初撃墜
いざ、出撃の放課後が来た!
もはやわたしの準備は万端。空戦機動はばっちり覚えたし、大村謹製のマフィンもたっぷり食べた。太りそうだが景気づけとして気にしないことにする。
『てか四つしかねーのに、なんで三つ食うかな、おまえは』
「うん、クルミも入ってて美味しかったよ!」
『ヤバっ、こいつ日本語通じねー種族だ』
「あはは、ごめん。でも昔からパイロットには良い物を食べさせるそうじゃぞ」
『おじーちゃん、あたしも飛ぶんですよ?』
「だからごめんて」
とかボイチャしてる間に戦闘開始だ。基地に集まっている味方機が一斉に動き出した。大村のゼロ戦も滑走路を走り始める。このゲーム、いちいちエンジンスタートからやるんだよね。おまけに離陸後は脚の格納まで自分で操作しなくてはならない。
わたしのゼロ戦がふわりと空に舞った。いつものように大村の後ろにつき、徐々に高度を上げる。Bf109と表示された味方の数機がわたし達をじわじわ追い越し、高空へ駆け上がっていく。機体の上昇角がゼロ戦よりも深い。わたし達が無理について行けば、失速してしまいそうだ。
「いいなぁ、あれ。めっちゃ昇るじゃん」
『Bf109は離陸加速からの上昇力がすげーの。ドイツの機体ツリー進めればおまえも使えるよ』
「いいのいいの。わたしはまずゼロ戦で成果を出さないとね!」
大村とわたしはやや迂回コースを取った。こうすることで敵と遭遇する前に高度アップの時間を稼げる。ただし当然ながら戦場への到着は遅れてしまう。味方を数的不利に追い込むことにもなるから、あまりのんびりもできない。敵味方が戦い始めた空域へじわじわと接近していく。
『――4200mか。紗花も慣れて来たし、この辺でいいかな』
前方を飛んでいた大村のゼロ戦がすっと機首を上げ、わたしの後方斜め上に移動した。
『紗花、下に何機かいるだろ。あたしが援護するから仕掛けてみな』
「えっ、いいの? まだ上にも敵がいるよ?」
高空では敵機が味方の機体――さきほどのドイツ機達とやり合っているようだ。あれがこっちに降って来たらひとたまりもない。
『だいぶ遠いし、味方もいる。どうせ零戦じゃ介入できないし。それよりどれ狙うか選びな』
「う、うん。そうだね……」
近くにいる敵は四機ほど。高度も進行方向もばらばらだ。
「――あれ、F4Fってやつ。アメリカの飛行機だっけか」
『うん、〝ワイルドキャット〟な。なんであいつにすんの?』
「あの中じゃ高度があるじゃん」
『〝スピットファイア〟の方がちょっと高くね?』
「そうだけど、あれはわたし達と進行方向が違くない?」
『だな。スピットファイアを追いかけるには急旋回をしなくちゃならないからロスがでかい。ワイルドキャットは針路が近いし高度を上げようとしているから――』
「ちょうど速度が削れているところ。だから狙い目! でしょ?」
『正解。じゃ、やってみ』
「よ、よぉし!」
『――る前に周囲を確認』
「アッハイ」
カメラをぐりぐり動かし、素早くチェック。うん、こちらを狙えそうな距離には敵影なし。
「クリア! じゃあ、いくよーっ!!」
ゼロ戦をロールさせ、わたしは降下した。200km/hそこそこだった速度が400km/hへ迫る。ワイルドキャットがみるみる大きくなった。まだ。まだ、まだ。接近すれば命中の確率が上がる。ただし速度差が大きいから撃てる時間は短い。
(もし撃っても外れてしまったらどうする?)
もちろんそのまま離脱して、後方確認。追ってこないようなら反転、再攻撃だ。
よし、大丈夫。手順は頭に入っている。ワイルドキャットはまだゼロ戦に気付いていないから、牽制で7.7mmを撃つ必要はない。あとちょっとだけ引きつけてから――
「うりゃっ!!」
わたしは7.7mmと20mmを一斉発射した。やった、命中!
でもじっくり見る暇はない、離脱だ。後方を――
「――あれ?」
ピン、と効果音が鳴った。画面の中央に〝Aircraft destroyed〟と表示される。後方を確認すると煙を噴きながらワイルドキャットが墜ちていく。識別文字のF4Fが黒くなっているのは撃破判定された証拠だった。
墜ちた。墜とした。わたしがやったのだ。オンライン対戦での初撃墜だった。
「え……っ、ええええーっ!?」
『綺麗に一連射で墜としたじゃん。おめでと、紗花』
「うんっ! ありがとう、大村っ!」
やった、やった! やってやったぞ、ざまーみろ!!
どうだ! やっぱりわたしはやればできる子なのだっ、あはははは!
『紗花、上昇角取りすぎ』
おっと、失速したらわたしもワイルドキャットの二の舞だ。
機首をやや戻し、緩上昇で高度を取り戻していく。
「うふふふ、来た! ついにわたしの時代が来たよーっ!」
『おまえ、果てしなく調子に乗るタイプっしょ』
「大丈夫! ここからじゃんじゃん撃墜数を稼ぐからっ!」
『なるほど、不安しかねぇ。さっきのスピットファイアが反転して来てんぞ』
「おっけー、まかせて!」
わたしはゼロ戦をロールさせた。天地逆転させてからの急降下――大村仕込みのスプリットSだ。ループの途中でひねりを加え、スピットファイアに追従。果敢にもスピットファイアは旋回戦を挑んで来た。よし、望むところだよ!!
『落ち着いて対応しな。スピットも回るけどこの速度帯なら零戦の敵じゃねぇ』
目一杯の横旋回。軽くハイヨーヨーさせ、機首を下に戻すと、照準マークがするするとスピットファイアに迫っていく。うわー、気持ちいい!! ゼロ戦は完全にスピットファイアが描く旋回の内側へ回り込んだ。照準マークは逃げるスピットファイアにあっさり追い着き、追い越していく。
「見越しは充分っ!!」
再び全武装の一斉発射。ヤバっ、見越しが大きすぎた――けど、即座に修正して命中。スピットファイアから破片が飛び、翼が折れた。また墜とした。これで二機目の撃墜だ。
「ほぅら、ね!?」
『はいはい。エイムはイマイチだけど、他はマジで上達してるわ』
「でしょでしょ!」
『うん。紗花、そのまま飛んでな』
「へ?」
ってなんか近くからエンジン音がするっ!? 慌ててカメラをまわそうとすると、わたしのゼロ戦の横を燃える敵機が落下していった。大村がわたしを狙った奴を始末したのだ。
「大村ぁ、またわたしを撒き餌にしたねっ!?」
『おまえがぼけっと飛んでいるからっしょ。さっきから墜とした後の周囲確認、忘れてるよな』
「う! す、すみません……」
『ほら、じゃんじゃん稼ぐんだろ? 働け、働け』
「あったり前でしょ、見とけ!」
高度は2600mまで回復している。
次の獲物を探すべく、わたしはゼロ戦をゆるやかに旋回させた。




