実在してるよ
恵美ちんは面倒くさそうに言った。
「適当に話しかければいいだろ。友達とかそっからだよ」
「……やったけど、失敗した」
「ああ?」
「自習中にクラスメートがお喋りしてたことがあって。あんまり盛り上がっていたから『楽しそうね。なに話してるの?』って聞いたんだよ。そしたら『ご、ごめんなさい……』って何故か謝られて……みんな、しーんとしてしまったんだよね……」
教室を満たす、地獄のような沈黙。思い返すだけで胃が痛む。
「そりゃ怒られたと思ったんだろ。アンタ、表情も喋りも硬ぇし」
「うそっ!? ど、どうすれば……」
「いっそ、ハジけた感じにしなよ。うぇーい、ちょいっすーっ! って」
「む、無理」
完全にキャラ崩壊してるじゃん……大村だってそんなことしないだろう。
「バーカ、マジでやったらドン引くわ」
「恵美ちんひどいっ!」
「だから、馴れ馴れしいんだよ! そもそもテメー、人との距離感がおかしいだろ!」
そういや、大村にもベタベタしすぎて失敗したっけ。
「うう……わたし、人付き合いが苦手なんだよ」
「かわいそアピール、マジウザいんだけど」
「身内相手でもダメだったしなぁ……」
「ああ?」
「わたしがちゃんといい子にふるまえていたら、みんな幸せになれたかもって話」
「……なにて?」
「家族に険悪な組み合わせが多いの。お父さんとお母さんとか、お母さんとおばあちゃんとか」
「いや、待ちなよ……ちょっと」
「仲良くして欲しくて、わたしなりに考えてね。頑張ってはみたんだけど……あっちこっちで顔色うかがったりしてるうちに、わけわかんなくなっちゃってさ。友達とも上手くやれなくなるし――」
恵美ちんはいきなり叫んだ。
「待てって! そういうとこだよっ!!」
「えっ、な、なに!?」
「だから……あああっ、もうっ! マジでウゼぇっ! 死ね!」
傍らのベンチにどっかり腰を下ろす恵美ちん。
目顔でうながされ、わたしは彼女の隣におずおずと座った。
「反則だろ……マジねーわ、そんなの」
「な、なんかごめん……」
「うるせー、テメーのことじゃねーよ!」
意味がわからない。ここにはわたし達しかいないのに。
「とにかく、もっと人付き合いは上手くしないとダメだよね」
「……やめとけよ。まんまでいいよ」
「まんまって、わたしのままってこと……?」
「アンタ、それ以外無理だよ。てか、もう……無茶すんなよ」
横目でわたしをねめつけ、恵美ちんはぽつりとつぶやいた。
「……佐藤紗花だったよね」
「わたしの名前? うん」
「さとやん、さとちー、すずっち――しっくりこねぇな。シンプルに紗でいいか」
「え、あの……あだ名付けてくれるの……?」
「文句あんのかよ。そっちが先にやったんだろ」
恵美ちんは眉をしかめていたけれど、わたしはふわっと浮き立つような気持ちになった。
「と、友達第二号ってことでいいのかな……?」
「だーから、いちいち言わなくていいし!」
「ごめ……ううん、ありがと。えへへ」
ふてくされた横顔は、ほんのり赤く染まっていた。わたしもたぶん同じ表情になっている。
「――紗さぁ、なんか趣味とかねーの?」
アジュコン……は、ちょっと理解してもらうのが難しいかな。大村も誰もやってくれなかったって言ってたし。とりあえず漫画の方にしとこう。
「学トラ知ってる? 学園トラブルガールズって漫画」
「聞いたことはあるな。何巻か、読んだかも」
「わたしは単行本、全部持ってるよ! 学トラだけじゃなくて、漫画ならだいたいなんでも好きだけど」
「意外性あるな。紗ってオタなのか?」
「え、どうなんだろ……」
「人の家行ってよ、もし本棚に漫画がバラバラに並んでたら直すだろ? 勝手に、順番に」
「うん、やりたくなると思う」
「読みかけの本をそのまま開いて伏せるやついるよな。片方のカバーを外して、途中のページに挟んでしおりにするやつとか」
「あー、いるね! まして新品の本を水平まで開いて読む人とか、許せないよ。おまえの顎を180度まで開いてやろうかー、ってなるよね」
「借りた本に折り目をつける奴は?」
「は? 情状酌量の余地なしでしょ。人道に反する罪で、懲役10年の実刑」
「量刑判断、ヤバっ。ガチオタ確定じゃねーか」
恵美ちんの方はプロレスが好きらしい。お父さんと一緒によく観戦へ出かけるそうだ。
「あははは、そうなんだ。うん、らしいかも」
「喋りもそうだけど、紗は見た目と中身のギャップでかすぎ。ワンチャン、彼氏とかいたり?」
「ないない。女子校だから出会いもない」
というか男性から避けられちゃうからな、わたし。
「違ーよ、バーカ。あんまり紗が綺麗だから、男共はビビってんだよ」
「あはは、さすがにそれはないよー」
「あるっつーの。むらっちもビビられがちだけどな、でかすぎて」
「あんなに美人なのにね。もったいない」
「でもアイツ、後輩女子にはモテまくってたな。中坊の頃なんかバスケしてたからよ、キャーキャー騒がれてマジ漫画みたいだったし」
「へ、へぇ……」
わたしの動揺を余所に恵美ちんは唇をとがらせた。
「てかあーしだけ好きバレしてんの、ずるくね? せめて紗も好みのタイプを吐きな」
「突然の尋問!?」
「いいから吐けよ、オラ」
「じゃあ言うけど……かっこよくて、背も高くてスタイル抜群。モテモテだけど誠実で、わたしだけを甘やかしてくれる。おまけにピンチになるとどこからともなく駆けつけ、助けてくれる人が好みかな!」
どやっ! と胸を張ってみせる。
わたしと恵美ちんは顔を見合わせてふき出した。
「ぎゃはははっ! いねーだろ、んなの!」
「あははははっ! いるって、漫画なら!」
「あり得ねー。実在の人物には関係ありませんってやつだろ」
「だよねー……あれ?」
違うよ。実在してるよ。
大村は――かっこよくて、背も高くてスタイル抜群。モテモテだけど誠実で、わたしだけを甘やかしてくれる。おまけにピンチになるとどこからともなく駆けつけ、助けてくれた――よね?
いや、だからなんだというのだ。大村の方にはそんな気はないよ。あるならとっくにわたしに手を出しているはず。わたしと二人きりで何度もすごしてるし、ハグとかもしちゃってる。でもそこまでだ。それ以上はなにもない。
当然だ。わたし達は女同士で友達で相棒だけど、恋人じゃない。
そうだよ、大村にとっては――そう、だけど。
「もし、もしもだよ? 本当にそんな人がいたりしたら……」
「紗は案外ちょろそうだし、バチクソ惚れるんじゃね?」
惚れる。心を奪われる。恋に落ちる。
ああ……うん。そうだね。そのとおりだよ、恵美ちん。
切れ長の目が好き。声が好き。ダルそうなのに、なんでもてきぱき片付けちゃうとこが――好き。大好き――!
向こうがどうかじゃない。それは関係ない。
わたしだ。わたしがそうなんだ。
わたし、大村が好きなんだ――
あの日、もう決まっていた。あの日、わたしはなにかの境界を越えていた。あの日、彼女への思慕が芽生えたのだ。わたしは自覚してしまった。もう逃げることはできない。でも、だけど――
「どうしよう……どうすればいいの……?」
「あ? なんだよ、紗」
「……恵美ちん、どうしよう……!?」
「おい、またかよ? 友達なら、あーしとむらっちが」
「違うよ、友達じゃないっ!」
「へっ?」
「――好きっ! 好きなの、恵美ちんっ!!」
「はあああっ!? いや……ちょ、待て! 紗はすげぇ綺麗だけど、あーしにはジョー君が」
「関係ないでしょ、譲司君は! 聞いてよ、恵美ちん!」
何故か腰を浮かせた恵美ちんをひっ捕まえ、ベンチの上に押し倒す。
「待てって! こ、ここ公園だし!」
「場所も関係ないってば! 好き……本当に好きなのっ!」
「だから待ってぇぇぇっ!?」
大騒ぎの挙げ句、わたし達は共に地面へ転げ落ちてしまった。




