マッグ
あたしはネカフェから飛び出した。
どうせ今日はおかしいのだ。あとちょっとだけ、おかしなことをしたって構わないはず。ほんの五分探して見つからなければ、それで終わりにすればいい。
あいつはどっちに行っただろう?
とりあえず駅に向ってみて――と、角を曲がった先に当の本人がいた。
「――は!? なにされてんだ、あの馬鹿っ!!」
いかにもなドキュン達が、道端に止めたワンボックスカーへ紗花を押しこめようとしていた。紗花は必死でもがいているが、口を手で塞がれているのか、声は聞こえない。
(ネカフェから百メートルも離れてねーだろ!? すでに拉致られてんじゃねーよ!)
とっさにスマホを取り出し、画面を触るふりをした。小走りにワンボックスカーへ接近する。ドキュンの数は二人……いや、車内にも一人いやがる。周囲に人影はまばらで、助けてくれそうな人は見当たらなかった。
どうする、どうする――って、やるしかねーっしょ!!
「ん……!?」
音が聞こえたらしくドキュンの一人がさっとこっちを見たが、あえて無視する。そいつはあたしがスマホで自撮りでもしていて、状況に気付いていないと思ったらしい。身体で紗花を覆い隠そうと背を見せた。よし、狙い通りっ!
「おい、さっさと乗せ――いぎっ!?」
背後から股間を蹴り上げてやった。慈悲なんてかけない。一撃必殺でやるしかないのだ。ドキュンAは悶絶し崩れ落ちる。
「あ? な――」
続けざま、立て看板を引っつかんで横殴りに振り抜く。紗花の頭をかすめた看板が側頭部に激突し、ドキュンBも地に伏した。
「ああっ!? な、てめぇなにしやがるっ!」
ドキュンCが降りてきた。もう奇襲は効かない。
後は全力で抵抗するしかない。大声で騒ぎ立て、誰かが介入してくれるのを期待――
「おわっ……がっ!?」
あたしにつかみかかろうとしたドキュンCはくるりと縦回転。そのまま勢いよくアスファルトに叩き付けられてしまった。
投げられた。紗花が投げ飛ばしたのだ。
「はぁ、はぁ……っ!」
紗花は息を荒げ立ち尽くしていた。呆然としているようだ。あたしは転がっていた通学鞄を拾い上げた。胸に鞄を押しつけてやると、紗花はやっとあたしを認識した。
「あ……? お、おお……」
「しっ」
口先に指先をあてて黙らせる。
「他に落としたものは? 取られたものはない?」
蒼白な顔で紗花は首を横に振る。
一番ダメージが少なかったドキュンBが起き上がりかけた。
「うう……っ、この……」
「うるせーっ! てめーはそこで死んでろっ!!」
踏み込んで顎を蹴り飛ばす。もうここまでだ。これ以上はマジで無理だ。
「行くよ!!」
あたしは紗花の手をつかみ走り出した。
□
間抜けなことに、駅やマンションとは反対方向へ走ってしまった。仕方なく、あたし達はファストフードのハンバーガーショップ〝マグダネルダ〟に駆け込んでいた。ここならとりあえず人目は多い。
「――いきなり立ち塞がれてさ。べーらべら喋ってくるから『うるさい! 馴れ馴れしく話しかけるな、ド底辺っ!!』つったら、ああなったの」
「そりゃそうなるわ。おまえ、ちょっとは相手を見ろよ」
「なによー、わたしが悪いってのー?」
「そうじゃねーけどよ。自分の身を守れって話だよ」
マッグシェイクをすすりつつ、あたしは店の外をチェックしていた。対面に座っている紗花は盛大にため息をつく。
「はー、お腹空いた……」
「バーガーでも食うか?」
「ホットドッグがいい……刻んだタマネギとソーセージ以外なにも入ってないやつにケチャップとマスタード死ぬほどかけて食べたい……」
「おまえ、マッグにケンカ売ってんの?」
「それはいいんだけどさ」
「よくねーし」
「めっちゃヤバかったよねー」
「あーね」
「ホントにどうなるかと思ったよ」
「だな」
「わたしちっちゃいじゃん。羽交い締めにされて地面から足が浮いた時、あっこれマジでヤバいって――」
「紗花」
「お、思っ、て……」
ぽろぽろとこぼれ落ちる涙が続く言葉を押し流す。
あたしは腰を上げ、紗花の隣に座り直した。震える手を握ってやると彼女はしっかり握り返してきた。
「こ……っ、こわっ、怖かった……! すっごく……怖かったよ……っ!!」
「うん」
紗花を抱き寄せ、頭を撫でてやる。
「うう……ううううーっ!!」
堰が切れたように紗花は号泣した。店中の注目を集めてしまっているようだが構いやしない。この娘はあたしが慰める。ここは誰にも譲ってやらない。でもあんまりじろじろ見るなら金取るぞ、おまえら。
泣きじゃくり鼻水を垂らしても、なお可憐な紗花。
この程度の汚れでは真に美しいものを損なうことはできないとあたしは知った。
てか、かわいいな。弱っている紗花もめっちゃかわいい。しばらく泣いてて欲しいほどだ。できれば動画に保存したい。
なんだろう、この感情? かわいい。とにかくかわいい。際限なくわき上がる思いは到底抑えきれるレベルじゃなかった。ヤバ、我慢できない……ちゅーとかしたい! いやダメだろ、弱っている紗花につけ込むような真似しちゃ!
あたしの葛藤を余所に紗花はひしっとしがみついてくる。理性がぐらつく。
「ううう……うううう……! ごめっ、わ、わたし……っ」
「いいよ。気が済むまで泣きなよ。怖かったもんな。頑張ったよ、おまえ」
「うう……お、大村……大村ぁぁぁっ!!」
さらに盛大に泣き出す紗花。あたしの名前を呼んでくれているとこ、めっちゃポイント高いっ!! 何気に呼び捨てだしっ! 無理無理無理、もう無理だって! これ以上耐えるの、マジしんどい……ホント無理ぃっ!
この瞬間、あたしはなにかの境界を越えてしまったのだ。
宙に浮いたような心地だった。胸いっぱいに広がる愛おしさに圧倒され、もはや『かわいい』と『ちゅーしたい』しか考えられなくなってしまった。
ま、まあほっぺたくらいならキスしても許されるはず。あたし達は幼なじみでもう友達、いや親友だからそのくらいフツーだ。軽くなら唇でもいけるかも。
あたしはじりじりと紗花に顔を寄せていく。
そういえばあたしと紗花は言わば戦友でもあるのだ。共に危険をくぐり抜けた仲なのだ。これは戦友愛。愛だからいい。愛ゆえに友ちゅーは許される。そうに違いない――!
「……おい。なにイチャついてんだよ、杏奈」