最後の一機
わたしはゼロ戦を急旋回させ、IL-2からの射撃を回避する。
なにこいつ、後ろに撃てるなんてズルいじゃん!! って待てよ。確か大村が言ってたな。
「これが爆撃機……いや攻撃機ってやつかよ。よく見たら後ろ向きにも銃がついてるじゃん!」
再びIL-2の背後上方から接近するが、やはり後部の銃から撃たれてしまう。
「ええい、もう――やられる前にやれ、だ!」
あてられるのを怖がっていたら、こっちもあてられない。
わたしは不規則なバレルロールで狙いをそらしつつ間隔を詰めようとした。
ところがIL-2はいきなり急上昇をかけた。当然ながら機体は急減速。機首が天を指したまま、立ち塞がる壁のようにこちらへ迫って来る!
うわっ、下に逃げないと衝突だ――でもいま撃てば絶対あたるっ!!
スロットルを閉じ、回避操作と同時に射撃。IL-2のお尻をかすめ、ゼロ戦は地表へ降下した。発射できた20mmはわずかだが全弾が命中したはずだ。しかし画面に表示されたのは〝Hit〟のみ。
「うそ、墜ちてないのっ!?」
引き起こしをしつつ、カメラを後ろに回す。IL-2からは煙すら出ていない。
なにあれ、ずるいっ! 20mmが命中したのにダメージ受けてないなんてチートじゃんっ!!
『紗花、昇るな!』
そうだ。このまま急上昇するとIL-2の真ん前へ飛び出してしまう!
慌てて上昇から下降へ切り返す。IL-2が撃ち始め、下へ逃げるゼロ戦を弾道が追いかけてきた。もう地面すれすれだ。大きなバレルロールを打つだけのスペースがないし、急旋回でIL-2の照準を振り切るだけの速度もない。わたしは上手くはめられたのだ。
(ああもう! ぜんぜん成長してないじゃん、わたし! またオーバーシュートして撃墜かよ!!)
歯がみした時、ピン、と効果音が鳴り、画面に〝Kill Assist〟の表示が出る。
わたしにキルアシが入ったということは、誰かがIL-2を墜としてくれたのだ。
誰かって、大村しかいないけど。
『ギリ間に合ったな-。ダメージは?』
「ない……ありがとう。また助けられちゃ――って、ええっ!? どうしたの、大村っ!?」
大村のゼロ戦は派手に煙を噴いていた。
「さっきのゼロ戦? それとも……」
『IL-2の後部銃座に撃たれちまった。ちょっと強引にいきすぎたわ』
「ご、ごめん……」
ずしんと落ち込む。
大村はわたしを助けるために強引な真似をせざるを得なかったのだ。
『は? いや、おまえのせいじゃないし。撃ったのあいつだし』
「でも――」
『気にすんなって。こんなのただのゲームなんだから。それより、おまえずいぶん上達したな! びっくりしたわ』
「う、うん。ありがと」
そう、ゲームだ。たかがゲームの話だよ。
でも、わたしが大村に返せることなんてこれくらいしかなくて。だからちゃんとやって見せたかったのに、またダメだった。悔しくて、情けないよ。
「うー……」
……いや、まだだ。この対戦はまだ終わってはいない。まだ大村を助けることはできるはずだ。
「大村、基地まで帰れそう?」
『あたり所が悪くてけっこうやられたからなー。とりあえず戻ってみるわ』
大村のゼロ戦はゆっくり旋回して進路を変えた。味方の基地に着陸すれば燃料・弾薬の補給や損傷箇所の修理ができる。わたしも残りの20mmは8発、7.7mmも200発あまり。燃料も心許ない。
『紗花、あたしに合わせて飛ばなくていいよ。先に着陸して補給を済ませな』
「――大丈夫だよ。まだ少しは弾もあるし」
わたしは高度を上げ、大村の周囲を警戒する。
ゲームは終盤に差し掛かっていた。残っている味方はわたし達のほか、爆撃機が一機だけ。対して敵の戦闘機は二機残っている。IL-2のせいで戦況ゲージはこちらに不利だ。ゼロ戦では地上目標は破壊しにくいから、勝つためには敵機を全滅させる必要がある。
でもわたしがすべきは、大村が修理を終える時間を稼ぐことだ。
煙の尾を引きながら大村のゼロ戦は低空をよろよろと飛んでいる。これはわたしのせいなのだ。対戦の勝利よりも彼女を助けたかった。
しかしもうちょっとのところで大村のゼロ戦は力尽きてしまう。
『あっ、エンジンが止まった』
「ええーっ!?」
遠くてよくわからないけど確かにプロペラがまともに回ってないようだ。基地はもうすぐそこなのに! あとは滑空してたどり着くことを祈るしかないのだが――
「って、そりゃいるよね……」
味方基地の上空に赤文字が表示された。雲がかかっているせいで発見が遅れてしまったが、敵のスピットファイアだ。恐らくあいつは早めに補給を済ませ、基地に戻って来る味方機を待ち伏せしていたのだろう。
『紗花、あたしはこのまま降りるしかねぇけど……』
「うん……わたしが追っ払うよ! まかせて、大村っ!」
高度、速度とも向こうが若干有利か。軽くロールしてスピットファイアは突進して来た。わたしは避けなかった。真正面からの撃ち合いは燃えやすいゼロ戦には不利だ。でも避けるような余裕はない。向こうが来てくれるなら受けて立つまでだ。
(最後の20mm……いや、7.7mmでどうにかするっ!!)
相手の機先を制し、わたしは撃ち始めた。即座に〝Hit〟や〝Critical Hit〟が表示された。よし、エイムはばっちりだ! ダメージに驚いたのか、スピットファイアは発砲せずに回避機動を取った。わたしは必死に追従し、機首の正面にスピットファイアを捉え続ける。
あっ、もうこれぶつかる――と思った瞬間、スピットファイヤは錐揉み状態となった。
「うぉうっ!?」
とっさに行なったバレルロール。ゼロ戦が描いた螺旋の中央をスピットファイアはくぐり抜けた。スピットファイアはそのまま地面に突っ込み、爆発してしまった。パイロットか操縦系統に重大なダメージを負っていたらしい。
『おー、すげぇ! 零戦で正面対決してよく勝てたな、おまえ』
「えへへへ、そう?」
『でもやっぱ無茶だし、もうするなよ』
「はーい」
大村のゼロ戦は基地に着陸していた。修理が終わるまで数十秒だろうか。この辺はゲームの便利なところだ。
よし、また警戒に戻ろう。わたしはゼロ戦を水平飛行に戻す。
「――あっ!?」
雲がかかった高空にぽつりと灰色の点が見えた。数秒後に表示されたのは赤文字のP-47であった。
「サンダーボルトじゃんっ!! 最後の一機があんたかよ!」
サンダーボルトは降下を開始した。だがこちらには短く牽制射撃をしただけで、機首を基地に向けてしまう。敵の狙いはわたしではなく大村なのだ。彼女のゼロ戦は修理を終えてやっと滑走を始めたところ。上空から掃射されたらひとたまりもない!
サンダーボルトはわたしの右横を通り過ぎるつもりのようだ。後ろを見せてもどうせゼロ戦には追いつかれないとたかをくくっているのだろう。
「この……っ、なめてんじゃないわよっ!!」




