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十円玉

終電間際の駅前は、もう人影もほとんど無い。


並んだ各メーカーの自販機の灯りだけが華やかで、かえって空々しく感じる。

そんなにのども乾いていないが、つい缶コーヒーを飲みたくなった。


近付くと、ダミーが並んだ明るい窓に、体当たりしている小さな蛾がいた。

「どれを買おうか」と目線を泳がせ「これでいいか」となんとなく決める。

ポケットの財布から、小銭を四枚同時につまみ出して、コイン投入口へ。


百円玉をまず一枚。十円玉、もう一枚、さらにあと一枚。


立ての溝に入るはずが、うっかり斜めにぶつかって落ちる最後の十円玉。

アスファルトにぶつかり、跳ねて、バス停まで転がっていく。


舌打ちひとつ、取りに行こうと小走りで向かうと、妙な事に気付いた。


硬貨が止まったあたりに、誰かがいる。


子供だ。


青い服の女の子が背中を向けてしゃがみこんでいる。


こんな時間に?


そう思わないでもなかったが。

近頃は深夜のコンビニなんかにも親が連れてきていることもある。

親が近くにいるのかもしれない。


ひょい、とお金を拾って、女の子が立ち上がった。


小学生? いや、まだ幼稚園児くらいか?


「ごめん、ごめん。お金、拾ってくれたんだね。どうもありがとう」


近付きながら声を掛ける。


ぎょっとした顔で女の子が振り返った。


驚かせちゃったかな。もう夜も遅いし……。


反省した、まさにその一瞬。


女の子は十円玉を握りしめると猛ダッシュ。

あっけにとられているうちに、閉店している近くの喫茶店の陰に消えた。


子供に、十円盗られた。


働いている身には痛くも痒くもない金額ではあるが。

目の前で、子供に盗まれたとなると、また話が違ってくる。


ビックリしてつい逃げちゃったのか。それともまた、なにか別の事情が……。


考えたところで、答えはもう逃げ去ってしまった。

子供のしたことなので、余計に暗澹としたやるせない気持ちになる。


とぼとぼと自販機まで戻り、さして飲みたくもない百二十円のコーヒーを飲んだ。

いくらブラックとはいえ、苦さも酸味もなんだかキツかった。


もやもやすることがあってもなくても帰らないわけにはいかない。


駅のホームで終電を待つ。


自分以外、他には誰もいなかった。

あの病気が流行る前には、そんなこと一度もなかったのだが。


まもなく電車が来るとのアナウンスが、独特のイントネーションで響いた。


今日は疲れたな。いつも以上に……。


溜息をついて、ふと視線を落とす。


すこし離れた線路の上に、なにかある。

青い塊のようなものが、もぞもぞと動いているような……。


さっきの女の子だ!


マズい。

このままだと、間違いなく電車に轢かれてしまう。


「ちょっと、君! 電車来るから! そこ離れなさい!」


声を掛けたが、離れていて聞こえないのか。

相変わらず女の子はしゃがんでもぞもぞやっている。


たしかホームのどこかの柱に緊急用の装置かなにかがあったはずだ。

走って探すが、いつも気にしていないから、正確な位置がわからない。


線路の上の暗闇を、明かりが大きくなりながら近付いてくる。


するとホームの先に駅員が立っているのが見えた。


「駅員さん! 大変です! 人が!」


血相変えて叫ぶと、駅員は慌ててこっちに走ってきた。


「ど、どうかしましたか!?」

「あ、あそこに! 女の子が!」


指をさしたほうを目で追う駅員。


そのときはじめてわかった。

しゃがんだ女の子が何をしているのかが。

線路の上で、おはじきをしているのだ。

さっき拾った十円玉で。


「誰もいないじゃないですか。お客さん、困りますよ。そういう冗談は!」


見えてない?

じゃあ、あれが見えているのは自分だけなのか?

なら、あの女の子は一体……!


最終電車がホームに入ってきた。


ぶつかる。


そう思った瞬間、女の子は消えた。


びっ。


変な音がして、顔に飛沫がかかった。

拭った手を見る。

赤い。


隣を見ると、駅員が倒れていた。

その頭の後ろから、血の水たまりがゆっくりと広がっていく。


なぜか線路上にあった十円玉。

それを電車が弾き飛ばし、右目に突き刺さったという。

即死だった。


不幸な偶然が重なった、痛ましい事故。


世間ではそう言われている。

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― 新着の感想 ―
[一言] ∀・)10円玉を恐怖に変える、それも駅を舞台にしてという、凄いことやってのけられた作品ですね~。作中の怪奇現象における悲劇は痛いって印象が強いですが、なかなか、いや、かなり怖いです。個人的な…
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