衝動的
連日、わたしは空中戦の特訓をしていた。
いよいよ来週からはじまるアジュコンの大規模イベントに備え、スキルアップをしたかったのだ。当然ながらわたしは大村に協力をあおいだのだが――
「まさか、バイトまで休んじゃうとは思わなかったよ……」
『いいんだよ。あたしもイベント前にやり込みたかったし』
「大村だけならバイトの後でもやれるじゃん。わたしが毎日ここへ来れるようにしてくれたんでしょ?」
『あーね。短期間で上達したいなら、感覚を忘れないうちに繰り返しプレイしないとな』
確かにボイチャで喋りながらも、わたしの手はよどみなくゼロ戦を操作し、大村を援護する位置につけていた。なにより今日は五回の対戦をこなしながら、まだ一度も撃墜されていない。
『あたしから見ても紗花はリアルに上達したよ。よかったっしょ』
「う、うん……」
申し訳ないと思う反面、ありがたいし、嬉しい。
大村はやっぱり、わたしに甘いんだ。くすぐったいような気持ちがわき上がってしまう。
「あの、ありが――」
『ともかく、もう気にすんなって。おまえのことは香里さんにもよろしく言われてるしなー』
わたしは面くらい、お礼の言葉を呑んでしまった。
おいおい、なんでここでお母さんの名前が出るんだよ。
「……そういえば大村、ちょくちょくお母さんとお出かけしてたよね。なにしてるんすか、お二人で」
『ああ? 別に食事とか相談ごととか、趣味の話とか、あと――』
大村は口ごもり、
『――いや、まあ。そんなとこだわ』
「へー。やっていることが付き合いたてのカップルなんですが、それは」
自分で言ってぎくりとする。
まさか――いや、さすがにそれはね……。ある意味違和感ないけども、いくらなんでもそれはない。あははは、こりゃさすがに聞けないな、うん。
「エ、エロいこととか……してないよね?」
『するか、ド阿呆』
「ですよね! ごめん」
思わず口走ったけど、ばっさり切り捨てられましたー! お母さんにもごめんなさいだよぅ!!
『おまえなー、知りたいなら香里さんに聞けよ』
「聞いたけど、教えてくれなかった……」
『なら余計に話せないっしょ。あたしが勝手に喋ったら信用問題になるわ』
「うぐっ、正論……っ!」
大村は笑ったようだ。
『あたしが紗花を困らせるような真似、するわけねーだろ。それこそ信用しなよ』
信用か……いい言葉だね。相棒にふさわしい言葉だ。大村とお母さんがなにをしているのか、やっぱり気にはなるけれど……友達かつ相棒たるわたしより親密な関係であるはずがない。ここは大きく構えなければ。
「――うん、そうだよね!」
『おっ、時間切れかー。ゲージ負けしちまったな……』
パソコンの画面が切り替わり、対戦リザルトが表示された。残念ながら我が陣営の敗北だ。わたしも大村も無傷だけど、敵味方数十機による対戦だからこういう時もある。
ただ負けてはしまったが、わたし自身の調子は悪くなかったはずだ。
「だな。紗花の立ち回り自体はよかったんじゃね? 上から降ってきたやつにカウンター決めたろ」
「でしょでしょ! ロールでかわしてからの切り返しがばっちり決まったんだよねー、うふふふ!」
時刻は17時過ぎだった。これならまだ遊べるはずだ。
「次はバトルロワイヤル戦をやるから後ろで見ててもらっていい? 昨日はボコボコにされたけど、いまならリベンジできる気がするんだよね!」
『あー、悪い。今日はここまでにしよーぜ』
「えっ、なんで?」
『あたしこの後、香里さんと約束あるんだわ』
□
白状するとわたしは帰るふりをして大村を尾行した。
ダメだよね? 人としてダメだよね? わかっているよ! でも衝動的にやってしまったんだよ!
(しかもあっさり見失うっていうね……ため息しか出ないよ、もう)
うっかり人にぶつかり、謝っている間の出来事であった。なにか公演でもあるらしく、平日の夜の割に人出が多かったのだ。
「……帰ろ」
闇雲に探して見つかるわけがないし、夜の街は少し怖い。また変なのに絡まれたら困る。
「おい、あんた! ちょっと待てよ」
「――っ!?」
背後から野太い声。肩に手がかかる。上体が引っ張られ、身がすくんだ。
ヤバい。これ絶対ヤバい奴だっ!!
「くっ!」
引かれる力に逆らわず、振り向きざまに深く踏み込む。大丈夫、前にもやれたんだから今度もやってやるっ!
「お、うおぅっ!?」
我ながら綺麗に投げが決まった!
だが地面に激突するはずの相手は空中で身体をひねり、足から着地してしまった。
なにこいつ!? でかい図体して猫みたいに――
「って、譲司君!?」
「おーっ、びっくりしたぜ。見覚えあると思ったら、やっぱあんたかよ」
ぬっと立ち上がる譲司君。うわ、あらためて見るとマジででかいな! よく投げれられたよ、わたし……。
「うははは、これが噂の護身術か!! すげぇもんだな!」
「ごめんね! 思わずとっさにやっちゃ……」
「だ、大丈夫、ジョー君っ!?」
転げるような勢いでやって来たのは派手な感じの女の子だった。ばっちりメイクしてるし、やけに気合いの入った格好をして――あれ? この人、どっかで……?
「オイ、なにしてくれてんだよ、テメー!」
「落ち着いてくれよ恵美さん。俺はなんともねぇからよ」
そっか、こないだ駅で一瞬会った大村の友達だ。確か、茂木恵美さんだっけ。
「あっ? アンタ、むらっちの……」
「おお、杏奈のダチだ。恵美さんも紗姉、知ってんのか」
「まあ……って、す、紗姉……!?」
はー、よかった。どうやら向こうも思い出してくれたみたいだ。
「んで、紗姉はなにやってんだ? こんなとこでよ」
「う? ええっと……」
不審を抱かれてしまったのか、茂木さんはじろりとわたしをねめつけた。
「構うことないよ、ジョー君。どうせ夜遊びだろ。やるじゃない、お嬢様学校のくせに」
「いや、そういうわけじゃ……」
「あっそ。なんでもいいけどさー、お子様はお家に帰る時間だよね。てか、さっさとどっか行けよ。あーしらの邪魔だし!」
敵意に満ちた圧が押し寄せてくる。
大村の友達だから、せめて嫌われたくはなかったんだけど……こりゃダメだ。
「じゃあ、わたしはこれで……」
「おい、マジで帰っちまうのか、紗姉?」
「う、うん。門限もあるからさ」
「そっか。んじゃ、俺も行くわ」
えっ、なんで? 茂木さんもぽかんとしている。
「恵美さん、俺ぁ紗姉を家まで送るからよ」
「え、ええええっ!? な、なんでジョー君がそんなこと……」
「いや、いつものことなんだ」
「いつもぉっ!?」
うおおい、まだ二回目だろ譲司君! 茂木さん、びっくりしてるじゃん!
「いいよ、わたし一人で帰れるから!」
「あのな、もし途中でまたなんかあってみろ。俺が杏奈に殺されちまうだろ」
「ジョ、ジョー君……」
「じゃあな、恵美さん」
譲司君はのしのしと歩き始めてしまう。わたしも仕方なく後を追った。
「……ねえ、茂木さんと一緒にいなくていいの?」
「あ? ああ、違う違う。恵美さんとはさっきばったり出くわしただけだからよ」
「そうなんだ……うっ!?」
し、視線っ! 後ろから背中に20mm弾クラスの強烈な視線が、ばしばし着弾しまくっているよ!! やっぱまずいんじゃないの、これっ!? 恐ろしくて振り返ることもできないよぅ!
「どうかしたのか、紗姉?」
「……わたし、茂木さんに嫌われちゃった気がするよ……」
「はぁ? 嫌われるほど話してねぇだろ」
「甘いよ、譲司君。女の世界は初対面の印象がほぼすべてなんだから……!」
だからいきなり嫌われたり、敬遠されることは珍しくない。
てか、わたしはそんなのばっかなんだよ……。
「よくわかんねぇな。アレだったら杏奈にフォローしてもらえばいいだろ」
むう……また大村頼みになるのは心苦しいけど……それしかないよね、この状況。人付き合いの経験が少ないとこういう時に困るよなー。
次に会った時でも相談してみよう。きっと大村なら上手く話してくれるに違いない。そう思うと少し気分が軽くなった。
だが、それは判断ミスだった。
翌日の放課後、茂木さんは校門でわたしを待ち構えていたのだ。
□
学校近くの公園でわたし達はにらみ合う形になっていた。
「……」
「……」
うおおい、なんか喋ってよ!
気まずい……なんてもんじゃない。もう逃げたい。よし、逃げよう!
「ご用件がないなら、わたしはこれで――」
とたん、音高く舌打ちする茂木さん。
怖い。怖すぎる。
「どこ行ったわけ?」
「えっ?」
「ジョー君と二人でどこに行ったんだよ!?」
「夕べの話ですよね……?」
「当然だろ、とぼけんな!」
あの流れでわたしの家以外の行き先ってある? わざわざ聞きに来るなんて……。
「……ジョー君と待ち合わせしてたんだろ?」
「してませんよ、偶然会っただけで……」
「嘘つけ! なら、テメーあそこでなにしてたんだよ? まさかマジで夜遊びってワケじゃねーだろ」
返答に窮していると、茂木さんはすっと目を細めた。
「待てよ……もしかしてアンタが一方的にジョー君につきまとってんのか?」
「えっ!?」
わたしが彼につきまとってなんの意味があるのだ。
いや、まさか。
「それって、わたしが譲司君に……恋愛感情を抱いているって意味ですか?」
「そうだよ。だからストーカーしてんだろ!?」
「ぷ……っ、あ、あはははは!」
意表を突かれたせいか、わたしは思わず吹き出してしまった。




