招待
何故かがっくりしつつ、あたしは画面の通話ボタンをタッチした。
『うーっす。むらっち、なにしてた?』
「別にいつも通りだよ。土曜だろ」
椅子から立ち上がり、あたしはベッドに身体を投げ出した。
『いつも通り? あの、なんだ、クッソ難しいゲームの――』
「アジュコン。アジュールコンバットだって。何度も教えただろ」
『正直、あーしにはわかんねーな。んなに面白いかよ、このゲーム』
「あたしにはね。朝からずっとやってたわ」
かいつまんで恵美にイベントの説明をしてやる。実際のところ、あたしはイベント開始以来、毎日少しずつミッションを進めていた。
『じゃあ、先々週からその――』
「バトルオブバミューダ」
『バトルなんちゃらイベントに参加して遊んでたのかよ?』
「なんだよ、別にいいっしょ」
『マジかよ騙されたわー。学校じゃヘコんでるふりしてたのか』
「わけねーだろ、ガチで落ちてたわ。ただ……ヘコんでてもやるしかねーなって」
『謎な使命感、じわるんだが』
「いや、紗花がイベント報酬の天鷲を欲しがってたからさ……」
『は? ゆーて、むらっちがゲットしても紗には関係なくね?』
「テスト飛行モードならフレンドから借りた機体を飛ばせるの。自分のじゃないから対戦とかには使えないけど、あたしが天鷲を入手しておけば紗花も一応使えるのさ」
オンライン空戦ゲームを楽しめていたかはともかく、紗花は漫画コラボの天鷲には本気で食いついていた。あいつが漫画好きなのは間違いないのだから、天鷲を飛ばせるとなれば無視はできない――と思う。
『わざわざ紗好みの餌を準備するために、イベントをやってたのか……?』
「あーね。難しいミッションが残ってたけど、やっとクリアして天鷲をゲットしたとこ」
『オッマエ馬鹿かよ、普通に連絡して仲直りしろよ! そうすりゃ、こんな面倒くせーことにならねーんだよ! 話しにくいなら、メッセでも飛ばせばいいだろ!』
「……飛ばしたよ。何回も」
『てことは……』
「既読スルー。今週に入ってからは既読すらつかない」
『マジかよ!? ええと……ちょっと待て』
返答する間もなく、通話は保留にされてしまった。なんだよ、用事ができたなら後でかけ直してやるのに。一分程度で保留は解除された。
『――悪い。あのよ、メッセの件はさ……わざとスルーしたんじゃなくて、どう反応しようか迷っているうちに時間が経って返事がしにくくなっちゃって、ヤバいどうしようって思っているとまた次のメッセが来ちゃうし、最後には内容をチェックするのも怖くなっちゃったんだよぅ、ごめんなさいー! ……みたいな話じゃねーかな』
妙に言い訳がましい長口舌だな。悪気はなかったと言いたいのだろうか。
「だからこそ天鷲だよ。漫画絡みのネタなら、紗花も反応しやすいだろ」
『ああ……そっか。オマエ、そんなことまでしちゃうのか……』
「昨日久々に会えたからな。思ったより元気そうだったし、ほっとしたつーか……」
『ふはっ! 紗の顔見てガンアガりました、ってか? カワイイかよー』
「るせーな、ほっとけ」
実際はそれだけではない。夕べ、やっと紗花とのわだかまりが解けたと、香里さんからメッセをもらったのだ。あの二人は、もともとお互いを思いやっていた。これからは仲良く暮らせるに違いない。
次はあたしが仲直りしたい。できるはずだ、ちょっと行き違いがあっただけなんだから。
『でもよ、紗が自力でアマワシゲットしたら、餌の価値消えるよな』
「大丈夫っしょ、紗花には無理だから」
『……なんでだよ』
「バトルオブバミューダは月曜の10時で終わりなの。実質、今日明日しかプレイ時間が残ってないんだよ。ミッション全クリしないと、天鷲はもらえないんだから」
単純に残り時間の問題だけじゃない。特訓も中途半端のままだし、紗花は開発ツリーをあまり進めていない。だから零戦しかまともに戦える機体がないけど、被弾に弱い機体でのバトルロワイヤル戦は相当キツいのだ。
「紗花には悪いけど、勝ち抜けるとは思えない。それこそ無理ゲーだわ」
『そ、そっか』
「あいつパソコンを持ってないしな。あたしの家に来ないと、そもそもプレイできないだろ」
『――ところでむらっち、まだゲーム続けるのか?』
時刻はもうすぐ18時になる。プレイに集中してて昼はろくに食べてないから、めっちゃ空腹だった。
「目標は達成したし、もう切り上げるわ。恵美、おまえ暇なら一緒に飯でも――」
ぴこんっと音がした。
起き上がってパソコンへ目をやると、アジュコンのメニュー画面に新着情報を示す「!」のマークが表示されている。フレンドからのゲーム内メールが入ったのだ。
□
インターホンから呼び出し音がした。画面でエントランスにいる恵美の姿を確認。自動ドアを開けてやると、ほどなく恵美が玄関に現れた。
「ほいよ、適当に買っといたからよ」
差し出された手提げ袋には、あたしが頼んだ食べ物やお菓子類とお茶のペットボトルが二本入っている。マンションへの道すがら、恵美がコンビニで買ってきてくれたのだ。
あたしの部屋まで来ると、恵美はパソコンデスクに目を向ける。
「で、紗はどんな塩梅だ?」
「……ちょうどいま、ステージⅠをクリアしたわ」
画面にはバトルロワイヤル戦のリザルトが表示されていた。プレイしたのは紗花だが、本人はここにはいない――ネカフェのパソコンでやっているのだ。考えてみれば当然あり得る選択肢だったけど、あたしにはまったく想定外の行動だった。
「あいつ、もうネカフェには行かないって言ってたのに……」
「おばさんから許可はもらってるし、大丈夫だろ」
なんにも大丈夫じゃない。
実は先ほどの会話は紗花にも筒抜けだったらしい。恵美と紗花はネカフェの防音ブースでスマホをスピーカーフォンに切り替え、あたしと通話していたのである。
もちろん陰口をたたいたつもりはない。紗花の腕と零戦の組み合わせではステージⅡまでが精一杯という評価は、妥当だと思う。
「なら、別に聞かれてもオッケーだな。よかったよかった」
「よくねーっしょ、伝え方ってもんがあるんだから! あいつにあんな言い方で……」
「むらっちは紗をお姫様扱いしすぎだろ」
「……どういう意味だよ?」
「アイツ見た目よりよっぽど頑丈で根性あるぜ。本音の一つや二つぶつけても、潰れたりはしねーよ」
ベッドに腰掛け、恵美はチョコ菓子の袋を開け始めた。こちらの非難がましい視線などどこ吹く風だ。仕方なく、あたしもサンドイッチを袋からつかみ出す。
「おまえもまともな食事しろよ。デブるぞ」
「へっへっへっ、あーしはもう紗とビッグマッグセット食ってきたもんねー」
「カロリーが限界突破してますが、それは」
「むらっちのサンドイッチも生クリームとフルーツのやつだが?」
「うっわ、マジだ……なんなの、デブユニットでも結成すんのかよ」
駄弁っているうちに、またメールが届いた。メール内に表示された招待状アイコンをクリックすると『バトルロワイヤルの観戦に招待されました。参加しますか?』と表示された。『はい』を選択してバトルロワイヤル戦の開始を待つ。
「フレンドのバトルを見れらるとか、今時のゲームは便利だねぇ」
「相手からメールで招待されないとできないけどな」
しばしの後、参加者の組み合わせが決まったのだろう、アジュコンはロード画面に移行する。
「むらっちさ、紗がなんでこんな真似してるか、わかる?」
「あたしがなんで怒っているかわかる? みたいな詰め方やめれ」
「詰めてねーし、マジでだよ」
「んなの、わかるわけないわ。でも、きっと――」
ロードが終わった。表示されたのは珊瑚礁に囲まれた大小の島々が浮かぶ大海原と総数10の戦闘機。バトルオブバミューダのステージⅡだ。
「――黙って見とけ、ってことっしょ」
空戦が始まった。




