ちょっと強い
通常のオンライン対戦は飛行場(または空母)からの離陸で始まるが、バトルロワイヤル戦は空中スタートだ。各機は最初から高度1000m近辺を飛んでいる。
空に区切り線があるわけではないが、ステージは中央空域とそれを囲む4つの周辺空域に分れていた。参加者の機体は中央をのぞくどこかの空域にランダムに出現するのだ。
紗花の左右にも二機の敵が飛んでいる。おなじみのアメリカ機、マスタングとサンダーボルトだ。両機はお互い離れながら上昇し始めた。とにもかくにも、高度の確保。彼らは無難な立ち回りを選んだようだ。
「紗の飛行機って、この緑色のやつ?」
「そう零戦……でも52型乙になってる」
零戦はいくつかの形式があるけど、52型乙はほぼ最終型だ。紗花は開発ツリーを進めていたらしい。
「ふーん。そういや前に使ってたのは灰色だった気がするな」
「この型はあちこち強化されてる。機首の7.7mm機銃が片方だけ13mm機銃に換装されてるし、20mmも装弾数が増えてる。防弾は最低限だけど、機体が頑丈になった分、急降下制限速度も上がった。推力式単排気管も付いてっから――」
「へ、へー」
恵美の目が泳ぎだしていた。しまった、語りすぎたらしい。
「つまり……ちょっと強い」
「おーっ、紗のやついきなり敵に向ってるぜ!」
確かに紗花の零戦は真っ直ぐサンダーボルトを目指している。あたしは驚いてしまった。
「なんだよ、ヤバいのか?」
「いや、逆。仕掛けるなら早い方がいいんだわ」
最高速度は低いものの、軽量な零戦は低高度での加速がよく、短時間でそこそこの速度が出せる。逆にサンダーボルトは重いから、大馬力でも初動が鈍いのだ。この状態から零戦と競争すれば追い着かれてしまう。
サンダーボルトは下降に転じて逃げ出した。零戦は緩やかに旋回し、さらに上昇していく。
「あれ、追わないのか。相手逃げてんのによ」
「たぶん、もう一機――先に昇っていったマスタングに備えてる」
低空に降りてしまったサンダーボルトはしばらく脅威にならない。二機に上空を抑えられている以上、うかつに昇ろうとすればあっさり墜とされてしまう。マスタングも低空からの加速はよくないのだが、邪魔されなかったおかげで高度を稼げている。
追跡を諦めたように紗花の零戦は3000m程度で水平飛行に移った。まだ上昇中のマスタングを下方から零戦が追い越す形になった。針路が交差し、ゆっくり両機が離れていく。
「あーしはよくわかんねーけど、紗のレーセン、中途半端なとこ飛んでねぇ?」
「……わざとじゃねーかな」
言ったとたん、マスタングは銀翼をひらめかせた。セオリー通り、零戦に高度有利からの一撃離脱を仕掛けるつもりなのだ。零戦も降下して逃げ始める。だが、マスタングの方が速い。
見る見るうちに間隔が詰まり、まさにマスタングが撃ち始めた瞬間、零戦は急激に機首を引き起こした。さらに大きなバレルロール。勢い余ってマスタングは零戦の前に押し出されてしまった。
ブレイクして逃げるマスタング。ほんの一瞬だけ生じたエイムのチャンスを紗花は着実につかみ取った。
ぱぱっと零戦の銃口が火を噴く。マスタングは回避機動からきりもみ状態に陥り、墜落していく。紗花はスプリットSで零戦をターンさせ、再び発砲。接近しつつあったサンダーボルトから大きめの破片が飛び散る。漁夫の利を狙っていたのだろうが、紗花の狙撃能力は普通ではないのだ。
ぐらつき、高度を落としていくサンダーボルトを無視して、零戦は中央空域へ機首を向けた。
「アイツにトドメ刺さなくていいのかよ?」
「昇降舵を飛ばされてるし、エンジンにもダメージ入ってるみたいだから大丈夫っしょ。それよか急がないとヤバい」
「へ? ああ、あの、船から大砲で撃たれるってやつか」
「そう」
画面右上の敵味方表示盤が赤く点滅し、警告文言も表示されていた。ほどなくここは戦闘空域外になってしまうのだ。あたしはカメラ位置を洋上のFlakフェリーに変更した。甲板に設置された高射砲群が回転し、横合いを通過する零戦を追従している。
紗花の零戦はギリギリで中央空域へ駆け込めたが、サンダーボルトは間に合わない。Flakフェリーが砲撃を開始。アメリカ機は頑丈さが売りだけど大口径砲弾のまとめ撃ちが相手じゃ、さすがに分が悪い。
「うわー、バラバラだよ。確かにトドメはいらねーな」
中央空域では数機が激しく空戦している。彼らを避けつつ、紗花は零戦を慎重に上昇させていく。
「なーなー、むらっち。紗の戦いぶりはどうよ?」
「正直、びっくりしてる。あたしが思ってたより、強くなってるわ」
「だろ! そうだろー、アイツすげぇよなー!!」
うひひひ、と笑う恵美。なんだか面白くないぞ。
「なんで恵美がガンアゲてんだよ。アジュコンのことなんか、知らねーっしょ」
「このゲームは知らんけどさ、ツレが頑張ってるんだから、嬉しいに決まってるだろ」
紗花が友達か。こいつ、夕べもそう言っていたな。
そうか――あたしが与えようとしたものを、紗花は自分で手に入れたんだ。アジュコンも同じだ。あいつは零戦を操り、一人で堂々と対戦相手と渡り合っている。やりたいことをちゃんと自力でやれている。
否応なしに気付かされてしまう。あたしは紗花を甘やかすだけではなく、ナメていたのだ、と。
ばちんっと頬を張られたような気分だった。
おまけに恵美に嫉妬するなんてみっともない。背はでかいのに人間がちっちゃいのかな、あたし。
「――おっ!? これ、紗が勝ったよな? だろ、そうだろ!?」
「だな。ステージⅡもクリアだわ」
「んー? むらっち、どうしたんだよ。絶妙にテンション低くね?」
「別に、あたしはいつもこんな感じっしょ」
こっそり深呼吸し、どうにか気を取り直す。いつまでも情けない態度はしたくない。
「とにかくよ、これならいけるだろ! 次もクリアして、あの、なんだ、例の漫画の飛行機」
「天鷲」
「そう、アマワシをゲットできるだろ! めっちゃ欲しがってたからなー、紗のやつ」
「……そうだな」
しかし当然ながら、恵美が言うほど簡単な話ではなかった。




