ナイスカバー
「紗花、そいつまだ速度があるぞ。無理に食らいつくなよ。あてなくていいから――」
「おっけー、大丈夫! わかってるから!」
低空を飛ぶ敵の〝ハリケーン〟に向ってゼロ戦を突っ込ませる。こいつやスピットファイアはイギリスの飛行機らしい。
鼻先に7.7mmを撃ち込むとハリケーンは右旋回して回避した。わたしはゼロ戦を上昇させつつ、ハリケーンの後を追う。充分高度を稼いだらターンして再び降下。銃撃するとハリケーンはまたもするりと旋回して逃げた。わたしは何度も撃っているけど、まだ一発も命中していない。
一見らちが明かないようだが、実はそうではなかった。
『ふーん、いい感じの追い込みができてるわ。紗花もわかってきたかな』
「その通り! バッチリわかってきちゃったかもよ、わたし!」
説明しよう!
高度がないため、あのハリケーンは下に逃げられない。この状況での上昇はまさに命取りだから、ゼロ戦の攻撃は旋回でかわすしかない。だが、飛行機の急旋回は大きな減速をともなう。一方、わたしはハイヨーヨーでロスを最低限に抑えて追尾しているのだ。
一撃離脱を行なう度にハリケーンは速度を失い、目に見えて動きが鈍くなってしまった。とうとう持っていた速度を使い果たしたのだ。
「もはやまな板の鯉も同然! 悔しかったら跳ねてみろや、ぴっちぴちによぉ!」
『煽りがゲスくて笑う。てか、いい加減墜としてくれよ。そろそろ基地に戻って補給したいんだわ』
「はーい、杏奈先生っ!」
この呼び方をすると何故か大村は黙る。別に嫌ではないらしいのでたまに使ってしまうのだが、やっぱノリが合わないのかな?
とどめを刺すべくゼロ戦は急降下。今度はぐっと引きつけ、7.7mmと20mmを叩き込む! ハリケーンはわたしの四機目のスコアとなった。
「お待たせ。じゃ――」
『紗花、ブレイクっ!!』
緊迫した大村の声。反射的に急旋回させると翼をかすめ、弾丸の雨が降り注ぐ。
カメラを回すと映ったのはゼロ戦――ただし識別表記は赤文字だ。
「敵のゼロ戦っ!?」
敵味方は機体の国籍でわかれているわけではない。だから敵にゼロ戦がいても別に不思議ではないのだが、わたしはつい動揺してしまった。たちまち背後につかれてしまう。
「うわっ、ヤバっ!」
危ういところで大村が横合いから突っ込んで来てくれた。敵は銃撃をひらりとかわし、大村との格闘戦がはじまった。
(待って、こいつめっちゃ上手くない!?)
赤のゼロ戦は大村の動きに即座に対応している。強引な攻めで速度有利を失う愚を犯さず、じわじわと大村を追い込んでは的確に銃撃を放っている。もし20mmを一発でも喰らえば、もろいゼロ戦はたちまち火を噴くだろう。
「お、大村! 大丈夫!?」
『んー、ちょい厳しいかな。どうにかなると思うけど……紗花は離脱しな』
「……っ!」
冗談じゃない。わたしは大村の味方なんだから!
双方のゼロ戦はめまぐるしく位置を変えている。大村は機体を右に左に切り返して相手を前へ押し出そうとしているようだが、なかなか果たせない。速度がある分、向こうは常に大村の先手が取れるのだ。
(なんとか介入して流れを変えなきゃ。攻められたままじゃ、大村はじり貧になっちゃうよ!)
わたしの照準はまだ怪しい。間違って大村を撃ってしまったら洒落にならない。だけどなにもしないのは嫌だ。ちょっとだけでも、大村の役に立ちたい!
その時、赤のゼロ戦がハイヨーヨーをかけた。あれっ、あいつわたしの斜め前へ飛び出て来そうだ!?
反射的に機体をひねり、機首を向ける。よし――これでほんの一瞬、わたしと赤のゼロ戦の進路が交差するだろう。わたしに上面をさらす形だから暴露面積が大きい。あいつもゼロ戦である以上、被弾には弱いはずだ。
「遠いけど――撃ちまくればどれかあたるよねっ!!」
やや早めに7.7mmの連射を開始。ぴったり予想通りの場所へ弾道が伸びていく。よしこれはいけそうっ!
ところが弾の流れが達する寸前で、赤のゼロ戦はくるりと回った。わたしに対して真横を向ける形だ。オイオイこれじゃ胴体部分しか狙えないよ! おかげでばら撒いた7.7mm弾はことごとく外れ、赤のゼロ戦は急旋回して視界から消えてしまう。目標を見失い、わたしのゼロ戦はそのまま離脱するしかなかった。
(うそみたい、大村とやり合いながらこっちにも対応してくるなんて……)
オンラインの世界は実に広い。わたしの友達以外にも上手いプレイヤーはたくさんいるのだ……などとのんびり感心している場合じゃなかった。
「げっ、なんで後ろにいるの!?」
またも赤のゼロ戦はわたしの真後ろにぴったり張り付いていた。ヤバい、てかこれもうダメなやつでは――あれ? さらに後ろにも一機いるぞ。ゼロ戦が三機、連なって飛んでいる!
『紗花、ナイスカバー!!』
最後尾にいたのは、やはり大村のゼロ戦だった。ぱっと旋回して逃げを打つ赤のゼロ戦を大村のゼロ戦が追っていく。どうやら形勢逆転に成功したようだ。
『いいタイミングで横槍入れてくれて助かったわ。後はあたしがやるから、悪ぃけど周りを警戒しててよ!』
「う、うん! まかせてよ!」
カメラで全方位を監視しつつ、高度を上げていく。
ふと思いついて対戦参加者リストを開く。あの赤のゼロ戦は……これか。アカウント名は〝Uhu999〟? うふって読むのかな、これ? 手強い相手だったけど――
「単機でわたし達に挑んだのが失敗だったね、うふちゃん。ふはははは!」
心が浮き立っていた。褒められたことが嬉しくてたまらなかった。役割を振られたことが誇らしかった。そう、わたしだってやる時はやるし実際やれたのだ! やはり来たのだ、わたしの時代がっ!!
これなら近いうちにわたしは名実共に大村のパートナーになれるに違いない。唯一無二の相棒になるのだ! そしたら大村はいまよりもっとひんぱんになでなでしてくれるだろう。付き合いも深まって『もうおまえなしじゃ飛べない……いや、飛びたくないよ。頼りにしてるぜ、紗花』なーんて、甘い言葉をささやいてくれちゃったりもするかも。
「うふふ。うふふふふふ――って、あれ?」
低空を飛んでいる敵機を発見。味方の地上目標を攻撃しているようだ。
アジュコンには敵味方の〝戦況ゲージ〟がある。飛行機だけでなく、陣地や戦車などの地上目標が破壊される度にゲージは減少。先にゲージがゼロになった方が敗北する。
つまり飛行機が全滅していなくても、地上目標をたくさん破壊されると負けてしまうことがあるのだ。
「ええと、敵機の識別表示は……〝IL-2〟か」
味方の戦況ゲージはもう1/5ほどしか残っていない。IL-2の地上目標狩りを放置はできない。
もう一度周囲を確認。大村達とIL-2以外の飛行機は見えなかった。赤のゼロ戦はまだ抵抗しているが、薄く煙を噴いている。もはや時間の問題だろう。
「ここからならIL-2を上から狙えるな……よしっ!!」
わたしはゼロ戦を一気に降下させ、IL-2の背後へ迫った。
地上目標を攻撃する以上は仕方がないのだが、速度も高度もIL-2にはない。赤のゼロ戦への射撃でエイムのコツもなんかつかめた気がする。つまり楽勝なのだ!
とはいえ20mmの残弾は20発ほどだ。接近して確実にあてよう。
「ふーん、けっこう大きめの飛行機だね。まあ、でかい分あてやすいから――」
のんびり構えながらさらに近寄ろうとした時、IL-2から銃弾が飛んで来た。
「うぇっ!? な、なんでっ!?」




