表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/37

次が最後

 零戦は片翼をもがれ、くるくる回転しながら墜落した。都合六回目のゲームオーバーだ。


「あ、あー! やられちまった……」


 紗花がステージⅢをクリアするのは厳しい――見積もりの正しさをあたし達は目の当たりにしていた。恵美は頭を抱えながらベッドに倒れ込み、数秒うなった後、がばっと跳ね起きる。


「オイ、どうにかならねーのかよ、むらっち!」

「どうにもならねーよ、零戦だし」


 全般的に日本機は欧米機より被弾に弱い。特に零戦の場合は7.7mm弾一発で燃えることもある。紗花が使っている52型乙は若干マシだけど、撃たれ弱いことに変わりはない。


「なら、紗が撃たれないように立ち回ればいいんだよな?」

「あーね。でも、バトルロワイヤル戦ではそれが難しいんだわ」


 また新しい招待メールが届いた。紗花の心は折れてないらしい。相変わらずの負けず嫌いだ。画面には夕陽を浴びるバミューダ諸島が表示された。ステージⅢからは天候や時間帯がランダムに変わるのだ。


 紗花の零戦はいきなり六機に囲まれる形になっていた。しかし、低速時の応答性のよさは零戦の美点だ。素早く機首を巡らせながら発砲し、たちまち二機を撃墜してしまう。


「うわっ、スゲーっ!」

「射程距離ぎりぎりなのに、あっさりあてるよなー。マジで神エイムだわ」


 他の四機の間でも戦闘が始まっていた。上昇途中をスピットファイアに狙われ、Bf109が薄く煙を噴く。そのスピットファイアもワイルドキャットに食らいつかれ、離脱を余儀なくされていた。


 空戦現場から離れようと加速していく紗花の零戦。そこに上空からBf109が襲いかかる。ブレイクして回避するものの、零戦はただでさえ少ない速度を削られてしまった。Bf109はさっと離脱し、再び上昇を始めた。


「ヤバかったな、いまの」

「ありゃ牽制だわ。もっと昇るまで茶々入れられたくないんだろ」


 そこからは混戦だった。お互い、誰かを撃とうとすると誰かに撃たれてしまう。零戦は徐々に下へ追いやられていた。時折降ってくるBf109がやっかいで高度を取り直せないようだ。


「ムカつくな、あの野郎。やり逃げばっかじゃねーか!」

「まあ、Bf109の運用としては正しいよ」

「逃げるところを追い撃ちできねーのか?」

「難しいわ。Bf109(むこう)の方が速度も上昇力もあるし、深追いもしてこない。下手に追うと吊り上げられちまうし」

「じゃあ、どうすんだよ」

「できるだけ速度を保って、カウンター仕掛けるしかねーけど……」


 ワイルドキャットがスピットファイアに墜とされた。零戦は低空から機会をうかがい、Bf109は上空からの一撃離脱を試み、スピットファイアは両者を牽制する。

 

 三すくみの状態は長くは続かなかった。隣接する空域が戦闘空域外になり、そこにいた四機が紗花達のいる空域へ殺到してきたのだ。やがて残存する全機が集まってしまい、そこからはもう、めちゃくちゃな混戦になっていった。


「……時間掛けると、こうなっちまうんだよな」


 すでにほとんどの機体が損傷を受け、煙の尾を引いていた。

 いったん旋回などの機動に入った機体の行く先は、少し離れた位置からは容易に先読みできる。ここには誰にとっても敵しかいないから、どこから横槍が入るかわからない。


 全方位を同時に見張ることは不可能だから、どうしても不利な体勢で攻撃されてしまうことはある。そうした場合、ばら撒かれる機銃弾をすべてかわすのは難しいのだ。


「隠れ場所のない空でのバトルロワイヤルに挑むなら、ダメージの蓄積に耐えるだけの頑丈さがいる。零戦には向いてないんだよ」

「くっそ、また燃やされちまった!」


 歯がみする恵美。あたしも気持ちは同じだった。

 墜落する間もなく、紗花の零戦は空中で爆発してしまう。七回目のバトルロワイヤル戦も途中敗退となった。




   □




 あたしは紗花からの招待メールを待っていた。観戦疲れしたのか、恵美はすっかりだらけてしまっている。


「まだメール来ねーの?」

「まだだよ」

「八回目と九回目もダメだったしな……」


 恵美は表情を曇らせた。あたしもちょっと気になることがあった。


「あいつ、ここ二回は何度も戦闘空域外へ出ちまって、結局Flakフェリーに墜とされているよな」

「あー、だな。敵に追いかけられていたから、うっかりしたんだろ」

「かもな。でも二回連続ってのが、ちょっとな」

「……もしかして紗のやつ、だいぶテンパってんのか?」


 何度繰り返しても同じ壁にぶつかって先に進めない。とうとう嫌気がさしてプレイが乱暴になっていたのだとしたら、もうコントローラーを投げ出してもおかしくない。アジュコンはパソゲーだから、マウスとキーボードだけども。


「むぅ……さすがに折れちまったってことかよ」

「あーね。たかがゲームだし、むしろ諦めるのが正解だろ。けど――」


 あたしは掌を組み、そのまま両手を天井に突き上げるようにして背筋を伸ばした。椅子の背もたれが小さく軋む。


「ありえないっしょ」

「なんでだよ?」

「死ぬほど負けず嫌いなんだわ、あいつ。恵美も頑丈だって言ってただろ。この程度で折れるタマじゃないよ」

「……ふっ、そっか。そうだよなー!」


 合わせたように、あたしのスマホが震えた。一瞥してどきりとする。表示されている着信相手は〝佐藤紗花〟だった。


「――あいよ」

『夜分遅くすみません、佐藤です』

「大村です」

『はい、わかってます』

「こっちもな」


 あたし達は小さく笑い合った。電話だと紗花は妙に他人行儀な名乗り方をするのだ。緊張がほぐれたのか、紗花はいつもの調子に戻り、


『いやー、ちゃんと話すの久しぶりだね!』

「だな」

『てか、あの……見ててくれた?』

「ああ」

『ごめんね、長々とつき合わせちゃって。恵美ちんまで巻き込んじゃったし』

「それは気にしなくていいよ」

『ありがと! でも、さすがに厳しいね、ステージⅢ。めっちゃ難攻不落だよ』

「紗花さ、それだけど――」

『あのね、あと一回だけなの』

「……ん?」

『あと一回だけ、見てて欲しいの』

「別に何回でもいいって。おまえの気が済むまでやりなよ、つき合うからさ」

『あははは、もうー! そういうこと低音で言わないでよ、もう。ダメでしょ、イケメンかよ、貴様!』


 よくわからない怒られ方をされてしまった。


『あのね、ぶっちゃけ、もうお金がなくて。あと20分もネカフェにいられないんだ』

「紗花、そんなの――」

『もう終わりにするよ。次が最後でいい』

「……」

『だから、大村に見てて欲しいの』


 マンション(うち)でやればいい。お金はかからないし、アドバイスだってしてやれる。わざわざネカフェであと一回なんて制限をつける必要は、どこにもない。


 ないけど――たぶん、これはそういう話じゃないよな。


「わーったよ、しょうがねーやつだな」

『えへへへ、だからごめんて』

「はいはい。なんか聞きたいこととか、あるか?」

『んんん……いまさらだし、やめとく。ダメだったら、反省会したいな」

「なら録画しとくか」

『あっ、いいね! お願いします』

「おお」

『それじゃ、招待メール送るからね』

「了解。頑張れよ」

『うん! じゃあ、またね』


 通話が切れる。今一度、紗花の挑戦が始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] いよいよクライマックス。 紗花は自らの殻を破れるか。
[一言] >「死ぬほど負けず嫌いなんだわ、あいつ。恵美も頑丈だって言ってただろ。この程度で折れるタマじゃないよ」 後方彼氏面大村ちゃん( ˘ω˘ ) >『だから、大村に見てて欲しいの』 これで勝つる…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ