怖い
「テメー、なに笑ってやがる!!」
「す、すみません、あんまり意外で……だけどあり得ないですよ、そんなこと」
「ああ?」
「わたしは一応高校生で、譲司君はまだ中学生じゃないですか」
「……だから?」
「だから、あり得ないってことです。譲司君、体格は立派だけど、ちょっと話せばまだ――」
ん? いや、待てよ。
わたしと彼の関係に疑念を抱き、彼女はここへ来たのだ。これはつまり――茂木さんの恋愛感情の話なのでは――?
「ちょっと話せば、なんだよ?」
「え……ええっと……」
「ちょっと話せば、まだ子供だってわかるって? 子供を相手にするなんてあり得ないって? 高校女子が中学男子を好きになるのは、おかしいって言いたいのかよ? ――アンタ、何様ぁ?」
「ご、ごめんなさい!」
反射的に頭を下げてからまた気付く。
うわっ、しまった! これじゃ、茂木さんの言葉を100パー肯定したも同然じゃん!
「いやっ、そうじゃなくて……! あうううう、そうなんだけども、おかしいとかそんなんじゃなくて、わたしはただ――びっくりしちゃったというか」
もはやパニック状態である。茂木さんは呆れ顔になった。
「テメーの感想なんざ、どーうでもいいんだよ。マジで、心底な。確かにまだジョー君は子供みたいなところ、あるし」
「で、ですよね」
「恋愛とかまだわかんねー、女とか面倒くせー、みたいなさ」
「そんな感じですよね、あはは」
「だけどな」
茂木さんはびっとわたしを指差し、宣言した。
「あと二年だ! 二年もすりゃ、ジョー君はとびきりのいいオトコになるんだよっ!!」
「は、はいぃっ!」
「そうなったからって手ぇ出すなよ、テメー!」
「しない! しないよ、絶対!」
「あーしはそれこそ子供の頃から彼を見守っているんだよ。むらっちの友達だか知らねぇが、ぽっと出が馴れ馴れしくすんな。わかったか!!」
「わかった、わかりました!!」
ようやく気が済んだのか、茂木さんは立ち去ろうとする。
「あ、あの……ごめんね」
「るせーな、もう話しかけんな。てか逆になにを謝るワケ?」
「馬鹿にするつもりはなかったの。本当にごめんなさい」
好きを否定されるつらさをわたしは散々味わってきた。なのに他人には同じことをしてしてしまうなんて、我ながら情けない。
「ね――茂木さんは譲司君のどんなところが好きなの?」
「ウザ絡みすんなよ! なんでアンタにそんな話しなきゃいけないんだよ」
「なんでってことはないよ、ただ聞きたいだけ。もしよかったら聞かせてくれない?」
「ふん。そりゃ、まあ……や、優しいところだよ」
「強いとか、たくましいとかじゃなくて?」
ぐるりと向き直る茂木さん。
「わかってねーな! テメーが言ってんのは見た目の話だろ」
「うん」
「浅いんだよ、そんな見方」
「ふぅん?」
「そもそも逆だし」
「逆って?」
「ジョー君はまず優しいの! 優しいから困っている人とか弱い奴を守ろうとする。その為に強くたくましくあろうとしてんだよ!」
「はー、なるほど?」
「ジョー君、めっちゃガタイいいだろ」
「いいよね、本当に」
「腕力もあるし、運動神経もいいし、根性もあっからケンカも強い。けど、弱い者いじめは絶対しねーんだ。これって凄くね?」
「ふむ、確かに」
「それにめっちゃ大らかなんだよな。細かいことは全然気にしないし」
「包容力もあるわけだね」
「それ! なんだよ、アンタもわかってるじゃねーか!」
ばしばしと二の腕を叩かれてしまう。茂木さん、大阪のおばちゃんモードになってらっしゃる。
「ジョー君の一番すげぇところは心なんだよ。優しくて強くて広い心……眉毛も太くてカッコイイし、ムキムキで胸板厚いし、めちゃめちゃ背も高いし――」
後半は見た目だけの話になっている気がするけど、茂木さんの瞳は輝いていた。どこからどう見ても恋する乙女そのものだ。めちゃくちゃわかりやすい。
「――だから、ジョー君はマジ最高なんだよ。だろ!?」
「わかる。めっちゃわかるよ、茂木さん!!」
別に調子を合わせているわけではない。誰だって好きな相手の推しポイントは語りたい。わたしの場合は漫画とゲームだけど、好きに己を捧げてしまう気持ちはよくわかる。彼女は本気だ。本気で譲司君が好きなんだ。わたしはすっかり嬉しくなってしまった。
「大村は知ってるの? 茂木さんの気持ち」
「へっ? いや、話してないし。ちょっと言いにくい、つーか……」
「あー、うん。大村にとってはあくまで弟だもんね」
本人に直接告白するにしても、たぶん今の譲司君は女性からの好意を受け止めきれない。焦らず彼の成長を待つしかないわけだ。
「だから、あと二年か……長いね」
「なめんじゃねぇよ。こっちはもう四年越しなんだよ。もう二年くらいわけねーし!」
「凄いね、めっちゃ純愛じゃん!」
「べ、別によ……」
「あのね、譲司君がわたしを送ってくれるのは、大村に頼まれたからなんだよ。ただそれだけ」
「……むらっちが? マジだろうな?」
「もちろん。大村に確認すればわかるでしょ」
やっと茂木さんも納得してくれたようだ。はー、よかった!
「わたしも一応譲司君のことは知っているわけだし、もしなにかあったら相談してね。及ばずながら協力するよ。ううん、させてよ!」
茂木さんは不思議そうにわたしを見返した。
「……なんか、はじめと印象が変わったな。別人ってか普通の奴みたいだし」
「わ、わたしは普通の人だよ! その、つもりだけど……」
「アンタさ、自分が美人って自覚ある?」
「えっ? ――まあ、はい」
「ムカつくな、この女!」
「でも好かれないから、意味ないよ」
苦笑いを浮かべ、わたしは説明した。
「美人は好かれタイプと嫌われタイプがいるんだよ。わたしは嫌われタイプなの」
「なんだそりゃ。ねーだろ、嫌われタイプとか」
「あるよー。茂木さんだって初対面からわたしのこと、嫌ってたでしょ」
「駅での話なら、アンタの方からスゲー圧、かけてきたんじゃねーか!」
「ええっ!?」
そんな覚えはないぞ。むしろわたしはできるだけ愛想良くしていたはずだ。ところが、茂木さんの印象は真逆だった。
「アナタとは生きる世界が違うのよ、って態度ありありでよ」
「ど、どこが!?」
「人を蔑むような薄笑いしてただろ」
「微笑んでいたんだよ!」
「汚ぇもの見たみたいに目ぇそらしたし」
「気まずかっただけだよ!」
「自覚しろよ。アンタは綺麗がすぎるんだよ。もう暴力なんだよ、テメーの顔面は」
「が、顔面が暴力!?」
あの時、わたしに手酷く威圧されていると感じ、茂木さんは逃げ出したらしい。ううう、信じたくない。信じたくないけど……。
「わたしがクラスで友達ができない理由って、それなのかな……」
「じゃねーの? 知らねーけど」
「どうしよう……わたし、どうすればいいと思う?」
「知らねー」
「ちょっとくらいは考えてよ、茂木さんをわたしの友達第二号にしちゃうよっ!」
「リアルに嫌だし」
「ひどいよ、恵美ちん!」
「瞬時にあだ名付けんなよ、ずうずうしいな!?」
恵美ちんの言い分にも一理あるが、大村は別に怖がってなかったはずだ。
わたしが怖いのではなく、恵美ちんがヘタレなだけという可能性も――
「ねーよ、むらっちは例外だろ。アイツがびびってるとこなんざ、見た時ねーし」
ならやっぱり、わたしは怖いのか。どうすべきなんだろう。




