ダメダメ
部屋を飛び出し、わたしはリビングにあるソファーへ倒れ込んだ。柔らかいクッションに顔が埋まる。息が苦しい。
「……うーっ!!」
なにあのゲーム? ダメじゃない? ク○ゲーじゃない? わたしがこんなに頑張っているのに一キルもくれないとか、どういうこと? あんなに弾くことないじゃないっ!!
わかった。
わかった、わかった。もうわかった。さすがに理解した。
飛行機で空中戦するゲームはわたしに向いてない。
ゲームってのはひげのおじさんをぴょんぴょんさせるような奴でしょ。やったことないけど。
対戦したいならカラフルなペンキをぶっかけ合う奴をするべき。それもやったことないけど。
とにかく空中戦は向いてない。
確かに面白いけど、不親切だし難しすぎる。
わたしには無理なんだ。
大村みたいにやれるならともかく、わたしは無理。
大村は――かっこいいから。奇跡を起こせる人だから。
「……」
しばらくすると扉の開く音がした。
ぼすん、とソファーが揺れる。顔を上げるまでもなく、大村が来たのはわかっている。
ここは彼女の自宅で、わたし達以外には誰もいない。わたしは大村の部屋から、大村はお父さんの部屋から別々のパソコンでゲームをしていたのである。
「お疲れ」
「うう……」
大村はわたしの髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
やめろ、枝毛になったらどうすんだよ。
「泣くなって。カタキは取ったし」
「……復讐なんて意味ない……未来に生きろ……」
「あーね」
「わたしの飛行機ばっかり、燃えやすくない……?」
「サンダーボルトは12.7mmが8丁だからなー。めっちゃ弾飛んできたっしょ?」
「きた……めっちゃきた……弾けなかった……」
「日本機だし零戦だし、撃たれ弱いのは宿命」
「……リザルト」
「ん?」
「あんたのリザルト」
「撃墜8、アシスト3、チーム内1位。ギリ味方の勝利」
マジか。なんて輝かしいのだ。
散々わたしの世話をしてたくせに軽く1位で味方の劣勢もはね返すとか、なめてんの。
「……ラグがあったんだよ……ADSLだから」
「同じ回線だし。光だし」
「パソコンの処理オチが……」
「あたしのパソコンっしょ。ちょい古だけどスペック余裕だが」
「……」
おっぱい。
おっぱいが足りなかったんだ。そうに違いない。
ダメだ、よけいにつらい。
「速度と高度。両方失うと?」
「死ぬ……死んだ……」
「ダメな時はさっさと仕切り直せよ」
「ダメじゃないよあたってたよ! あてたのに!」
「だから――」
「うう……」
「泣くな泣くな」
「いいよ、もう。わたしの武装は弱いんだよ。どうせ頑張っても弾かれちゃうんだよ、ぱしぱしって」
「めんどくせー」
「あんたの武装、激つよじゃん! キングチーターじゃん! 誰もがみんな一発撃墜だよ!!」
「おまえと同じ零戦……いや、おっぱいの話になってんの?」
「うーっ!!」
わかっている。
操作方法もダメなら立ち回りもまずかった。ダメダメだったのだ。
「もっかいやる……」
「昨日クッキー焼いたし、まず食えば?」
「うう……」
「泣くなよ。いらんの?」
「食べる……全部食べる。街の視線代わりにクッキー独り占めにする……」
「いやいや、あたしも食うし」
「だってあんたずるいじゃん……でかくて強くて女子力まで高いとか、魅力の塊だよ……妬ましい……」
「おまえはおまえなりの武装あるっしょ」
持っている人はそう言うのだ。
わたしにはなにもない。ないからこそ、こうしてここにいるのに。
「……ない。わたしに魅力とかない」
「あるって」
「……どこ?」
「あるだろ。例えば」
わたしはがばっと起き上がり、大村をにらむ。
「言っとくけど、ババッと一撃で墜とせる強い武装じゃないと意味ないからね。性格とか口走ったらはったおすから!」
「なら全部」
「はぁっ!? あんた、めんどくさいからって――」
かちんときて身を乗り出すと、大村もぐいっと顔を寄せてきた。
いや近い! 近いよ!! わたしの視界は彼女に占領されてしまった。
「マジ全部。ほんとマジで」
「え、あ……う?」
動揺しすぎて声が出ない。
たかだかゲームのことでいじけているだけなのに、なんであんた真顔なの? まるでわたしが……すごく貴重で大切な存在みたいじゃない。
待て慌てるなこれは――罠ならもうずっぽりはまっている状況だ。
いやダメじゃん! 負け確じゃん!
「あたし、おまえのことめっちゃ好きだし。だからマンションにまで入れてるだろ。わかれよ」
「お……おう……」
「紗花は魅力も能力もあるっしょ。男運は悪いかもだけど、ちゃんと強い武装はある。むしろあたしん中では最強。自信持てよ」
「……」
オイオイ、まるで恋人褒めてるみたいだよ。急すぎて心の離陸準備ができないんですけど!? あ、あんたってばわたしを愛しちゃっているのかようっ!! ラブなのか? 紗花ガチラブ勢なのかよ!?
紗花、ステイステイ。落ち着こう。まず落ち着こう。
距離の詰め方はどうかと思うけど、大村はマジで話してくれているはずだ。お馬鹿な妄想で暴走している場合じゃない。
「……ふんだ。おだてを鵜呑みにするほど、わたしも子供じゃないよ」
「ひねくれてんなー」
「でも、まあ……あんたが励まそうとしてくれてるのはわかったよ。だから、その……」
うわー、なんでこんなに緊張するの? わたしはどうにか言葉を絞り出す。
「あ、ありがとう……わたしも大村のことはす……気に入っているよ。大事な友達だよ」
耳が熱を帯びる。たぶん、わたしは真っ赤になっているんだろう。まともに人付き合いをしてないから、お礼一つでこうなっちゃうのだ。恥ずかしいと思うほどに熱は上がり、過敏な自意識をさらに刺激する。悪循環だ、これ。
カシャ、とシャッター音がした。
「んー、動画のがいいか」
大村はスマホをわたしに突き付けた。
「テイクツー、よろ」
「――は?」
「ありがとう、のとこからも一回おなしゃーす」
「だっ誰が言うか! バーカっ!!」
「ぷっ、あははははは! なんだよー、おまえケチだな」
びっくりするくらいに明るい声で大村は笑った。
湿った空気が霧散する。彼女が笑い飛ばしてくれたのだ。わたしはほっとした。
「もう! いいからさっさとクッキーをお寄越し!」
「はいはいお嬢様」
含み笑いしながら大村はキッチンへ向う。
どうしてか、その背にごめんねと言いそうになってしまう。
週に何度か待ち合わせをして一緒にゲームで遊び、お喋りをする。
わたし達はそういう関係だ。ただそれだけの関係が、わたしには大切だった。
本当に――とても大切なのだ。
「あー、すでに紅茶もコーヒーもねぇわ。炭酸ならあるけど」
「炭酸? コーラとか?」
「炭酸は炭酸だろ。ただの炭酸水」
「え、なんでそんなものあるのよ。まさかお酒でも飲んでるの?」
「わけねーっしょ。普通に冷やして飲むだけ。風呂上がりとかに裸でガーッって一気飲み」
大村ならやりそうだ。
しかしJKのあるべき姿からは相当に遠い気もする。
「おっさんかよ。炭酸て味なくない?」
「ないけど美味い」
「ないのに美味いとは一体……じゃあ飲んでみるよ。大将、炭酸一丁!」
「あいよー」
大村はだるそうに返事する。なにやらスマホをいじっているようだ。
「もしかしてお母さんから?」
「あーね。レスるからちょい待ち」
ほどなくソファー前のローテーブルにトレイが置かれた。クッキーが盛られた皿に、炭酸水が注がれたグラスが二つ載っていた。グラスからは水の飛沫がさかんに飛び出ている。
「ぱちぱちしてる……」
「あ?」
「ぱちぱち弾いてるぅ~」
「泣くなって」
読了ありがとうございました! 初日の更新はここまでです。明日も投稿する予定です!