挙動不審
学校の昼休み。
焼きそばパンを頬張りながら恵美は呆れ顔になった。
「じゃあ、ゲームの為にバイト休んでるわけ? ホント好きだな、テメー」
「別に好きでやってんじゃ……いや、好きだからだけどよ……」
「はあ? なんだそれ」
「ああ、もう! ほっとけ」
箸を振り、あたしは自作の弁当をかっこんだ。恵美もパンの残りを口に押し込む。
「なんだよ、むらっち。珍しくイラついてんじゃねーの」
「……だよな。あたしらしくねーよな」
ついため息が出てしまう。
恵美は珍しい生き物を観察するような視線を向けてくる。
「へー、今度は落ち込んでるのか。マジでレアだな」
「だから、ほっとけ」
「もしかしてさ……紗がらみ?」
驚いて恵美の顔を見返す。紗花と恵美はたった一回、ほんの一分程度会っただけのはず――と思っていたが、実はそうではなかったらしい。何故か夜の街にいた紗花は、恵美や譲司と偶然出会っていたのだ。
「次の日も公園でちょっと話してさ、紗の友達第二号にされちまったわ。何気に押しが強いよなー、アイツ」
恵美は照れたようにはにかんでいる。あたしはほっとした。こいつと紗花は共通項が少なすぎて仲良くなれるか心配していたのだが、杞憂だったな。
「待てよ。てことは、あたしの知り合いが三人も偶然出くわしたってことか? それこそ激レアだろ」
「ま、まあ……紗はともかく、あーしとジョー君はフィールドが被ってるし。よく会うんだよなー」
なんだか挙動不審だな、恵美のやつ。
でも考えてみれば譲司の野郎は無闇にでかい上に髪も服もド派手だ。あんなゴリラがそこらをうろついていれば目立つから、見つけやすくて当然かもな。
「あーしのことより、むらっちの方は紗となにがあったんだよ。なにか、その……言われたのか?」
「よく知ってんな。ああ、紗花から聞い」
「げえええええーっ!? マジでか、いつの話だよ!」
喰い気味に叫ばれ、あたしはびっくりしてしまった。
「……ついこないだだけど」
「野郎っ、速攻かましやがったのか! 紗め、あーしの想像を越えてきやがった……!!」
なんか異様にエキサイトしてないか、こいつ。
紗花からアジュコンの特訓をしたいって言われた時はあたしも意表を衝かれたけども、そこまでか? あのゲームと紗花の取り合わせはそりゃ違和感あるが、驚きすぎだろ。
「で!?」
「で?」
「だーから、なんて返事したんだよ、むらっち!」
「もちろんオッケーしたが」
「おおおおー! さっすがむらっち、器がでけぇな!! 漢だぜ!」
「女だろ」
「はー、一時はどうなることかと思ったよ。まあ、紗はすっげぇ綺麗だしな……アイツに本気で迫られたら拒否れないよな。あーしも一瞬ヤバかったし。めっちゃわかるわ。わかりみしかないわー」
こっちはぜんぜんわからないぞ。なんでそこまで嬉しそうなんだよ、満面の笑みじゃねーか。
「マジアガった! 激アガりだわー! おめでとーっ、むらっち!!」
「あ、ありがとう……?」
わけがわからないまま、差し出された手を握り返す。
「こりゃ、あーしも負けてられねーな」
「ん? もしかしておまえもあたし達に混ざりたいのか?」
「は――?」
「だから、恵美も混ざってやるか?」
「い、いやいやいや! ダメだろ、混ざってヤっちゃ!」
「ダメじゃねーよ。恵美なら大歓迎だし」
以前アジュコンに誘った時は『なんだこれ、わざわざ飛行機でバトるのかよ? 意味わかんねー』とボロクソな言いようだったが、紗花がやっていることで興味を引かれたのか。
「やり方とかはあたしがちゃんと教えるから、心配ねーよ」
「教えるって……むらっち、慣れているのかよ……?」
「当たり前っしょ。もう何年も続けてるからさ、手ほどきくらいなら楽勝」
「お、おお……そうなのか。もしかして、紗も……もう?」
「最初はぎこちなかったけど、紗花はすぐハマったぞ」
「ええっ!? マジでか……そんなにイイのかよ……」
「その辺は人によるけど、基本的に人数多い方が楽しめるからさ」
「そ、そういうもん……?」
「そういうもん。だから三人で一緒にやらね?」
恵美はうっと息を詰まらせた。あらぬ方向へ視線を泳がせ、引きつった笑みを浮かべる。
「い、いや……せっかくだけどよ、あーしにはたぶん向かないかなー、あははは」
「うーん、そっか」
「それによ、むらっち達がどんな風にしてるのか知らねーけどさ……二人でやった方がはかどるんじゃね?」
あ、そうか。言われてみればパソコンは二台しかない。三人で遊ぶと誰かが観戦にまわることになってしまうのだ。そもそも強引な勧誘はあたしのポリシーに反するし。
「だな。紗花の刺激になればと思ったんだが……」
「も、もう刺激がいるのか?」
「なーんか、ここ数日変なんだよ、あいつ」
「変ってなんだよ?」
「んー、態度がおかしいってか……どうもプレイしてて楽しそうじゃないっていうかさ」
「オイオイ、ならこれ以上の刺激とか逆効果だろ! 紗はお嬢様なんだからよ、もっとゆっくりしてやれよ」
「でも自分から特訓して欲しいって言ってきたんだぞ」
「は? と……っくん? って、どんな?」
恐る恐るといった様子で聞いてくる恵美。
こいつはゲーム自体には興味ないんだし、ざっくりとだけ説明しとくか。
「まず、あいつに一人でさせるんだよ」
「へ……へぇー。むらっちはそれをガン見しているわけ……?」
「あーね。紗花に上達ぶりを披露してもらう感じだな」
「そういや、兄貴の秘蔵漫画にそういうシチュがあった気がするな……」
「で、タイミングを見計らって後ろから手を添えて、やり方を教えてやってんの」
机の上に掌を滑らせ、指先をぴこぴこさせてマウスを操作するふりをする。
「敵機の様子に対応するのが大事だからな。ここでこう動かすといい感じになるぞって――」
「ばっ、やめろって! テメー場所考えろ、場所ぉっ!」
何故か真っ赤になって恵美はあたしの手を押さえ込む。
なんだ? 教室でゲームの話を広げすぎるなってことか? なに真面目ぶってやがるんだ。
「なんだよ。昼休みだし、別に――」
「いーいから実演はやめろ。マジでやめろ。あーしのキャパ、楽勝で越えっから!!」
恵美は声を殺し、めっちゃ顔を寄せてきた。
「話を戻すけどよ。つまり、その……特訓を始めてから紗の様子が変だってことか?」
あたしはうなづいた。
最初はいつも通りで、どんどん上達していたのだ。ところが三日目あたりから態度が妙になった。
「プレイに集中してないんだよな。あたしが触るだけで反応が過敏ってか、キョドりまくりでさ」
「そりゃ……す、紗には特訓がハードすぎんじゃねーの?」
恵美と同じことをあたしも思った。好きなことだって無理をしすぎればつらくなるのは当然だ。
だが『キツいならもうこれ以上無理するなよ、この辺にしとこう』と提案しても紗花は拒否する。逆にもっと特訓してくれと頼んでくるのだ。
「もっとって……頼んでくるのか……紗が」
「すがるような目で言われちゃ、断れないし……でも、やっぱりダメなんだよな。だんだん、あたしがいじめているような感じがしてきちゃって――」
ちょっとしたことで赤くなったり青くなったり。近頃の紗花はすっかり落ち着きをなくしているのだ。あれじゃ気が休まらないだろう。あたしがあの娘に与えてあげたかったのは、安心できる環境のはずなのに。
――ん? そういえば紗花の態度が変わったのは、あいつが恵美と会った直後じゃないか?
「恵美、おまえ紗花と話したんだろ。なんか思い当たることないか?」
「ええ? むらっちにわからねーのに、あーしが――」
言いかけて、恵美は「あっ」と小さく息を呑む。
「……もしかして、だけど。あーしの勘違いかもだけどよ」
「いいよ、言えよ」
「アイツ自分の大事な相手にはめっちゃ気ぃ使うだろ」
それはあたしも知っている。紗花は香里さんが嫌がるから漫画の趣味を隠していた。好きなことには人一倍打ち込む性格なのに、何年も我慢していたのだ。
「でさ、紗にとって大事なのは親だけじゃない。むらっちもそうなんじゃね?」
「――おい、ちょっと待てよ。おまえ、紗花が……あたしに気を使ってるって言いたいのか?」
「もしかしたらって話だよ。ただの想像だし」
本当はアジュコンみたいなゲームには興味がないのに――あたしが対戦仲間を欲しがったから無理をし続けていた。友達をがっかりさせたくなくて、面白くないとは言えなかった。ずっと楽しいふりをしていたって?
「いや、わからねーけどよ。ただアイツ、自分を追い込むような無茶やらかしていても自覚してないだろ。危なっかしいってかさ……」
「……だな。あたしも……気付いていたのに」
「オ、オイオイ! 深刻になるなって!」
「……」
「むらっち、今日も紗と会うんだろ?」
「――ああ」
「なら、それとなく聞いてみろよ。こういうのは本人にちゃんと確認しないとさ!」
「そうだな……」
まさか、そんな馬鹿な。でもあり得なくはない、のか。
果てのない問いが頭の中をかき乱す。
この時点であたしは、すっかり冷静さを失っていたのだ。




