好きじゃん
リザルト表示後、紗花はすぐにログアウトしてしまった。スマホにお祝いスタンプを送ったが、既読のみでレスはない。
「いやー、めっちゃ興奮したぜ! ゲームの観戦も案外面白いもんだな!」
「……あーね」
もやもやしていると、恵美のスマホが震えた。メッセージの着信のようだ。表示を確認し、恵美は「あー、はいはい。了解っす」とつぶやく。
「……紗花から?」
「は? いや、おかんだが。そろそろ帰って来いってさ」
「そっか……」
「なーんだよ、むらっち。紗から連絡ないからしょぼくれてんのか、テメー」
「ほっとけ」
「うははは! 心配しなくてもすぐ来るって。んじゃ、あーしは引き上げるわ」
スマホをポシェットに放り込むと、恵美はぱっと立ち上がる。帰りを見送った後、あたしは玄関に立ち尽くしてしまう。
紗花のレスはまだない。ネカフェの退出時間が迫っていたからバタバタしているのかも。いや、とっくに支払いを済ませて店外に出てなければおかしい。そういえばもう21時だぞ。まさかあいつ、ネカフェから一人で帰るつもりなのか? もし夜道でなにかあったらどうするんだ。
玄関のチャイムが鳴った。思考が断ち切られ、あたしはため息をつく。恵美が忘れ物でもしたらしい。
「まだ鍵してねーから、勝手に入れよ」
言って、あたしはスウェットのポッケからスマホを取り出した。扉が開いたが、視線を上げずにスマホをいじる。
「なにしてんの、大村?」
「いや、もう直接通話を――」
してやろうとした、当の相手が目の前に立っていた。これから旅行へ出かけるみたいなキャリーバッグを携えて。
「こんばんは」
「す、紗花?」
「うん。お邪魔します」
キャリーバッグを玄関に置いたまま上がり込み、丁寧に靴を揃えると、紗花は居間へ向ってずんずんと――
「い……いやいやいや、ちょっと待てよ!」
事態の展開についていけない。
居間の中央で、くるりと振り返る紗花。大きな瞳にじっと見詰められ、あたしは思わずひるんでしまう。
「色々、聞きたいことあるよね? わかる」
「そりゃ――」
「ネカフェからここまでは譲司君に送ってもらった。エントランスの自動ドアは恵美ちんが出る時に開くから、さっと」
非常口のピクトサインじみたポーズをするな。セキュリティの脆弱性、突いてるし。
「ウーフーさんには色々教えてもらったの。まさか在日米軍とは思わなかったけど……もうあの人もわたしの師匠だね」
「燕返しとか?」
「うん。まさか実戦で成功するとは思わなかったよ」
「英語でやり取りしたのか」
「だよ。英語で、ボイチャでね」
というか、英語で燕返しってどう言うんだろ?
「本当は、わたしリスニング苦手なんだよ! でも誰かさんがー、協力するとか言っといてー、してくれなかったから。友達に頼るしかなくてさぁっ!」
「う……」
「最後はまさかの師弟対決になっちゃうし。なんなの、格闘漫画なの? ウーフーさん、ぜんっぜんガチで殺しにかかってくるし……マジでしんどかったんですけど! ホント、マジで!」
「……それはごめん。大変だったよな。でも、おまえも」
「だけどそんなことは、この際どーうでもいいんだよぅっ!」
じゃあ、なんで言った?
無言の突っ込みを払いのけるように、紗花はふーっと息をはく。
「あのね。大村さん」
「うん?」
「――あんた、わたしのこと好きじゃんっ! めっちゃ愛してるでしょ、心の底から、マジのマジでっ!!」
壁を震わせるような大音声。続け様に、
「わたしも! 好きっ!!」
叩き付けるように言い放ち、紗花は目を潤ませた。
「――好き。大好きだよ……大村。わ、わたしと、ずっと一緒にいて。離さないでよ……!」
軽く両腕を広げる紗花。誘われるまま、あたしは彼女をかき抱いていた。お互いに呼び合いながら、幾度も抱擁を繰り返す。
まさか、信じられないよ。おまえがこんな剛速球を放ってくるなんて思わなかった。あたし達が同じ気持ちだったなんて、思ってなかった。
「紗花、おまえの言う通りだよ。あたし、ずっと好きだった、おまえのこと。最初からずっと……好きだった……!」
「ううう……ほらぁ、やっぱりじゃん! 絶対そうだと思ったよ! も、もう……よ、よかったぁ~っ!」
かなり緊張していたのか、紗花の身体は細かく震えていた。あたしは愛する少女をしっかり抱き止めた。
「すっかりバレてたんだな。あたしの気持ち」
「……中学の頃のこと、恵美ちんから聞いたの。いま学校でどんな感じにしてる、とか。けっこう塩なんでしょ、クラスの人達に」
「あーね。素っ気ないかもな」
「なのに、あたしにはめっちゃ甘いし、いっつも気にしてくれて、構ってくれるし……ややこしい話になっても引かないし……気付くに決まってるよ。あたしだけ、特別扱いなんだもん」
「仕方ないだろ。好きなんだから」
想いを素直に口にした。
綺麗で、小さくて、負けず嫌いで、びっくり箱みたいな、あたしの――恋人。紗花とふれあっているだけで、頭の芯がじんと痺れてしまう。
「だから、そういう……この、イケメンめ……!」
昂ぶる感情を持て余したのか、紗花はあたしの胸に顔をうずめ、しばらくすすり泣いた。落ち着いた頃を見計らい、あたしはそっと呼びかける。
「紗花……」
「……うん」
ふと、玄関で放置されているキャリーバッグが目に留まった。あたしの視線に紗花も気付く。
「ああ、あれはお泊まりセットだよ」
「――は?」
「着替えとか色々持ってきたの。今日、ここに泊まらせて欲しいなって思って」
「……」
衝撃的な発言により、言語野がクラッシュしてしまった。泊まらせて欲しい? 確かにそう聞こえたぞ。
「こ、香里さんが」
「もちろん、お母さんからは許可もらってるよ」
「マジで!?」
「最初は渋ってたけど、裸で頼んだら許してくれた」
どんな状況だ、それーっ!?
「ダメ……? 迷惑かな」
ぶんぶんと首を振る。ダメじゃない。迷惑でもない。
ただ、ちょっと――ステップの飛ばし方が性急すぎて、事故らないかな? って心配になっただけ、というか――い、いいのか? みたいな。
てか、上目遣いの破壊力がヤバいだろ、おまえ。目尻に涙が残ってるのもポイント高いぞ。
「……びっくりしただけだよ。お、おまえがいいなら、あたしは」
「わたしはいいに決まってるじゃん。こっちからお願いしているんだよ?」
「だ、だな。じゃあ、うん、泊まっていけよ」
「やったぁ! ありがとう、大村!」
紗花は身体を離し、ぱちんと手を打って破顔した。かわいい。犯罪的にかわいいぞ、この生物。この娘と今夜……うわーっ、マジか!? しかも親御さんのお許しも出てるとか、まさに据え膳というやつだ。次に香里さんと会った時に気まずい空気になりそうだけど、そんなことは後回しだ。
「あれ? 大村さーん、お顔が真っ赤になってますよ?」
「ほ、ほっとけ」
「えへへへ! まあ……わたしも照れるけど。こ、恋人同士だもんね、わたし達……」
やめろ、おまえまでもじもじしたら収拾がつかないだろーっ! あたし達はちらちら視線を送り合い、目が合うと照れ笑いして、軽く顔を背けるという、嬉し恥ずかしムーブを繰り返してしまう。
待て待て、落ち着けよ、あたし。なにもいまから即座におっぱじめるわけじゃない。というか、これじゃ進展しないだろ。なにごとにも順序があるはずだ。順序に従って粛々と進めよう。
「え、ええと……じゃあ、最初は……」
「わたし、シャワー浴びたい。いいかな?」
「それだ! だよな!」
「ん? 大村、なんかテンション高いね?」
「い、いや……あっ、荷物いるよな!」
小走りに玄関へ向かい、キャリーバッグを抱えて駆け戻った。
「ほら!」
「あ、ありがと……?」
不審そうに眉をひそめたものの、紗花は早速バッグを開く。中には本当にお泊まりセットが詰まっていた。本当にこいつはここに泊まるつもりなのだ。あたしは落ち着かない気持ちでうろうろしてしまう。
「あのね、大村もシャワー終わったらさ……部屋に行こうよ」
「お、おお。そうだな、もう夜も遅いし」
「えっ、まだまだ時間はたっぷりあるじゃん。てかさ、あの……」
紗花はおずおずとあたしを見上げ、恥ずかしそうに告げる。
「で、できたら一晩中したいなって思ってたんだけど……嫌?」
「なっ!?」
結果としてそうなるかもだけど、おまえから望むとか――怒濤の勢いであれこれが脳内を駆け巡り、盛り上がりすぎた感情は軽々と臨界を飛び越えた。
「――わかった。まかせなよ」
ふっと穏やかな微笑みが浮かぶ。心はすっかり凪いでいた。そう、あたしはただ紗花のすべてを受け止めてやればいいのだ。
「お願いしといてなんだけど、ずうずうしくない? 疲れちゃうよね、大丈夫?」
「平気だよ。もと体育会系だし」
「あはは、だね! 大村、アジュコン好きだしね!」
「ん?」
「あたしもさー、絶対天鷲ゲットしたいからさ。頑張るよ!」
「いや――ステージⅢはクリアしたっしょ」
というか、なんでいきなりアジュコンが出てくるのさ?
紗花は苦笑いをして、
「実はまだなの。わたし、まだ全クリになってないんだ」
「……へぇ?」
「ほら、キルアシスト系とかの一人でやりにくいミッションあるじゃん。あれがいくつも未達成のまま、残ってるの」
「……だから、徹夜してでもイベント終了までに全クリしたいって?」
「だよ」
こくりと首肯する紗花。
あたしは脱力し、床に崩れ落ちてしまった。無理もないと思って欲しい。
結局、紗花が全クリを達成したのは日曜の昼過ぎ。あたし達はふらふらとベッドに倒れ込み、手を繋いで共に眠りに落ちたのだった。
 




