりだ。二人を逃がさなければ。

 マサヲは強く頷いた。

 魔方陣が光りだす。発動したようだ。


「させるか!」

「もうおせぇよ……リンタロー! 無事でいろよ!」


 二人の身体が緑色の光に包まれて見えなくなる。シンが必死に魔法を唱えていた。激しい突風が吹いた。が、それは空を切り、光が収まったあと、すでに二人の姿は消えていた。

 脱出は成功だ。俺は口角をぎこちなく持ち上げる。

 さて、本当に一人になってしまった。

 目の前には青筋を立て、顔を真っ赤にしているシンと大臣。

 シンは黒いローブに身を包み、大臣は、中世末期の貴族のような、いかにも、といった華美な衣装をまとっていた。


「おい」

「……あ……」

「あの二人はどこへ行った?」


 恐ろしい。際限ない悪意と、敵意を向けられることが、ここまで恐怖を掻き立てるとは思ってもみなかった。


「話せば、命だけは許してやろう。どこへ行った?」


 大臣は笑顔だったが、目は笑っていなかった。嘘に決まっている。そう分かっていても、一縷の望みにすがってしまいたくなる。俺は弱かった。

 ダメージは回復しつつある。膝に手をかけ、立ち上がった。


「……」

「どうだ? 言わなければ、お前を殺す」

「顔真っ赤だぞ……お前ら。笑える」


 だが例え、人生を懸けても譲ってはいけない状況とは存在するのだろう。今がその時だった。

 ヤツらは、ほとんど茹蛸のような表情へと変わっていった。


「お前ら、大臣? あと魔法使い? なんだってな。俺は魔法も使えないし権力も持ってない、ただの人間だ。で? お前ら、大臣と魔法使い? すごいな、さぞかし優秀なんだろう。きっとただの人間になんて、絶対に出し抜けないだろうな!」

「貴様……!」

「お前らバカ丸出しだぞ。バカ王国の王と側近か? アハハ」


 足が震える。声もところどころ裏返ってしまう。だが、口を衝く罵倒は止まってはくれない。悔しがれ、怒れ。俺にできることは、これだけだ。


「俺を殺すのか? へ~いいんだ。姫とマサヲは遠くまで逃げるだろうな。別の国に行って、あるいは告発するかもしれない。そうなればお前らはおしまいだな。大臣の国盗り、これにて完!」


 二人は表情を失った。だが焦っているわけではないはずだ。あれは怒りが限界を超えたときに表れる表情だ。ひょっとしたら、マジで殺されるかもしれない。もう後には引けない。

 手からちくわを出す。


「あ、これ、ちくわ。冥土の土産に持ってってくれ」

「シン、こいつを捕えろ」

「わかりました」

 

 ここまでか。結局、新たな人生を謳歌することはできなかった。ちくわをしまうと、今までの記憶が頭の中を巡る。走馬灯というやつか。ロクな記憶がなかった。

まあ、いい。この連中に一発くれてやった。これで十分だ。あとは、マサヲと姫がなんとかするだろう。

 ちくわに殺されるよりは納得できる死に方だ。

 シンが呪文を唱える。魔法か。

 俺にはちくわを出す程度しかできなかったが……。もっと当たりの魔法だったら、窮地を乗り切れただろうに。ほとんど役に立たなかったな、ちくわ。

 風に吹き飛んだのか、すごい速さでヤツらが遠くなっていく。頭を壁に打ち付けた。目の中に星が飛び交う。


「お前は苦しめて殺す」


 薄れゆく意識の中、そんな言葉を聞いた。


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