口癖
わたしは困っていた。
困って、困って、困り果てた挙げ句、友達にすがりつくしかなくなってしまった。
「ううう、どぉしよう……」
「は? 仲直りしろよ」
「簡単に言うね!?」
「他になにがあんだよ」
ずちゅー、と音を立ててアイスカフェラテを飲み干す恵美ちん。ぐでっとだらしない格好で背もたれに寄りかかっている。
「たかがゲームのことで、何週間もケンカすんのがおかしいだろ」
「きっかけはそうだけど……なんか話してて、大村の言うことがズレてるっていうか……わたしも上手く返せなくて、そうじゃないよってのが伝わらなくてさ。わかってないよ、とか、信じられないの、とかめっちゃ感情的になっちゃってさぁ……」
最終的にはわたしはマンションから飛び出し、泣きながら駅まで走る羽目になった。思い返すと死ぬほど恥ずかしい。
「昭和のドラマみてぇだな。恥っず!」
「言わないでよぅ……」
「で、動画は?」
「ねぇよ!! その状況で自撮りキメるとか、どんだけメンタル頑丈なんだよ!」
「それじゃ、そう簡単には仲直りできねーな」
「だからそう言ってるじゃん!!」
思わずマッグのテーブルを拳で叩いてしまう。カウンターの店員さんが驚いたように視線を寄越した。ご、ごめんなさい……。わたし、このマグダネルダで迷惑行為ばかりしちゃってるな。そのうち出禁になりそう。
「結局、大村に甘えすぎてたんだよね……」
なにかにつけ準備万端整えてもらい、細々と面倒を見てもらっている。これで信用しろというのは無理がある。わたしは一人前の存在として、彼女の前に立ってないのだ。
「んー……そうかもだけどさ。マジな話、ごめんな、紗」
「えっ?」
「むらっちとのケンカだよ。半分以上、あーしのせいだわ。勘違いして余計なこと言っちまったからさ……」
恵美ちんは神妙な面持ちで頭を下げた。
「ううん……恵美ちんのせいじゃないよ。なにか誤解することは、普通にあるでしょ」
誤解なら訂正すればいいだけなのだが、好きを証明するのは意外に難しい。わかってもらえないもどかしさが、ただでさえ不安定だった心をかき乱し、感情が爆発してしまったのだ。これをどうやってフォローすればいいのか、わからない。アジュコンのイベントだって、とっくに始まってしまっているのに。
でも向こうにとっては、たいした話じゃないんだろうな。
「大村は……どう?」
「どうって?」
「だから、どんな様子かなって。どーせ普通にしてるだろうけど。いつでも余裕たっぷりだもんね」
「……あーしはむらっちが紗にやりすぎたんだろう、って思ってたの」
「ん? うん」
「だから、しばらくほっとくつもりだったんだわ」
「ええと、つまり……?」
「めっちゃめちゃ落ち込んでるぞ、むらっち。完全に死んだ魚の目になってるよ」
「――嘘でしょ?」
「マジだって。バスケやめた時も、あそこまでじゃなかったし」
そういえば前に聞いたな。中学の時はバスケ部でモテモテだったとか。
「ねえ、バスケやってた時のこと詳しく教えてよ。わたし、大村のことはぜんぶ知りたいの」
「へ? いや……本人からの方がいいんじゃね?」
「いま、それできないじゃん! お願い、恵美ちん。仲直りのヒントがあるかもだし」
しばしうなった後、恵美ちんは話し始めた。
「むらっち、あの背丈で運動神経もいいからさ。一年からすぐ試合に出て、二年になった時にはもうアイツのワンマンチームになってたよ。ただ、そのせいでもめ事にもなった」
「上級生の……嫉妬?」
「それもある。でも根っこは派閥争いだな」
大村はひたすら練習に打ち込み、無名校を大会で躍進させる原動力となった。彼女に憧れて入部した一年生達は、当然試合に勝つことを目標にしていた。
一方、三年生達は適当に練習して楽しめればいいというエンジョイ派だったのだ。部の方針をめぐり、両者は事あるごとに対立した。
「大村以外の二年生は?」
「どっちつかずだな。一年の肩を持つやつもいれば、三年に従うやつもいたみたい」
「顧問の先生がまとめてくれなかったのかな」
「無理だよ、バスケ自体よく知らねー先生だもん。どころか、そいつ練習のメニューをむらっちに丸投げしたんだぞ。『大村さんが一番上手いのよね? だからあなたが決めてもらえるかしら』って、みんなの前でだぜ」
「うわぁ。火に油だよ……」
一年生が顧問をそそのかしたらしいが、考えただけでもお腹が痛くなるような役回りだ。しかし大村は二つ返事で引き受けた。
「アイツ当時はめっちゃ親切だったんだよ。誰がなに頼んでも『ああ、いいよ』って調子でさ。あーしなんか、八方美人はやめろって文句つけてたくらいだし」
不協和音を奏でつつもチームは活動し、次の大会でも勝ち進んだ。できるだけ三年生の顔を潰さず負担も強いず、一年生の期待にしっかり応えて結果を出した。大村の能力はそれだけ飛び抜けていたのだ。
「でも予選ブロックの決勝前、最後の練習でむらっちは足首をやっちまった」
「お、大怪我したの!?」
「完治までに半年くらいかかったんじゃねーかな。手術もしたから決勝は観戦もできなくてさ」
「そんな……」
「で、顧問が代役にあんま上手くない三年生を出しちまったんだよ。最後だからって」
決勝相手は思い出作りに協力してくれるほど優しくなかった。結果はトリプルスコアで、観ている方がキツイくらいのボロ負けだったそうだ。回復が長引いたこともあり、大村は部活に復帰せずバスケをやめてしまった。
「それ以降は自分と他人の間にがっちり線引くようになった。アイツの口癖、知ってるだろ?」
〝ほっとけ〟――あたしに構うな。おまえのことにも口は出さない。関係ないよな、他人なんだから。
「言っとくけど、あーしらと縁切りしたいって意味じゃねーからな」
「自分の好きなことを好きなようにやる。お互いそうしよう。変に干渉するなってことでしょ」
「それ。徹底してんだよ、むらっちは」
大村の生き方をがらりと変えるような出来事だったのか。
だからこそ、わたしが大村に気を使って、したくもないゲームをしてる(実際は違うけど)ことに激しく拒絶反応を示した。なるほど、それならあんなに頑なだったのもわかる。
わかるけど、同時に違和感もある。めっちゃあるぞ。
「でも変だよ。だって大村は――」
「あっ。おい紗、あれ!」
さえぎって恵美ちんは窓を指差す。
店外の歩道を通りすぎて行くのは、まさに大村杏奈ご本人。横に連れ立つ女性は、わたしのお母さんだった。




