イベント報酬
対戦を終え、あたしはパパのパソコンをシャットダウンさせた。自分の部屋に戻ると、パソコンデスクにいた紗花がぱっと振り向く。
「大村、大村! アジュコンの公式サイトにイベント告知が載っているよ!」
紗花はすっかり興奮しているみたいだ。あたしも後ろから画面をのぞき込む。
「どれどれ……ふーん、今度のイベントは〝バトルオブバミューダ〟か。海戦マップだな」
「イベントミッションのクリアで色々な報酬がもらえるんだね。うわっ、戦闘機まで含まれてるよ!?」
「いや、いつもだよ。イベント報酬の目玉は特別な機体のアンロックがお約束……なんだけど」
報酬欄のトップにでかでかと表示されている機体を確認し、あたしは眉をひそめた。
「ki-128……? なんだこれ?」
翼の日の丸や名称からして日本陸軍の戦闘機。
だが、あたしはまったく見覚えがない。大柄な機体はまるでアメリカ機みたいだな。
「うっそ――この子〝天鷲〟じゃん、天鷲! ヤバっ、マジかー!」
「天鷲? 知ってんのか、紗花」
「あっ、それもっとオーバーリアクションで欲しい……」
「いーいから話せ」
「ふっふっふっ、仕方ないなぁ……教えてあげよう! 天鷲はね、戦場アクションコミック第三巻収録の〝迎撃高度一万メートル〟に登場する試作戦闘機なのさ! あの新谷零児先生のねっ!!」
得意げに小さな胸を張る紗花。うん、かわいい。
かわいいが、あたしには皆目凄さがわからなかったりする。
「そっか。誰?」
「ええええっ! 新谷先生、知らないの!? 漫画界のウルトラレジェンドですが!?」
「漫画家の名前とか覚えねーだろ、フツー」
「ほら〝シンガー鉄郎777〟とか〝宇宙艦娘ナガトユキちゃんの往復〟とか〝一億と二千年女王〟とか! 他にも名作をいっぱい描いた巨匠だよ! 特にナガトちゃんは最近リメイクアニメもやってたし。おかげで新谷先生の過去作が一時期ネットで無料公開されてだね、わたしも読み漁ったんだけど――」
かなり古い作品らしいのにきっちり押さえてやがるのな。自由に読めない分、読める漫画のサーチ力が鍛えられたのだろうか。作者のことはともかく、要するに天鷲は漫画に出てくる架空の戦闘機らしい。
「二重反転プロペラは珍しいな。武装は30mm2門と20mm2門、自動空戦フラップ、防弾装甲に自動防漏タンク、排気タービン装備のエンジン×2……えっ、エンジンが2基!?」
天鷲は機首にしかプロペラがない。だから単発機だと思ったのだが、実はエンジンを縦に二つ並べた双発機らしい。そりゃ機体もでかくなるはずだ。この偏執的な凝り方はアメリカ機じゃねーな。むしろドイツ機っぽい。
「エンジン縦に並べるとか、懐かしのロケット鉛筆かよ。爆熱ですぐオーバーヒートしそう」
「武装はいいよね。30mm機関砲ってヤバいでしょ」
「日本機には珍しくガチ防弾だし、排気タービンあるから高高度性能もよさげか」
「うんうん、この子が輝くステージはちゃんとありそうだね!」
「ピーキーすぎて、おまえには無理かも」
「いいんだよ、ロマンこそ新谷ワールドの真髄なんだよ! かっこいいよ、天鷲……戦場に散る男達の哀愁を感じるよ!!」
紗花はわくわくしているようだ。漫画に出てくるからってだけじゃなく、どうもこの娘は癖の強い機体を偏愛する傾向がある。
「報酬に設定されてるってことは、天鷲はイベント限定機だよね?」
「だな。日本の開発ツリー進めても出てこない」
「じゃあこの機会は絶対逃せないね! イベントに参加して天鷲ゲットしないと!」
「っても、目玉報酬だからな。イベントミッション全クリしないともらえないぞ」
規定キル数やキルアシスト数の達成などは初心者でも時間をかければクリアできるが、ミッション数自体が多いのだ。
「紗花が遊べるの、精々放課後の二時間くらいだろ。無理目じゃね?」
「でも絶対欲しいんだもん! この機会しかないんでしょ!?」
「おまえ、ガチャゲーとか絶対やるなよ。破産するまで回しかねないわ」
「これはガチャじゃないじゃん! ミッション全クリすればちゃんとゲットできるんだから」
ぷっくり膨れる紗花。まるでフグのようだ。
かわいいと思う一方、この娘の入れ込みようが心配になる。必死に頑張った挙げ句、天鷲を入手し損なったらどれだけがっかりすることか。ただでさえ負けず嫌いだし……ちょっと心配だな。
「分隊を組めるミッションはあたしが協力するわ」
「わーい、ありがとう大村!」
「ただ、ミッションの中にイベントメダルのコンプリートってあるだろ」
「――あっ、これバトルロワイヤル戦じゃん……!」
「そう。何気に未経験だよな、おまえ」
バトルロワイヤル戦では参加機全部が敵となる。もちろん勝者になれるのは最後まで生き残った一機だけだ。当然ながら分隊は組めないため、これまで紗花はプレイを避けていたのである。
「だ、大丈夫だよ! 何事にも初めてってあるんだからさ!」
虚勢を張ってはいるが、イベントはもう来週だ。紗花が今から練習しても経験不足は否めない。
このバトルロワイヤル戦は三段階のステージに分かれたイベント専用の空域で行なわれる。ミッションクリアの為には各ステージの初勝利で獲得できる報酬――ブロンズ、シルバー、ゴールドのイベントメダル――をコンプリートしなくてはならない。
「むぅ……要するに全部のステージで勝たないとダメってことだね」
「しかもステージ進むと参加機数が増えるし」
「うげっ、ホントだ!! ステージⅠは四機だけど、ステージⅡは十機。最後のステージⅢは……二十四機だって!」
バトルロワイヤル戦の空域は狭い。そこに二十四機も詰め込まれたら、めちゃめちゃな乱戦になる。勝つには腕はもちろん、運も必要だろう。あたしも手こずりそうだ。
「まあ簡単に全クリされちゃ、イベントが成り立たないけどな」
「どうしよう、わたし一人で勝ち抜くなんて……」
言葉は小さくしぼんでしまった。恐らく紗花が突破できるのは精々ステージⅡまで。それも相当頑張っての話である。現実が理解できたのか、すっかり肩を落としている。見かねてあたしは頭を撫でてやった。
「落ち込むなって。はじめたばかりなんだから、イベント全クリできなくても仕方ないっしょ」
この娘、つむじすら綺麗だなー。髪もつやつやのさらっさらだ。身体を構成するパーツのすべてが完璧な造形美を感じさせる。うー、かわいい。こいつのかわいいはもう凶悪なレベルに達している。ああ、このまま抱き締めたい。
あたしはふいに背後にあるベッドを意識してしまった。
いやいやいや、ダメだろ。ダメでしかないだろ。いきなりそんな……物事には順序ってものがある。飢えた獣じゃないんだから、まず気持ちを伝えて、デートしたりチューしたり、ゆっくりステップを刻んでファイナルステージへ――
「――じゃねーよ! くっそ、諦めたはずだろ……」
「諦めた?」
「い、いや……」
「わたし、諦めてないよ。諦めたくないの!」
紗花はあたしの手をはしっとつかむ。ひんやりした細い指は触れているだけで心地よかった。
「だから、特訓だよ」
「は?」
「バトルロワイヤルを勝ち抜けるように、大村がわたしを特訓して!」
なんだそれ。ああもう、これだから漫画脳は!
「紗花、気持ちはわかるけどさ」
「わかってくれる? ありがとう、さすが大村!」
「うっ! あの、だからな紗花。ゲームのイベントなんだし、無理すること」
「お願い! 大村だけが頼りなの!!」
もちろん、断ることなんてできるはずもない。
あたしは店長に相談してしばらくバイトを休ませてもらうことにした。こうなっては結果を出すしかないし、正直に言えば紗花に頼られるのは嬉しかった。一緒に頑張ってあいつの願いをかなえてやろうと思った。
特訓は順調に進み――しかし唐突に停滞することになった。
 




