セクシーボイス
一休みのあと、わたし達は空へ飛び立った。もちろんゲームの話だよ。
正面から大村の飛行機がゆっくり近付いてきた。こちらより高度があるみたいだ。機体名の表示が赤いのは、彼女が敵側だからである。
『とりあえず3000mくらいをキープしな』
「はーい」
この空域にいるのはわたし達だけ。
アジュールコンバットにはフレンド同士の限定対戦を行うモードがあるのだ。これなら他の飛行機を気にすることもなく、練習に専念できるってわけ。
『んじゃ、やろっか紗花』
ボイチャだと大村の声は二割増し素敵になる。
肉声よりもハスキーな響きが増しており、思わず聞きほれてしまうほどだ。
(JKのくせにJK殺しのセクシーボイスを放ちよってからに。色っぽいのはおっぱいだけにしとけ!)
『紗花? おーい、聞いているか?』
「あ、ごめん。いいよ、なにからする?」
『おまえ、基本操作は一応できてるから立ち回り方を覚えな』
「立ち回りかぁ。言葉の意味はわかるけど、なにをどうすればいいのやら……」
『まず心得から。一撃したら即離脱! 墜とせなくてもしつこく追うな』
「うっ! は、はい」
『前回はあたしが援護してたからもったけどさ。終盤ならともかく、あんなに粘ってたらフツーは誰かに横やり入れられちまうぞ』
だって、あてないと墜とせないし……とか思っちゃうのがダメなんだろうなぁ。
空戦の基本は速度有利からの一撃離脱。つまり、一撃したら結果はどうあれ離脱する。素早く仕切り直せば、一方的な攻撃を繰り返せる。逆に粘りすぎれば速度を失い、せっかくの有利を手放してしまう――ということらしい。
『おまえら、めっちゃ遅く、めっちゃ低空をふらふら飛んでたからなー。そこら中から敵が群がって来てたの、気付いてなかったっしょ?』
「え……そ、そうだったっけ?」
『心得二つ目。どんな時でも後方確認! てか周囲全部を見張らないとダメ。それができない状況には長くとどまらないこと』
「ううっ、はい」
くそー、ぐうの音も出ないぜ。
『おかげであたしはスコア稼げたけどな。おまえを狙う敵機をバンバン墜とせた』
「なにそれ、わたし撒き餌にされてたの!?」
『おまえが勝手になってたの。あたし、離脱しろっていったっしょ?』
「で、でしたね……」
『とにかく一撃離脱と見張りの徹底。めっちゃ重要だからキモに銘じておきな』
むう、いちいちごもっともすぎる。ここは明るく元気にお返事しておくか。
「わかりました、杏奈先生!」
『……っ!』
「ん? どうしたの?」
大村は何故か息を飲み、絶句しているらしい。
わたしなにか変なこと言ったかな? ヤバい、ノリが合わなかったかも?
『い、いや……まあそれはそれとして……実際にどう動くかだけどさ。対戦なんだから当然相手がいるだろ』
「うん」
『だからまず相手をよく見ること』
「はい」
『距離や機種はもちろん、どのくらいの高度、速度でどこへ向っているか』
「ふむふむ」
『それがわかれば自分の取るべき行動も決まってくるっしょ?』
「な、なるほど?」
そういわれてもさっぱりなんだが。
『難しく考えるなって。目的は敵の撃墜だろ。どうやったらできる?』
「そりゃ、わたしの飛行機は前にしか撃てないんだから、後ろを取らないと」
お互い真正面から撃ち合うこともできるけど、ゼロ戦は燃えやすい。敵弾に身をさらす行動は避けたい。
『基本的にはそうなるよな。でも闇雲に追いかけるだけじゃダメだ。状況に応じて自分が有利になるように効率よく機体を動かすんだよ』
ちょうど大村のゼロ戦がわたしの頭上を通り過ぎて行った。
『紗花、そのまま真っ直ぐ飛んでろ。カメラを後ろに向けてあたしの動きをよく見ておきな』
「う、うん」
指示通りにカメラを向ける。画面には遠ざかる大村のゼロ戦が表示された。
『いま、あたしからすると低い高度に自分とは反対方向へ飛ぶ敵機がいる。こういう時は――』
大村のゼロ戦は翼をくるりと回し天地逆さまになった。そのまま降下して縦旋回。半円を描き終わると機体は水平に戻っていた。するするとこちらに追い着いてくる。
『これが〝スプリットS〟。下向きにターンすることで高度を速度に変えているから、追いつきやすい』
「へーっ、いい響きの技名じゃん。かっこいい!」
『感心するとこ、そこ?』
ただ、ターンの過程で降下するからある程度は高度がないと水平に戻る前に地面とキスするハメになるらしい。
大村からアドバイスを受けつつ何度か繰り返すと、とりあえずはわたしもできるようになった。
『自分より高い位置にいる相手を追う場合は、逆をやればいい』
大村のゼロ戦はわたしを追い抜くと軽い降下の後、急上昇した。上向きに描く半円の頂点――機体が天地逆さまになった辺りでくるりと翼を回すと、水平飛行に戻る。わたしとすれ違いつつ、
『こんな感じ。ほら、おまえもやってみ』
「オッケー!!」
さっきまでスプリットSをやっていたから操作方法は理解できる。今度はまず上昇して――って、あれれれ?
「ちょ、止まっちゃうううううーっ!?」
どんどん速度が落ち、ゼロ戦は空中で停止しかけてしまった。失速寸前だったが、どうにか翼を回し水平状態に戻すことに成功。だが大村は遙か彼方まで遠ざかっている。これでは追跡どころではない。
「あっぶな……なにこれ、ぜんぜんダメじゃん!」
『こいつは上向きターンで速度を高度に変える技だからな。速度が足りないとターンの途中で使い切っちゃうわけ。だからあたしはまずスロットル全開で降下して、加速したの』
「ええ……先に教えてよ!」
ちなみに技名は〝インメルマンターン〟だそうだ。やっぱり響きはかっこいいな。逆に腹立つけど。
『なんでも体感した方がいいんだって。実はこれでも普通に旋回、上昇して追うよりは効率がいいんだわ』
「えっ、マジで?」
『マジでそう。つまり、もし高度有利な相手を追うなら?』
「……かなり速度か上昇力がないとダメってことか」
これはターンの要素がなくても同じこと。無理な上昇は急減速を伴うのだ。
『だから、相手を誘って追い込むこともできる』
「大村に誘われれば、ホイホイついて来るだろうけど……美人局は犯罪では」
『阿呆、おっぱいの話じゃねーよ』
「えっ? じゃあ、あんたが安産型なのと関係ある?」
『なにがじゃあなのか知らねーけど、関係あるのは飛行機の尻だってーの。自分の速度に余裕がある時、わざと相手に後ろを見せて急上昇するんだよ。向こうが無理に追って来れば――』
大チャンスが到来する。途中で失速して身動き取れない飛行機などいい的でしかない……なるほどなぁ。