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めっちゃ好き

 自宅の最寄りから三つ手前の駅でわたしは電車を降りた。

 改札を出ると大村の姿が見えた。約束した通り、自販機のそばにあるベンチに腰掛けている。


 あれ、でももう一人いるぞ?


「――ってたんだよねー。だからあたしは――」

「バッカだろそいつ! ぎゃははははっ!」


 大村に負けず劣らず派手な容貌の女生徒が上体をのけぞらせて笑っていた。

 むむむ、あやつ何者だっ!? ……ってまあ、大村の知り合いなんだろうけども。制服からして同じ学校のクラスメートかな。


「フツーそれで終わると思うっしょ? でもそいつまだ粘るんだよ。しょうがねぇから店長に――」


 わたしは自販機の影に、こそこそと身を潜めた。

 いつまで話してんだよ。別の学校だし割って入りにくいんだよ、わたしは。


「むらっち、ヤバいのに好かれるんじゃなーい?」

「ほっとけ」

「あーしもこないださぁ――」


 なかなかお喋りは尽きてくれない。先に約束したのはこっちなのに。

 ……仕方ないか。大村はちゃんと学校に友達がいるんだよなー。

 

「てか、あいつ遅ぇな。もう着くはずだけど」

 

 残念でした。とっくに来ているんだよ、気付けよ。

 わたしがいじけモードに入っていると突然スマホの着信音が鳴った。


「――えっ!? うそ、バイブ切れてた!?」


 入っていたのは大村からのメッセージだった。


『いまどこ?』


 自販機からそっと顔を出すと、ぽかんとした表情の大村達と目が合う。そりゃこの距離で着信音が聞こえないはずがない。わたしは引きつった笑いを浮かべるしかなかった。




   □




「くっくっくっ!」

「……いつまで笑ってんだよ、もー!」

「だってまさかすぐ横にいるとは思わねーっしょ! あたしもびっくりしたけど、あん時の紗花の顔……マジウケたわ~」


 今回は本当に面白かったらしい。ううう、恥ずかしい……。

 散々からかわれたが、マンションに着く頃になるとさすがに大村の笑いはおさまっていた。


恵美(えみ)は今度ちゃんと紹介するよ。あいつとは学校で結構つるんでるからさ」

「え……あ、うん」


 第一印象最悪だよなぁ。逃げるように立ち去られてしまったし、よっぽど変な奴だと思われたんだろう。

 正直、彼女を紹介して欲しいとは思わなかったりする。わたしは相手が誰でも気後れしちゃうんだから、知らない人は知らないままでいい――なんて、大村にはわからないだろうな。


「お邪魔しまーす」

「はいよー。どうせあたししかいないけどな」


 ここの玄関をくぐるとほっとするのは、大人の目がないせいかも知れない。マンションの六階だから眺めもいいし。

 廊下に鎮座するあれこれを避けながらリビングへ向う。


「大村ん()って物が多い割に綺麗だよね。なんかお店みたい」

「あー、一応掃除はしてっから」

「もしかして毎日?」

「ん? そりゃそうだろ」

「そ、そうですか……」


 むう、またしても女子力の高さを見せつけられてしまった。

 わたしなんて自分の部屋すら毎日掃除なんてしないぞ。せいぜい週一回で、あとはお手伝いさんにまかせっきりだ。


「ソファー座ってろよ」

「うん」

「飲み物は? オレンジジュースか紅茶か炭酸水」

「じゃあオレンジジュースで」

「あいよー」


 大村はお菓子の大袋をいくつか取り出し、深皿に入れはじめた。


「あとでアジュコンやるっしょ?」

「もちろんだよ! マジのマジで今日こそは撃墜したいからね!」

「紗花って意外と負けず嫌いだよな」


 かいがいしくジュースとお菓子をローテーブルに並べる大村。

 至れり尽くせりだよねー、いつもながら。


「あのさ……もしわたしがたまにはソフトクリームが食べたいなっ! つったらどうする?」


 わたしだったらスリッパで殴る。甘えんな、ぼけっ! ってスパーンといくね。


「あ? そりゃ、どこかに食いに行くしか――いや、確か冷凍の奴が通販にあったな。それでよければ次までに」

「い、いやいやいいよ! ちょっと聞いてみただけだから!」

「おまえ、ソフトクリーム好きなんだろ? そういや、ネカフェでも」

「いいから! ホントにもう充分だよ、ごめんなさい! 冗談ですから忘れてくださいマジで!!」

「そ、そうか? なら止めとくけど」


 焦って強めに否定してしまった。わざわざ取り寄せてもらうなんて申し訳ないし――下手すりゃ、マンションにソフトクリームサーバーが設置されかねない勢いを感じたのだ。もちろん気のせいだとは思うけど。


「今日体育あったし、着替えるわ。ちょい待ってて」

 

 って、こやつ通りすがりにわたしの頭を撫でて行きよった!?

 いや別に嫌じゃないよ? むしろ辻斬りなでなでとかテンション上がるわ! 上がりはするのだが、しかし。


(ううむ……前から思ってたけど、大村ってわたしに甘いよね?)


 彼女はひんぱんにわたしを自宅に招いてくれる。

 漫画の話につき合ってくれるし、自分のパソコンまで使わせてくれる。

 わたしと一緒にすごす時間を楽しんでくれる。

 

 なぜ? どうしてこんなによくしてくれるのだろう。



――あたし、おまえのことめっちゃ好きだし。



 あれは友愛の表明ではなく、本当に愛の告白だったりして。いやいや、女同士じゃん! でも絶対あり得ないわけでもない、ような……むしろ大村が男の人とイチャイチャしてるとことか、想像できない。


 もし本当に()()なら――どうしよう? 大村は外見がド派手で口も悪いし始終ダルそうだけど、わたしを大事にしてくれる人だ。一緒にいると不思議と安心できる人だ。彼女から強く求められたら、たぶんわたしは断れない。

 

 えっ? てことは……もしかしてけっこう危険な状況にいるのでは?

 

 ここは大村の家で他には誰もいない。わたし達は二人きりだ。

 ハグとかちゅーくらいならありだけど、その先はまだちょっと早くない? 高校一年生だよ、わたし達っ!? 無理無理無理、まだ無理ーっ!!


 なんて日和ってしまうわたしを大村は優しく、でもちょっと強引に抱き締め『大丈夫だよ、紗花。怖がらないであたしにまかせな』とか耳元にささやいてくれて、じゃ、じゃあお言葉に甘えますぅ! 的な展開に雪崩れ込んじゃったり……。


「~っつ!!」


 い……いやいや落ち着け! 落ち着けよ、わたし。

 

 こんな想像はさすがに失礼だ。そもそも大村とはあの日再会したばっかだよ。子供の頃だってほとんど交流なかったし、ついこの前までは完璧に忘れていたじゃん。浮かれすぎだよ、さすがに。


 でもわたしのピンチに大村は颯爽と駆けつけてくれて――


(かっこよかった。あの時の大村、ホントかっこよかったなぁ……っ!)


 一方、わたしはだいぶアレだった。キレてケンカ別れした挙げ句、最後はマッグで号泣とかあり得ない。子供のようにわんわん泣かれて大村も困ったに違いない。どう考えたって迷惑極まりない話だ。

 

 好きな人にされるならともかく、あれをやられて好きになるなんてことある?


「――ないか。要するにお子様扱いされているのかな……」


 わたしがあんまり危なっかしいから、世話を焼いているだけ。妹か、下手すれば親戚の子供の面倒を見ているような感覚なのかも。うーん、お馬鹿な妄想よりよっぽど現実味があるな。やっぱりそういうことだよね……。


「おまたせ。独り言つぶやくならスマホでやれよ」

「いや別に……って、うっわっ! あんたのルームウェア、エロすぎっ!?」


 布地薄いしフィットしすぎでボディラインがくっきり浮き出てる。童貞をジェノサイドする気か! 安保理が黙っちゃいないよ!?


「あんたね、ちょっとは配慮しなさい! 無差別セクシーテロなの!?」

「は? あー、あたしゆったり目を着ると豚になるんだわ。だから仕方ねーの」


 大村が言うには胸で持ち上げられた布がだらんと垂れ下がり、ウエスト回りが太ましく見えてしまうらしい。


「おかげでワンピもダメだし、似合う服が限られるんだよな」

「……あんたどうせワンピとか着ないんじゃ?」

「あーね」

「ニットセーターとか着たら破壊力ヤバいよね?」

「当然」

「ううう……無慈悲なおっぱい自慢つらい……」

「るせーな、おまえしかいないし別にこの格好でいいだろ」

「まあ、お似合いだけどさぁ……」

「だろ?」


 大村は軽くポーズをとってにんまり笑った。なんだか彼女はいつも余裕たっぷりだ。たくさん持っているからこそ、気前よくわたしに分け与えてくれるのだろう。

 もちろん嫌じゃない。むしろ嬉しいし心から感謝もしているけれど――


「なんだよ、紗花。どうかしたか?」

「ううん」


 わたしはもらうばかりで、まだなにも返せていない。

 それが少しだけ、悔しかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 徐々に濃くなる百合度がとても良いです。
[一言] もう落ちかけてるやんけ!(歓喜)
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