ボイチャ
パソコンをぽけっと眺めながら、わたしはゼロ戦を飛ばす。
ゲーム開始以来、ひたすら真っ直ぐ飛ばし続けている。
「……」
このゼロ戦はゲームの新規アカウント登録キャンペーンでゲットした機体である。わたしだって、ゼロ戦くらいは知っているのだ。あまり他の飛行機との見分けはつかないけど。
ゼロ戦はプロペラをブンブン回し、じりじりと上昇している。懸命に頑張っている感じがちょっとかわいい。
「……かわいいけどなぁ」
飛行機を愛でる以外にすることがない。
グラフィックはかなり綺麗だが、高空からの眺めは変化に乏しい。さすがに焦れてしまい、わたしはボイスチャットで戦友をうながすことにした。
「ねー、大村ぁ。まだ? そろそろさぁ……」
『紗花、ステイステイ』
「わたし犬かよ」
『まだだっての。5000mまで上がるっていったっしょ?』
「うー」
『おまえ犬なの?』
下の方では敵味方の飛行機が入り乱れ、激しく動き回っている。ネットで接続された世界中のプレイヤーが二つに組分けされ、空中戦を楽しんでいるのだ。
一方、わたし達はただ飛んでいるだけだった。
「もう始まっちゃったんですけどー」
『あたしらの機体で混戦に突っ込むのは無謀。秒で火だるまなるっしょ』
「……暇すぎ」
『あーね』
大村の返事はどこかだるそう。彼女はいつもそうなのだ。
折角の美人が台無しだけど、おかげでわたしも気兼ねなく話せる。
「聞いてよ」
『ん?』
「わたし、弾かれている気がするんだよ……」
『それな』
「は? まだ一言も説明してないが? なにがそれな? それなってなにっ!?」
『めんどくせースイッチ入れちまった……』
「めんどくさいだとぅ!?」
『ボイチャ切るし』
「待って待って、聞いて聞いて」
大村はいっそうだるそうに、
『だからー、おまえがクラスでハブられてるっつー話だろ?』
「違うよ!! ウチの学校、上品なんだからハブとかないよ。みーんな由緒正しいお嬢様でさぁ、わたしは浮いてっけどさ!」
『ガチハブだろ。おまえ、友達いねーんだっけ?』
「あったりめぇよ! 4月からお一人様キープし続けてる老舗のぼっちでぇ、こちとらよ!」
『めっちゃ男前でウケる』
全然面白くなさそうにウケるとかさぁ。
学校の話は深掘りされたくないからいいけどね。
「いや、そういう話じゃなくて。だからその……」
『急に口ごもるなよ。キモいっしょ』
「きも……っ、ねぇ当たり強くない!?」
『いいからはよ話せ。もしくは話すのヤメろ』
二択かよ。大村はぐいぐい詰めてくる。
わたしだって言いにくいことはあるのに、デリカシーってものを知らないのか。
「だから、弾かれているのは女としてっていうか……れ、恋愛対象としてスルーされている……気がするんだよ」
『ハハハハハハハハハ』
まったく感情のこもってない哄笑。
いやホラーでしょ、これ。
「カラッカラの空気やめて。心が枯死する」
『知らんがな。気になる男でもいるわけ?』
「いないよ。てか女子校だよ、ウチ」
『なら別にいいっしょ。ボイチャ切っていい?』
テメー、すきあらば会話を切り上げようとすんなよ。
さみしくて泣くぞ。
「待てって。こないだあんたと一緒に歩いた時も思ったの。誰もわたしのこと見ないな。みーんな、大村のことだけ見てるって」
『そうだっけ? 街の視線を独り占めマンかよ』
「ほんとそう。マジでそう。わたしは完全に蚊帳の外だよ。憎い……呪いたい……」
大型の飛行機が煙を噴いて墜ちていった。
わたしの怨念のせい? 違うよね。
『あたし髪とか派手にしてっから、目立つだけっしょ?』
「確かにあんたの髪ってエグいけどさぁ」
色は抜いてるし編み込み過ぎてて、もうわけわかんない。大村らしくはあるけれど、校則にはぜったい適合してないよね、それ。
「よくあの髪で日々登校できるよね。メンタルお化けかよ」
『ほっとけ。あたしはー、これが好きなの』
「でも大村が人目を引くポイントは、髪とか服じゃない気がするんだよ……」
『逆におまえがミジンコいから視認できないだけかも』
「ないよ、どんだけちっさいの!?」
わたしの背は低い。あと少し、せめて5cmは伸びて欲しい。
でもミジンコいとか初めて言われたよ、さすがにさ!
「特に男だよ男。道ですれ違う男連中は全員あんたばっかり見てる」
わたしなんておおむね視線を逸らされる。
たまーに超ナルシーな阿呆か、底辺ドキュンに絡まれることはあるが、それだけだ。格差ひどくない?
『あーね』
「率直なモテ自慢やめて。つらい……」
『るさいな、おまえから振ったんだろ。ボイチャ』
「ごめんやめて、切らないで」
ふと気付けば飛行機の数がだいぶ減っている。味方はもう数機しか残ってない。敵が優勢だ。
『あいつらが見てたのは、あたしってかあたしの胸っしょ』
「え、うん……まあね。ご立派だもんね、そりゃ自覚あるよね……」
『でかいからな。おっぱい』
「うん……阿呆みたくでかい……形もいい」
『あと重い。風呂入ると浮くけど』
「なにその素敵機能!? サバイバビリティ高すぎじゃん!」
まさにおっぱいライフジャケットだ。物理の法則まで巨乳の味方。巨乳優先の世の中なのか。憎い。
『初対面だとほぼほぼ全員、顔じゃなくておっぱいばっか見るんだわ』
「吸引力が衰えないおっぱい……荒ぶるパイクロン」
『おまえのボキャブラリー、小学生レベルだな』
「なんでわたしは見られないの……? わたしにもおっぱいはある……ここにあるよ……」
『まあ、あるかもだけど』
「疑問形やめて。わたしのおっぱいが不確かな存在みたいじゃん。あるようでないみたいじゃん。徳川埋蔵金とかなの?」
『かもだけど』
「疑問形やめてってば。埋蔵金は掘っても出ないけど、わたしのおっぱいは――」
『ちっさいからじゃね?』
わたしから霊圧――じゃなくて表情が消えた。
「ちっさ……なにが?」
『おっぱいがちっさいから視認できないだけじゃね?』
「あはははは、なるほどぉ。 ――って、おっぱいのない女子は存在すら認められないのかよ!? 呪う!! 殺す!!」
『変身ベルトの宣伝文句みたいな呪詛やめろ。てか、そろそろ行くわ』
「へ? あ、ちょっと!」
目前を大村のゼロ戦が通りすぎていった。わたしも慌てて後を追う。