次が最後
零戦は片翼をもがれ、くるくる回転しながら墜落した。都合六回目のゲームオーバーだ。
「あ、あー! やられちまった……」
紗花がステージⅢをクリアするのは厳しい――見積もりの正しさをあたし達は目の当たりにしていた。恵美は頭を抱えながらベッドに倒れ込み、数秒うなった後、がばっと跳ね起きる。
「オイ、どうにかならねーのかよ、むらっち!」
「どうにもならねーよ、零戦だし」
全般的に日本機は欧米機より被弾に弱い。特に零戦の場合は7.7mm弾一発で燃えることもある。紗花が使っている52型乙は若干マシだけど、撃たれ弱いことに変わりはない。
「なら、紗が撃たれないように立ち回ればいいんだよな?」
「あーね。でも、バトルロワイヤル戦ではそれが難しいんだわ」
また新しい招待メールが届いた。紗花の心は折れてないらしい。相変わらずの負けず嫌いだ。画面には夕陽を浴びるバミューダ諸島が表示された。ステージⅢからは天候や時間帯がランダムに変わるのだ。
紗花の零戦はいきなり六機に囲まれる形になっていた。しかし、低速時の応答性のよさは零戦の美点だ。素早く機首を巡らせながら発砲し、たちまち二機を撃墜してしまう。
「うわっ、スゲーっ!」
「射程距離ぎりぎりなのに、あっさりあてるよなー。マジで神エイムだわ」
他の四機の間でも戦闘が始まっていた。上昇途中をスピットファイアに狙われ、Bf109が薄く煙を噴く。そのスピットファイアもワイルドキャットに食らいつかれ、離脱を余儀なくされていた。
空戦現場から離れようと加速していく紗花の零戦。そこに上空からBf109が襲いかかる。ブレイクして回避するものの、零戦はただでさえ少ない速度を削られてしまった。Bf109はさっと離脱し、再び上昇を始めた。
「ヤバかったな、いまの」
「ありゃ牽制だわ。もっと昇るまで茶々入れられたくないんだろ」
そこからは混戦だった。お互い、誰かを撃とうとすると誰かに撃たれてしまう。零戦は徐々に下へ追いやられていた。時折降ってくるBf109がやっかいで高度を取り直せないようだ。
「ムカつくな、あの野郎。やり逃げばっかじゃねーか!」
「まあ、Bf109の運用としては正しいよ」
「逃げるところを追い撃ちできねーのか?」
「難しいわ。Bf109の方が速度も上昇力もあるし、深追いもしてこない。下手に追うと吊り上げられちまうし」
「じゃあ、どうすんだよ」
「できるだけ速度を保って、カウンター仕掛けるしかねーけど……」
ワイルドキャットがスピットファイアに墜とされた。零戦は低空から機会をうかがい、Bf109は上空からの一撃離脱を試み、スピットファイアは両者を牽制する。
三すくみの状態は長くは続かなかった。隣接する空域が戦闘空域外になり、そこにいた四機が紗花達のいる空域へ殺到してきたのだ。やがて残存する全機が集まってしまい、そこからはもう、めちゃくちゃな混戦になっていった。
「……時間掛けると、こうなっちまうんだよな」
すでにほとんどの機体が損傷を受け、煙の尾を引いていた。
いったん旋回などの機動に入った機体の行く先は、少し離れた位置からは容易に先読みできる。ここには誰にとっても敵しかいないから、どこから横槍が入るかわからない。
全方位を同時に見張ることは不可能だから、どうしても不利な体勢で攻撃されてしまうことはある。そうした場合、ばら撒かれる機銃弾をすべてかわすのは難しいのだ。
「隠れ場所のない空でのバトルロワイヤルに挑むなら、ダメージの蓄積に耐えるだけの頑丈さがいる。零戦には向いてないんだよ」
「くっそ、また燃やされちまった!」
歯がみする恵美。あたしも気持ちは同じだった。
墜落する間もなく、紗花の零戦は空中で爆発してしまう。七回目のバトルロワイヤル戦も途中敗退となった。
□
あたしは紗花からの招待メールを待っていた。観戦疲れしたのか、恵美はすっかりだらけてしまっている。
「まだメール来ねーの?」
「まだだよ」
「八回目と九回目もダメだったしな……」
恵美は表情を曇らせた。あたしもちょっと気になることがあった。
「あいつ、ここ二回は何度も戦闘空域外へ出ちまって、結局Flakフェリーに墜とされているよな」
「あー、だな。敵に追いかけられていたから、うっかりしたんだろ」
「かもな。でも二回連続ってのが、ちょっとな」
「……もしかして紗のやつ、だいぶテンパってんのか?」
何度繰り返しても同じ壁にぶつかって先に進めない。とうとう嫌気がさしてプレイが乱暴になっていたのだとしたら、もうコントローラーを投げ出してもおかしくない。アジュコンはパソゲーだから、マウスとキーボードだけども。
「むぅ……さすがに折れちまったってことかよ」
「あーね。たかがゲームだし、むしろ諦めるのが正解だろ。けど――」
あたしは掌を組み、そのまま両手を天井に突き上げるようにして背筋を伸ばした。椅子の背もたれが小さく軋む。
「ありえないっしょ」
「なんでだよ?」
「死ぬほど負けず嫌いなんだわ、あいつ。恵美も頑丈だって言ってただろ。この程度で折れるタマじゃないよ」
「……ふっ、そっか。そうだよなー!」
合わせたように、あたしのスマホが震えた。一瞥してどきりとする。表示されている着信相手は〝佐藤紗花〟だった。
「――あいよ」
『夜分遅くすみません、佐藤です』
「大村です」
『はい、わかってます』
「こっちもな」
あたし達は小さく笑い合った。電話だと紗花は妙に他人行儀な名乗り方をするのだ。緊張がほぐれたのか、紗花はいつもの調子に戻り、
『いやー、ちゃんと話すの久しぶりだね!』
「だな」
『てか、あの……見ててくれた?』
「ああ」
『ごめんね、長々とつき合わせちゃって。恵美ちんまで巻き込んじゃったし』
「それは気にしなくていいよ」
『ありがと! でも、さすがに厳しいね、ステージⅢ。めっちゃ難攻不落だよ』
「紗花さ、それだけど――」
『あのね、あと一回だけなの』
「……ん?」
『あと一回だけ、見てて欲しいの』
「別に何回でもいいって。おまえの気が済むまでやりなよ、つき合うからさ」
『あははは、もうー! そういうこと低音で言わないでよ、もう。ダメでしょ、イケメンかよ、貴様!』
よくわからない怒られ方をされてしまった。
『あのね、ぶっちゃけ、もうお金がなくて。あと20分もネカフェにいられないんだ』
「紗花、そんなの――」
『もう終わりにするよ。次が最後でいい』
「……」
『だから、大村に見てて欲しいの』
マンションでやればいい。お金はかからないし、アドバイスだってしてやれる。わざわざネカフェであと一回なんて制限をつける必要は、どこにもない。
ないけど――たぶん、これはそういう話じゃないよな。
「わーったよ、しょうがねーやつだな」
『えへへへ、だからごめんて』
「はいはい。なんか聞きたいこととか、あるか?」
『んんん……いまさらだし、やめとく。ダメだったら、反省会したいな」
「なら録画しとくか」
『あっ、いいね! お願いします』
「おお」
『それじゃ、招待メール送るからね』
「了解。頑張れよ」
『うん! じゃあ、またね』
通話が切れる。今一度、紗花の挑戦が始まった。




