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1ちく話『ちくわとの遭遇』

 今日俺はちくわの中身を覗いてしまった。

 そこには広い空間が広がっており、薄暮の空、大理石の床、金色のフレームに意匠を凝らした赤色のクッションの椅子が置いてあった。


「ん?」


 俺はちくわから目を離し、そして目をこすってからもう一度覗いてみる。

 今度はその椅子──おそらく玉座なのだろうか——に大きなちくわが身体をくねらせて鎮座していた。


「ちくわ⁉」

「む」


 ちくわが声を発した。(ちなみにちくわはちくわであるものの手足が人間のように生えていた。それでも、口や目はなかったのでどこから声を発しているのかは分からなかったが、もしかしたらちくわ特有の穴からなのかもしれない)。


「貴様、見えているのか?」


 返事をしたら負けだと思って、無言を貫くことにした。


「見えているのかと聞いているッ!」


 ちくわはよく響く声(おそらく穴が開いているため)で、怒声を放ち、大気を震え上がらせた。しかし相手は食品だ。彼我の関係性は捕食者と非捕食者、恐れる必要は一切ないと思い直し、俺はこのちくわと会話することした。


「おい、あんたちくわか?」

「ほう、貴様、見る目があるようだな」


 当たり前だろ。


「いかにも、私はちくわである。しかもだ。私はちくわの中のちくわ、キングオブ、いや、ゴッドオブちくわ。すなわち、ちくわ大明神なのである」


 疲れてるのかな、俺。

そう思い、ちくわを冷蔵庫に戻し、布団に入ることにした。途中、ちくわから騒ぎ立てる声が聞こえてきたが、冷蔵庫にしまってしまえば気にならなくなった。

その夜、夢を見た。

 先ほどのちくわ空間の大理石に俺は立っていて、目の前にちくわ大明神が座っていた。この二人(もしくは一人と一ちくわ)の周りを円で囲うようにして、無数のちくわが回転しながら踊っていた。

今までみたどんな悪夢よりも悪質だった。


「さて、貴様がちくわを食わずに冷蔵庫にしまったことは不問にしよう」


 怒るとこそこなんだ。


「しかし、貴様はちくわの真実を覗いてしまった。それは到底許される行為ではない。よって貴様の運命はここで潰えた」

「え? つまりどういうこと?」

「貴様は死んだのだ。ちくわ刑法十三条『ちくわ真実罪』によりな」

「はああああああああああああああ⁉」


 ちくわの中身を覗いたのが死因だって⁉ そんなの、両親になんて言えばいいんだ!


「ちょ、ちょっと待てよ、じゃあ現実世界での俺は今どうなってるんだ?」

「安心しろ。ちくわを大量に丸のみしたことで呼吸困難に陥り、死亡した、ということになっている」

「安心できねーよ⁉ 世界一バカな死因じゃねーか!」


 するとちくわ大明神は俯いて(顔がどこにあるのか分からない以上、この用法が正しいとは言えない)、そのプルプルした肉体を震わせた。


「……本当に、すまない。貴様も、ちくわを愛する人間なのだろう。できれば、私もなんとかしたかったさ……」

「ちくわ大明神……お前、泣いてるのか……?」


 思えば、俺はちくわ界のことは何も知らなかった。ちくわ大明神も、神である以上、立場というものがあるはずだ。確かに俺は死んでしまったが、ちくわ大明神も、それが本意であったとは限らない。彼なりに葛藤もあったのだろうか。


「本当に……ク、本当に……ププッ、ほ、ほん、ブフゥ! ち、ちくわが、ちくわが死因って、ち、はははははは!」

「笑ってるじゃねーか! ふざけんな!」


 自分でやって自分でツボってやがる。呆れたちくわだ。


「はー腹痛い。さて、ブフッ、ここからが本題だ、フヒッ」

「ぶん殴りてぇ……」

「貴様には二つ選択肢が残っている。それは成仏と転生だ。貴様は今は霊体という状態にある。つまり幽霊だ。その霊体を失い、永遠の眠りにつくか、それとも、霊体をそのまま新たな肉体に生まれるか」

「そんなもん……」


 そんなもん決まっている。俺はまだ生き足りない。おまけにちくわが死因で成仏などできるわけがなかった。


「今までの記憶、肉体はどうなるんだ?」

「それは貴様の要望を聞いてやろう。ちくわで死んだ哀れな男だ。ちくわに免じて多少のサービスくらいしてやる」

「お前がやったんだろうが! ……転生で。肉体も精神もそのままでいい」

「わかった」


 ちくわ大明神が手を掲げると、周りのちくわはピタリと動きを止め、道を作るように二列に並列した。そして、手を振り下ろすと、ちくわロードの終着点に巨大なちくわがボトッと落ちてきた。なるほど、あの大きさなら人ひとり入るくらい訳ないだろう。


「じゃねーよ! 最後の最後までちくわ尽くしか!」

「うるさい。あれが、次の世界だ」

「くっそ……わかったよ」


 俺はちくわロードを歩み始めた。ちくわ一体一体の視線(あるのかは不明)を感じつつ、巨大ちくわに近づき、穴に手を掛けた。


「最後に」


 背後からちくわ大明神の声。


「なんだよ」

「貴様の行こうとしている世界は、今まで住んでいた世界とは全く違う。剣や魔法の飛び交う世界だ。今の貴様なら二秒で死ぬ」

「はぁ⁉」

「聞くがよい! しかし、貴様もある意味ちくわに選ばれし人間。これを持って行くがよい」


 ちくわ大明神はそう言うと、彼の頭部にあたる穴からアタッシュケースを放出した。

 それを胸でキャッチするとドロッとした液体でヌメッていたのですごくイラっときた。


「これは?」

「向こうに着いたら開けるがよい。ではな」

「なんだかよくわかんねえけど……まあとにかくありがとな」


 こうして俺はちくわに殺され、ちくわに生かされ、ちくわの穴を通るという奇妙な体験に遭遇した。心の中で、実は夢で早く覚めないかなぁ、とひたすら思っていた。

 ちなみにちくわの中はブニブニしてて感触がメチャクチャ気持ち悪く、意地でも二度と通りたくなかった。


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