神エイム
わたしはゼロ戦を急降下させた。サンダーボルトが横合いからわたしを追い抜いていく。速度は500km/hを超え、さらに加速を続けた。それでもサンダーボルトはぐいぐい離れてしまう。向こうはエンジンが強力な上に機体が重く、限界速度もずっと速いのだ。
でもあいつは必ず大村を狙う。それなら――!!
「大村っ!」
『あー、見えてるよ。あたしもまだ速度が出てないし、こりゃ詰んだっぽいな。まあ――』
「そのまま真っ直ぐ飛んでっ!!」
「へっ!? お、おう……!」
この位置関係なら、サンダーボルトは大村の斜め後方から一撃離脱を仕掛けるはずだ。つまり奴の未来位置はたぶんあの辺――わたしはけっこう引き離されているから弾道は――よし、あそこだ! あそこに機首を向けるんだ!
もし外れたら――いや、迷うな! どうせもう他にできることはないよっ!!
「くっ! お、重いぃぃぃっ!!」
ゼロ戦の動きがにぶい。さすがに速度が高すぎる――しかし減速したら絶対間に合わない。速度は650km/hを突破し、機体が嫌な感じに振動し始めた。うわー、もろヤバ。でもあともうちょっとだから頑張ってよ、ゼロ戦ちゃん!
獲物を仕留めるべく、サンダーボルトは減速して旋回した。さすがにあの速度のまま照準はできないのだろう。お陰で距離が詰まったが、まだかなり遠い――しかし奴はまさにわたしが予想した通りの進路を選択してくれた。微調整……必要ないっ!!
「これであたる……はずっ!!」
全武装を斉射。わずかな残弾が空になる。
直後、わたしのゼロ戦は超えてはいけない限界を大股で超えてしまった。
□
「――だから、後ろに銃座がついている奴を墜とす時は背後から接近すると危ないわけ。高度を取って、前からすれ違いざまに撃ち下ろすのがベストかな」
わたしはちょっとドキドキしていた。
パソコンデスクに座った大村の横に立ち、一緒に画面を見ているのだけど、この体勢はヤバい。画面をのぞき込むためにかがむと、必然的に大村に身を寄せてしまうのだ。
「紗花?」
(いつ見ても大村はかっこいいなぁ。切れ長の目がいい。声がいい。ダルそうなのに、なんでもてきぱき片付けちゃうとこが――)
「紗花ぁ、聞いてる?」
「あっ、うん。いや、ごめん。あんまり聞いてなかった」
いまは対戦が終わり、動画を見ながらの反省会である。
大村はいつもプレイの様子を録画しているのだ。ハイスペックパソコン万歳である。
「IL-2の話だって。おまえ、やられそうになったっしょ」
「ああ……あいつ20mm喰らっても平然としてたんだよね。ズルくない?」
「IL-2は〝空飛ぶ戦車〟って異名があるくらいどの型も頑丈なの。特に胴体中心部はがっちり装甲が入ってるから、被弾覚悟の機動で追跡機のオーバーシュートを狙うことがあるんだわ」
なんだそれ。同じ飛行機なのに繊細なゼロ戦ちゃんと別モノすぎるだろ。
大村は動画をスキップした。
「ええと、次は基地の辺りか。二機目のスピットファイア」
「うん。撃ったのは7.7mmだけだけど、今回はぱちぱちされなかったな」
「真正面からあてると撃った弾の速度に向ってくる相手の速度がもろに上乗せされるっしょ? だから威力が上がってダメージが入ったんじゃねーかな」
「はー、なるほど……って、待ってよ。命中した時の相手の速度とか弾の角度とか、そんなとこまで再現してるの、このゲーム!?」
「あーね。当然っしょ」
「いや謎でしょ。ゲームなんだからあたったかどうかだけでいいじゃん。そこ再現する意味ってなに?」
「アジュコンは〝リアルシミュレーター〟を名乗ってるから、再現しないと逆にダメだろ」
ええ……そんなもんかなぁ?
大村の話では同じ飛行機でも高空と低空で操縦性も変わるらしい。高度によって空気の密度が異なり、適した翼の形状も違うからだ。めっちゃリアルというか凝り性というか……スゴイを通り越して呆れてしまうな。
「ともかく、プレイ中も言ったけど零戦でヘッドオンは基本NGだからね」
「はいはい」
「んで、最後のサンダーボルトは」
動画は大村視点だから低空から見上げる形になっていた。
敵のサンダーボルトとわたしのゼロ戦が急降下して来る。ゼロ戦を引き離し、迫るサンダーボルト。突然、ゼロ戦の識別表示が黒文字に変わり、機体がバラバラになった。
「紗花の零戦はここで空中分解。でも」
最後の姿勢制御を終えたサンダーボルトに輝く線がぽつぽつと降り注ぐ。
「その前に撃った弾が命中」
炸裂した20mm弾は片方の翼を切り裂き、機体のバランスが崩れた。降下の勢いがついていたサンダーボルトは体勢を立て直せず、基地の滑走路に墜落してしまった。
「最後の敵機が墜ちて、ゲーム終了。味方の勝利になったわけだけど……」
大村はちらりとわたしを仰ぎ見るとなにやら言いよどむ。ぷっくりした唇に目が吸い寄せられ、どきりとしてしまった。大村は――キスの経験とかあるのかな。も、もしかして他のことも一通り済ませてしまっていたり?
大村は素敵だから、そうであってもまったく不思議じゃない。
けど、そうであって欲しくはなかった。正直考えたくもなかった。
(なんだろ、この感情。妙にもやっとしてる)
「……よくあてられたな、これ。めっちゃ長距離射撃なのに」
「あ、ああ。だよねー」
「なんで他人事っぽいんだよ。たまたま偶然じゃないっしょ?」
「まあ一応、狙ってみたけど……」
いや違う。一応じゃない。
サンダーボルトに命中したのは、ゼロ戦の右翼から発射された20mm弾のはずだ。そうなるようにわたしは狙い、撃ち、あてた。
もう一度やれと言われたら――
「……わかんない。エイムのコツがつかめたような気はするかも」
「そっか。少なくとも今回はすごかったわ。マジで神エイムだったわ」
おっと、クソから神に昇格したよ。これは我ながらなかなかの急成長じゃないでしょうか!
「えへへへ、そお?」
「おお、マジでね」
「やったー! これも杏奈先生のお陰だよー、ありがと!」
「っ!」
わたしは背後から抱きつき、大村の頭に頬をすりつけた。
わー、髪の匂いが大人っぽーい。どんなシャンプー使ってるんだろ。ウェーブがかっていて柔らかくて、触るだけで気持ちいい髪だな。
ふと気付くと大村は硬直していた。
「ご、ごめん。嫌だった……よね?」
しまった、大村とは何度かハグしてるからいいかと思ってしまった。あれはわたしを慰めるためで特別だったらしい。
「あ……ああ、いや……大丈夫。ぜんぜん大丈夫だし!」
言いながらも大村は動揺を隠しきれていない。気軽に距離を詰めすぎたのだ。なんだよ、わたしも人のこと言えないじゃん! 普段からろくな友達付き合いをしてないからこうなるんだよなー。
大切な友達から鬱陶しがられたりしたら、悲しすぎる。もっと仲良くなるまで直接的なスキンシップは控え目にしよう。
「お、おっとチャットが来てるわ」
チャットウィンドウには英文が表示されていた。む、英語圏の人か。大村は短くレスを打つとあたしを見上げる。
「紗花、あたしのフレがおまえにフレンド申請したいそうなんだけど、いいか?」
「誰……って、聞いてもわかんないか」
「いや、さっき対戦してた敵側の零戦だが」
「うふくくくさん!?」
「Uhu999だって」
「な、なんでわたしに?」
実は横槍入れられた文句を言いたいのかな。英語でガンガンまくし立てられたらキツイなぁ。
「わけねーっしょ。フレとは分隊とか小隊組めるだろ? 単機よりも大規模イベントとかに参加しやすいから、イケてるプレイヤー見つけたらすかさず申請しとくの」
「わたし、まだまだイケてないと思うんだけど……」
「プレイ時間とかはプレイヤー詳細から見れるからな。コイツ伸びそうって思われたんだろ。日本人にいきなり英文投げるとたいてい拒否られるし」
それでわざわざ大村経由で打診してきたのか。なるほどねー。まいったな、見抜かれてしまったようだね。わたしの輝かしい将来性――やがて天空の覇者となる希有な資質が!!
「ふふふふ、そこまで言われちゃ仕方がないねー。おっけー、うぇるかむ! つっといて」
「言われてねーけどな。んじゃ大丈夫って返しとくから、申請来たら承諾よろ」
フレンドかー。わたし的には大村と一緒に飛べるだけでいいんだけど……まあゲーム上の関係だから別に顔を合わせることもないし、問題ないだろう。
「ねぇ、そう言えばさ。わたしがウーフーさんに突っ込んだ時、姿が消えたと思ったら、もう真後ろに回り込まれていたんだよね。あれ、なんだったのかな」
「あー、ありゃ〝燕返し〟だよ。空戦機動の一つ」
「なにそれ、カッコイイ! わたしもできる!?」
「操作自体は簡単。ただ、タイミングが難しいの。下手にやると的になっちまうか、普通のターンになっちまう。双方の速度、距離、機種を理解した上で、ここぞって時にやらないと」
「えー、やりたいやりたい! やってみたい!」
「あれこれ詰め込むと身につかないぞ。おまえはそれよか、もっと見張りをしっかりやんないと。Uhu999にもそれで奇襲喰らっただろ?」
「むう……確かに。じゃあ、また今度教えてね!」
それから二回、オンライン対戦に参加。
墜としたり墜とされたりだったけど、わたしは空中戦を心ゆくまで楽しんだ。




