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正面対決

 最後のバトルロワイヤル戦は快晴の真昼となった。雲はほとんどなく、空気も澄んでいる。


「めっちゃ綺麗だなー。リゾートの宣伝動画っぽいぜ」

「ツイてないな。曇天なら雲に隠れることもできるのに……」


 いや、考え方次第か。どちらにしても、ある程度の高度まで上がらないと雲に入れない。零戦は下に追いやられがちだから、雲中の敵からいきなり一撃離脱を仕掛けられるよりはマシなのかも。


 途中までの展開はこれまでとあまり変わらなかった。紗花の零戦は開始直後こそ活躍できるが、生き残った敵機が速度や高度を得るにつれ、防戦を強いられていく。


 やがて戦闘空域が狭まり、最縮小する頃には状況はカオスとなった。

 

 零戦が発砲し、一機を墜とす――そこへマスタングが降ってきた。


「あっ、喰らいつかれちまうぞ!」


 恵美が言う通り、零戦はマスタングに捕捉されてしまった。急降下しながらのバレルロールで射線を切ったが、明らかにマスタングが優速だ。必死に銃撃を回避するも、あっという間に追い込まれてしまった。


「あああ、またかよ……」


 逃げる零戦は右へ急旋回し、マスタングを振り切ろうとしている。


「――あれじゃダメだわ」

「な、なんでだよ」

「速すぎる。あの速度域で旋回したら、マスタングの方が曲がるんだよ」


 確か紗花には前に教えたはずだけど、この状況じゃ思い出せなくても無理はない。ここへさらに横槍を入れられそうな機体も見当たらなかった。マスタングは余裕を持って零戦の描く旋回円の内側へ入っていく。

 

 間もなく射線に捕まるだろう。12.7㎜の弾雨が放たれ、勝負は終わる。

 

 紗花は零戦のスロットル開度をゼロにした。フラップを下ろし、機首上げしつつ左へ切り返す。翼をくるりと回し、敵に真横を向けた。マスタングは発砲したが、タイトターンする零戦を捉え損ねた。


「やった! これで――」

「もっとダメだ」

「なんだよ、ちゃんとかわしただろ!?」

「代わりに速度を落としすぎてる」


 こんな機動は悪あがきにすぎない。

 零戦は窮地を逃れたように見えるが、最後の瞬間を先送りしただけだ。マスタングはハイヨーヨーで追尾する。


 マスタングはすぐ零戦に追い着くだろう。エネルギー切れの零戦に機動の余地はなく、紗花は為す術を失った。


 だが、上昇の頂点でマスタングは突然爆発してしまった。

 飛散する破片を置き去りに、零戦は悠々と離脱していく。


「なんだよ、いきなり……誰が撃ったんだ?」

「Flakフェリーだ……!!」


 いつの間にか、両機は戦闘空域の端まで来ていたのだ。マスタングは零戦を追うことに夢中で、警告表示に気付かなかったのだろう。速度の出ていたマスタングは急減速した零戦よりも大回りになり、戦闘空域外へはみ出してしまったのだ。


「まさか、こいつを狙ってたのかよ!?」

「――だな。たぶん八回目と九回目のプレイでFlakフェリーを調べたんだわ。どれくらいの距離から対空砲が反応し、いつ撃ち始めるのか……逃げる振りをして相手を外へ追い出し、仕留めるために」

「マジか。すげぇな、紗のやつ!!」


 紗花の零戦は戦闘空域の周囲をなぞるように旋回しつつ、上昇をはじめた。すぐにたっぷり速度の乗ったBf109が飛びかかった。手も足も出ないように装い、零戦は再び戦闘空域の端へじりじり移動。


 己の優位を確信したBf109は一撃離脱の最中に勢い余って――正確には紗花に誘導されて――空域外へ出てしまう。今度は上空のFlakエアシップから砲火が伸び、Bf109は餌食となった。


「おおー、またやりやがった! まるで電流爆破デスマッチだな!」

「は? なんだそれ」

「オヤジのプロレス動画コレクションにあったんだよ! 大仁田厚とターザン後藤の伝説的なガチファイトだぜ」

「ごめん、やっぱいい」

「いや、聞けって! リングにロープがなくて、代わりに有刺鉄線が――」


 恵美のプロレス愛はともかく、あたしはすっかり感心していた。こんな真似、単に零戦を使いこなすだけじゃ不可能だ。


 欧米機は何よりも速度が命。できるだけ高速を保とうとするから、直線的な機動で空域を広く使う立ち回りになる。紗花はそれを逆手に取っているのだ。


 用心深いやつは戦闘空域外へのはみ出しを警戒し、零戦へのちょっかいを控えているようだ。これなら零戦をカモと見て、のこのこ寄ってくる粗忽者だけを相手にすればいい。多数の敵機に囲まれずに済むから、不意の被弾も避けられる。


 そうしている間にも空戦は進み、次々に機体が墜落していく。


「なんか、だいぶ減ったな。あと何機残っているんだよ、むらっち?」

「ちょい待て、リスト開くから」


 いま画面に表示されているのは、あくまでカメラ位置から視認できる機体だけだ。あたしはバトルロワイヤル戦の参加機リストを開いた。リストの大半は墜落済みを示す灰色の文字で表示されており、ちら見すれば生き残り数はすぐわかる。


「――紗花を入れて、四機だな」

 

 さすがに残存機は罠には引っかからないだろうが、この程度の数なら混戦にはならない。ついに雌雄を決すべく、零戦は空域の中央へ進出する。


「オイオイ、こりゃマジいけそうじゃね?」


 あたしもうなずいた。本当にいけるかも知れない。ステージⅢを勝ち残れるかも知れない。

 

 見ているだけなのに、胸がドキドキしていた。やって欲しかった。かなえて欲しかった。おめでとうを言わせて欲しかった。ただのゲームではあっても、あいつは好きなことを一生懸命やり、難しい目標を達成しようとしている。


 たったの三機だ。

 あとたった三機、墜ちてくれたら――


「おっ、一機減った!」


 恵美の声で我に返る。黒煙を噴いて墜ちていくのはワイルドキャットだ。慌ててブレイクしていくスピットファイアにも機関砲弾が降り注ぎ、切り裂かれた外板が撒き散らされた。一瞬のうちにまとめて二機を叩き墜としたのは、急降下してきたFw190だった。


 Fw190は降下の勢いを殺さず、零戦から遠ざかっていく。上昇に転じたのは充分距離を取ってからだった。さすがに速すぎ、遠すぎて紗花でも狙撃はできない。


「あいつが最後の一機かよ」

「……かなり上手いわ、あのFw190(フォッケ)


 機動が的確で無駄がない。おまけに何故か見覚えがあるような……あたしはもう一度、参加機リストを開いた。Fw190のアカウント名は――〝Uhu999〟だった。


「くっそ、マジかよ……!?」

「なんだよ、むらっち。知り合いか?」

「紗花もな。っても、ゲーム内のフレンドだけど」

「へー、すげぇ偶然だな」


 まったくだ。あたし達三人は同じサーバーだし、Uhu999も日本に住んでるそうだから可能性としてはあるけど、確率はめっちゃ低い。なのによりにもよって、このバトルロワイヤル戦でマッチするなんて。


「もしかしてよ、フレンドなら手ぇ抜いてくれたりは――」


 零戦の前方から機銃を撃ちまくりながら、Fw190が突っ込んでくる。


「――しねぇみたいだな」

「そりゃそうだろ。バトルロワイヤル戦はみんな敵同士なんだから、あたしだってそうするわ」


 ゲームだ。たかがゲームだけど、みんなアジュコンが好きで、真剣なのだ。

 紗花は零戦を軽くロールさせ、射線を外す。ところがFw190は鋭く変針して衝突コースを維持。零戦は慌てて降下し、危うく接触を逃れた。


「オイオイ! あの野郎、特攻かましやがったぞ!?」

「Fw190は機体が頑丈なんだよ。翼端くらいぶつけてもどうにかなるって腹だわ、あれは」

「紗花の方は?」

「零戦は逆でもろいんだ。下手すると翼が丸ごともげる」

「くっそ、だからかよ!!」


 駆け抜けたFw190は直進し、インメルマンターンで零戦に向き直る。緩降下で速度をつけ、槍を構えた重装騎兵のごとく再突撃した。


 まだ遠い距離から零戦は撃ち始め、たちまちFw190は被弾――しかしわずかな回避さえせず、零戦を真正面に捉えて撃ち返す。今度は零戦も無傷ではいられなかった。片翼に弾を喰らい、煙を噴いてしまう。


 Uhu999は正面対決(ヘッドオン)を強要するつもりなのだ。


「なんだよ、アイツ! 馬鹿の一つ覚えみたいに!」

「いや、理にかなってるわ。下手に機動すればカウンターを喰らう危険がある。真正面から身を削り合っての我慢比べなら、零戦に勝ち目はないからな……!」


 それだけじゃない。正対しての撃ち合いは避けにくい代わりに、自分もあてやすい。結果的に紗花の神がかったエイム力は、真価を発揮しにくいのだ。


(まさか……紗花の強みを知っていて、減殺しようとしている?)


 以前Uhu999と対戦した時、まだ紗花は初心者だった。エイムが上達したのはだいぶ後のはずなのに……!


「デスマッチ作戦は? さっきみたいに端っこまで引っ張っていけば……」

「無理っしょ、あの敵が引っかかるとは思えない。いま背中を見せたら、それこそ終わりだわ」


 逃げたくてもFw190は低中高度での上昇、加速力に優れ、零戦よりかなり速く飛べるし、急降下制限速度もずっと速い。逆に旋回では零戦に及ばないが、それがわかっている以上、格闘戦に乗ってくるはずもない。


 またも両機は撃ち合いながらすれ違う。零戦は機体後部が見えなくなるほどの黒煙に覆われていた。Fw190もエンジンから煙が出ていたが、零戦ほどではない。


「もう保たないな。次で決まっちまう……」

「オイ、どうにかならねーのかよ、むらっち!」

「どうにもならねーよ、零戦だし」


 結局、そこだ。

 だからあたしは、紗花にドイツの開発ツリーを進めさせるつもりだった。Fw190なら最終型までいかなくても、充分に頑丈なのだ。


 でも紗花は、思い入れのある零戦の改良を優先してしまった。つまらないケンカさえしなければ、こんな選択をさせちまうことはなかったのに。


(いや……それもこれも、あいつが決めたことだ。おまえがいいと思った通りにやれよって、あたしが言ったんじゃないか。なら、あたしはどうする。紗花は、あたしに――)



――大村に見てて欲しいの。



「ああ……わかったよ。見てるからな、紗花」

「へ? むらっち――」

「あたし、見てるからな! あたしが信じ損ねちまった、おまえの〝好き〟を――ちゃんと証明してみせろっ!!」


 Fw190が零戦に迫り、発砲。紗花は撃ち返さなかった。細かい機動で弾雨をかわすことに専念している。


 だが、いまや零戦は炎上し始めていた。自動消火装置はないから、火が消えることは望めない。もはやFw190は弾を命中させる必要すらなかった。


 このまますれ違い、Fw190がターンする頃には零戦は燃え尽きてしまう――


 目前までFw190が到達した瞬間、零戦は機首を上げた。斜め上方へ昇りながらロールを加え、翼下を通過するFw190の背後へ機体を滑り込ませる。完璧なタイミングで行なわれた空戦機動(マニューバ)が、あたしの目に焼きついた。


「――燕返し!? まだ教えてないのに!」


 零戦を急降下で引き離すFw190。両機の速度は段違いだ。Fw190が射程距離外へ逃れてしまうまで、ほんの数秒しかない。



 もちろんそれは、あいつにとっては充分な時間だった。



「「やっちまえっ、紗花ぁーっ!!」」


 届くはずもない、あたし達の激励。応じるように零戦は全武装を斉射する。叩き込まれた機関砲弾に主翼を折られ、Fw190は制御不能となって墜ちていった。

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― 新着の感想 ―
[一言] おおーっ! 最終回直前に「燕返し」。 これは燃えます!
[一言] うおおお、紗花ちゃあああん!!!!
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