ぱちぱち
わたし達のゼロ戦は地上に向けて急降下をはじめた。ぐんぐん速度が上がっていく。
『なんでおまえまで一緒に降下してんの?』
「だって、行くって言うから……」
『交互に降りるって教えたっしょ。まぁいいや』
ぼそっとつぶやくと大村は敵に襲いかかった。一機、すいっと逸れてまた一機。数秒で敵の三機が炎を噴き出し撃墜された。
うおおお、かっこいいじゃん! あれやりたい。
「次、わたし、わーたーしー!!」
『はいはい。じゃあ、下にいる〝サンダーボルト〟狙ってみ』
「ええっと……どれ?」
『あー、赤文字のP-47って書いてあるやつ』
「はいはい、あれね! やぼーる! たーりほぉーっ!」
上昇する大村と入れ替わりにわたしは飛行機を突進させた。
サンダーボルトはアメリカの飛行機らしい。気付いて逃げ出したが無駄なことだ。降下の勢いがついているからわたしの方がずっと速い。あっという間に接近していく。
「おりゃ! あっ!?」
後ろを取ったとたん、サンダーボルトはぐるりと旋回。
右かと思えば左。上に行ったり下に行ったり。休みなく動き回って振り切ろうとしてくる。わたしも必死で追従するが、向きが変わりすぎてもうわけわかんない!
「ちょ、てめっ! 変な動きすんな、こるぁーっ!」
『落ち着け。おまえの方が速いし機体も回るから、ぜんぜんヨユーだわ。むしろ――』
「よ、よし! あやつを最初の犠牲者にしてくれるっ!!」
墜とす。今回こそ墜とす。とにかく墜とす。
バンバン撃って墜とーすっ!!
『紗花、雑に撃ちすぎ。クソ照準やめろ』
「だって撃たないとあたらないじゃない!」
このゲームには昔のプロペラ飛行機しか出てこないから、武装も基本的に銃や爆弾だけだ。自分で敵を追いかけるミサイルとかの便利な装備はない。また銃の狙いをつけるための照準マークは表示されるが、実際に撃つと弾が届く前に狙った飛行機は移動してしまい、あたらない。
だから相手の動きを見越し、照準マークを未来の移動先までずらして撃たなくてはならない。これが実に難しいのだ。
一応、敵機に接近するとこの辺を照準マークで狙うといいかも的なガイドが追加表示されるが、あくまで目安だ。結局カンで狙い、撃ちながら弾の流れる方向を見て修正するしかない。
「あ、あれ? なんか出てる弾の数が……少なくなったよ?」
『もう20㎜がないんじゃね』
「にじゅう……?」
『あー、だから強い武装の弾。7.7㎜……弱い武装はいっぱい弾があるけど』
サンダーボルトを追うのに精一杯で、残弾表示を見る余裕がない。
でも大村がいっぱいあると言うのだから、7.7㎜はいっぱいあるのだろう。撃墜のチャンスはまだ残っているわけだ。
「――ふふん、上等だよ! むしろちょうどいいハンデかも!」
『ここで増長すんの、マジ謎なんだが』
「だって、まだわたしが後ろ取っているもんね!」
サンダーボルトの動きはにぶくなった。速度を失いすぎたのだ。大村に教えてもらうまで知らなかったのだけど、飛行機は遅いと曲がらない。さらに遅すぎると飛ぶことすらできなくなる。もはや奴に機敏な動きは不可能なのだ。ざまあ見ろ。
「よし、イケるイケるよっ! うふふふふ、その身の不幸を呪うがいい哀れな小羊よ! わたしが貴様の死だーっ!!」
『おまえ運転すると人格変わるタイプっしょ』
すでに地表に近い。降下して速度を稼ごうにもスペースがない。もちろんスロットルを開けば加速するが、それには時間がかかる。
この戦、我が方が圧倒的に有利でござる! テンションはだだ上がりである。
ちなみにわたしはまだ撃墜したことがない。
されたことは何度もあるし、なんなら操作をミスって勝手に墜落したことも数回ある。
だいたい、このゲーム〝アジュールコンバット〟は不親切過ぎるのだ!
なんだか操作はめっちゃ複雑だし、空中戦の立ち回りも難しい。なのに申し訳程度のチュートリアルの後、即座にオンラインの戦場へ放り込まれる。初心者はなにがなんだかわからないうちに、他のプレイヤーの餌食になるだけだ。
まあそれはともかく、わたしも遂にチェリーを卒業。初撃墜、ゲットだぜ!
サンダーボルトを余裕で照準に捉え、わたしは発砲した。
ホースで水を撒くように弾が連なって飛んでいく。惜しくも弾はサンダーボルトの後方に逸れている。見越しが甘かったらしい。
おっけーぐるぐる大丈夫。見越しとか難しいことをしなくても、真後ろから撃てばあたるはず――ほら、あたった!
「んんっ!?」
サンダーボルトの表面にいくつもの小さない光が瞬く。弾が命中している証拠だ。ちゃんと〝Hit〟の表示も出ている。なのに煙も破片も見えない。ダメージが入ってないのだ。
「ぱちぱち弾かれてる! な、なんで!?」
『あー、7.7㎜じゃパイロットキルしないとダメかも』
「めっちゃ弾かれてる! 全然効かないじゃん、ぱちぱちじゃん!」
『角度も悪すぎだわ。あたしが片付けるから、おまえ離脱しな』
「嫌、来んな! こいつはわたしが墜とすのっ!」
千載一遇のチャンスなのだ。
ここで墜とせないとしばらくはダメな気がする。
わたしはやればできる子なのだ!
決意を胸に撃つ。撃ちまくる。外れても弾かれてもくじけない。
このゲームはすごく難しいけど面白い。わたしも大村みたいにかっこよく活躍したい。だから絶対に墜としてやるのだっ!
そして――
「やった! やっと煙吹いた!!」
だが――
「うわっ!? ヤバ!!」
追い詰めようと焦る余り、わたしはサンダーボルトを追い越してしまった。
向こうの照準にはわたしの機体が大写しになっているはず。外しようのない距離だ。
「ちょ、曲がれないいいっ!」
旋回がままならない。無理すると失速して墜ちそうになってしまう。そう飛行機は〝遅いと曲がらない〟のだ。わたしも速度を失いすぎていた。
「えあっ!?」
サンダーボルトが発砲。もの凄い数の弾丸が殺到した。
ゼロ戦は即座に破片を撒き散らし、燃え上がってしまった。
『あー』
コントロール不能に陥った機体はぐるりと回って地面に激突。
都合十数回目の被撃墜だった。