第一話
ーーー変歴399年2月4日 とある村。
つんざくような冷気が、体を包む。
普段であれば根をあげるであろうその寒さが、今は逆に心地が良い。
周りには、木で作られた古民家という形容が当てはまる家がいくつも立ち並んでいた。
庭先には花が咲き、池の氷が陽の光を反射し、輝いている。
そして、ベランダには物干し竿とそれに掛かった洋服、そして、子供が使うような小さなブランコ。
何処か生活感のあるような空間が広がっていた。
しかし、人の気配など、そこには一切なかった。
和風の家から、そこがかつて賑わっていたであろうことが容易に想像できる。
なぜ、過去形なのか。
それは文字通り、ここが失われた土地だからである。
数十年前までは、普通に人が住んでいたのである。
そして、そこを俺は駆け抜けていく。
失われた土地と言ってもそこまで大層なものではない。
一般人が住めない程度のことだから…
『敵…!!!』
目の前には、狼のような、あるいは猫のような、黒い生物がこちらを警戒している。
『こいつなら!』
足を止めず、勢いをつけて手を前に出す。
『展開陣・火球!』
手付近から、幾何学模様のような陣が現れ、そこから火の玉が放たれ、ゴーっと音を立てながら目の前の異獣に直撃する。
パチパチと音を立てながら、異獣は消炭となった。
石焼き芋のような匂いである。
『俺、意外とできるじゃんか…!』
俺はほくそ笑みが止まらなかった。
じっと手を見つめ、先ほど異獣がいた場所と交互に見つめる。
齢15にして、この場ではしゃぎ出しそうなほどの、嬉しさが込み上げている。
実際はしゃいではいるのだが、、、
通常6歳ほどであれば先程の異獣は倒せるが俺は15歳にして倒せたことを喜んでいる。
お子ちゃまだとは思う。自覚はある。
しかし、悔しくはない。
センスの差はあるにせよ光力を使いこなせればいくらでも強くなれるのだから。
そして、何より久しぶりの感覚に胸を躍らせざるはいられない。
『そこ!』
今度は、火球をノールックで撃ちつける。
コントロールはお手のものだ。
感覚的には、走りすぎさまに女子のお尻に強めにタッチする感じ。情けないけど、頭の中のシュミレーション通りだな。
『やっぱり、熱くないのは不思議だよな。』
俺は、手に息を思い切り吹きかける。
光力、こう呼ばれる不思議な力。
『何はともあれ、今から俺のドリームが始まるんだ!』
自分でも、驚きびっくりの英語力だ。
今、俺は危険地域にいる。
危険地域とは、文字通り危険な地域だ。
異獣がまだ排除されておらず、人間が住めない地域のことを指している。
だが、俺はその中でもほとんど排除が終わっているCの危険地域にいる。
本来であれば、一般人侵入禁止なのであるが、光力を使える学生であれば普通に入って狩りを行っている。
危険地域には、S.A.B.Cの危険地域があり、Cは危険性がかなり抑えられたもの、Bはまだ討伐途中のもの、Aは討伐に行ったものの危険なモンスターがいるもの、Sはまだ人類が討伐に行くことができないという風にランク付けがされている。
通常、人の生活圏付近に近づけば近づくほどに危険度は下がっていく。
『調子は、悪くないな。ある程度は出来るようになったかな。』
俺は拳を強く握りしめる。
これなら、あるいは"防衛隊"に…
辞めだ。ブラックな気持ちになる。
『結構深くまで来たな。爆薬草も手に入ったし、そろそろ帰るか。』
手に持つ10本ほどの爆薬草を見つめる。
爆薬草、文字通り爆発する素材となる草で、一本で10個分の爆弾となる。
元来、この世界には生える事がなかった植物なのだが、異獣の体に付着した花粉が落ち、この世界に定着している。
かつては、外来生物なるものを排除していたようだが、その頃に比べると桁違いだな。
異植物?外界植物?
いや、しっくり来ないな。
『しかし、こんなもの俺に頼むかな。自分で言うのもなんだけど俺は弱いぜ本当に。最弱と言って良いレベルで。』
自分で言ってて悲しくなる。辞めよう。
俺は思ったよりもメンタルは豆腐なんだよな。痛いもんは嫌だし、苦しいのも寂しいのも嫌。多分、メンヘラ体質である。知らんけど。
『まぁ、考えなしに引き受ける俺も俺なんだけどな。』
事実、俺は嬉しさのあまり、何も考えずに先走り続けていた。
でも、嬉しかったのだから仕方ない。うん。
師匠…というか父親にうまく乗せられた形である。
俺はクルリと回って来た道を戻る。
調子に乗ってだいぶ奥まで来たな。
本来ならば、もっと簡単に手に入る爆薬草であるが、今日は記念にと少し奥まで来てしまった。
危険地域に入ってから体感的に30分ほどであろうか。
危険度Bの地域までは入り口から30分ほどあるが、一応、周りを警戒しつつ、ここまで慎重に進んできたため、計算上そこまで入ってはいない。
だから、問題はないとは思う。
枝を折るなんて原始的な事はしてないが、風向きでなんとなく分かるはず。うん。
『しかし、思ったよりも使えるようになってるな。練習のおかげかな?』
努力をするのは嫌いであるが、ここまで成果が出ると嬉しいものである。
怠ける俺の尻を叩いてくれた師匠には感謝せねば。
調子に乗ってだいぶ奥の方まで来てしまったが、それも仕方ないと思う。
思わず爆薬草を握る手が強くなる。
そして、その直後に俺はここまで来た自分の愚かさを自覚する。
『ばかたれか!俺は!!』
思わず叫ぶ。
犯したミスを叱責するようにだ。
周りを敵に囲まれていた。
簡単に言えば絶体絶命の中にいたのだ。
かなりまずい状況である。
『10.20…数えるだけ無駄か…。』
もう笑うしか無いなこれ。
乏しい力にかまけて、全く警戒を怠っていた。
周りを取り囲んだのは、ケイオス。
出現率が高く、危険度もそこそこあるため、一般的に広く知られた害獣となっている。
四足歩行で、立ち上がると1メートルほどの大きさであり、主に前足を使って攻撃をしてくる。
異獣が使う厄介な魔術は持っていないため、距離を取ればそこまで問題はないのであるが、攻撃力は高いため油断をするとやられる。
「危険地域に1人で行ってはいけません!」
常々言われ続けて来た、母さんの強い語気が心の中で反響し続ける。
頼んだの師匠なんだがな…。
『調子に乗りすぎた…』
体感的に30分ほど、敵を警戒しつつ爆薬草を探していたため、そこまで奥にきたつもりは無かった。
しかし、この数は、明らかに今までの危険度とは違う。
これは死んだな…。
俺の心の中に真っ先にその言葉が浮かぶ。
『いや、駄目だ。弱気になるな…弱気は最大の敵。』
スーッと息を吸い、吐く。
『敵はたくさん…逆境にこそ輝くもの!!』
こんなところで死んでたまるか!
俺は手を胸の合わせる
『展開陣!火球!』
手のひらを突き出し、その前に60cmほどの大きさの火の玉が現れる。
『くらえ、ありったけのパワーァァァ!!!』
俺から一直線に向かって行き、異獣に直撃する。
今できる最大最高の火力をぶつけた。
…どうだ?
視界を遮っていた砂煙が晴れる。
俺は、舐めていた。
異獣という存在そのものを。
『…ははっ。終わりやんこれ。』
しかし、命中した一頭はピンピンしていた。
俺の中での最大火力の一つである。
『これ以上の魔法は使えないっての…こりゃ終わったわ。』
俺は諦めるように手を合わせるのを解き、だらんと腕を垂れ下げる。
別に自分の力を過信したわけではない。
ただ、自分の力を試したかったのだ。
新しい服を多少雨が降ってても買ったら出掛けたくなるし、新しいおもちゃを手に入れたら、学校を休んででもしたくなる。
それと同じだ。
ただ今回は新しい力を試すために、ランクに見合わない危険地域に入ってしまったのが運の尽きなのだろう。
慢心、過信、油断…原因を挙げればキリがない。
キスすらしていない幼気な少年に問答無用で攻撃を仕掛けようとする。
_こんなところで死んでたまるか!!!
心の中に、炎ように燃え上がる!!!
いや、燃え上がれ!!!
『展開陣・火球・細!』
火球を細かくし、空中に滞空させる。
『自主練仕込みの魔法操作じゃい!』
俺は、ドヤ顔を見せる。
しかし、そのままでは、かすり傷一つ付けられないだろう。
『こんな草くらい、幾らでも生えてくるだろうなぁ。』
手にある束ねた爆薬草を見つめる。
俺は多分ニヤリと気持ち悪い笑みを浮かべていただろう。
『爆死しやがれ!!!!!!』
俺は、思い切り中心へと投げ込むと同時にそれとは反対に走り出す。
ドゴォォォォォォォン!!!!!!
とてつもない音と共に爆風が駆け巡る。
俺は、少し離れた場所にあった岩場に身を隠す。
『いくらなんでも、強すぎじゃぁぁぁ!!!』
俺も、結構な衝撃を受けた。
その場に倒れ込むようにして衝撃をやり過ごす。
めちゃくちゃ石とか、当たって痛いんだけど。
やがて爆風が収まり、立ち上がる。
『しかし、すごいな爆薬草って…こんなもの自然に生えてちゃいけないだろ…。』
こっちの世界でこんなもん生やして…どうなってんだよ向こうの世界は…噴火とか毎日起こってんじゃね?毎日サバイバルだろ絶対に…。
『まぁ、とりあえず終わっただろ。煙でなんも見えんけど。』
俺は、目の前の砂煙をジィと見つめる。
嵐が起きたのではないかと錯覚するレベルで砂が舞い上がっているから、正直何も見えない。
『どやさ。』
ただ、腰に手を当て勝利を確信する。
異獣を倒したと言う事実が今頃になって俺の頭に入っていきた。
『しかし、やりすぎたかな。』
嫌ってほど強い火力やったしな。
なんならオーバーキルもあり得る。
ただ、現実とはそう甘くないらしい。
『………なんで生きてるのかな?』
見たくない景色が目に入ってきた。
思わず、拍手をしそうになる。
あいつらの硬さではなく、己の楽観さにだ。
『半分も倒せてないじゃんか。地形変わってるのにさ…。』
驚きというか、やっぱりあれだ、褒めてあげたい。
こんな爆発を食らったら、俺なら死ねる自信がある。
『決死の攻撃だよバカタレが。』
異獣がこちらを向き、警戒を見せる。
先程までの防御体制とは明らかに差異がある。
逃げないと。
俺は、周りを見渡す。
異獣が、今にも飛びかかって来そうだ。
人なんてモノは脆いもの。
笑えてくるほど弱いと悟った。
自身の死に直面している。
だが、震えはない。
不思議と頭は冴えてる。
なぜだか分からないが、この状況を打破できる気がする。
どうしよもないはずなのに、な。
最後の負け惜しみであろうか。
『死ぬ時くらいは、自分で華でも添えるかな。』
俺は目の前の鋭い爪を携えた化け物に向く。
『俺の人生本当に何もなかったな。天国で会いたい人に会って、来世はリア充でも目指すか…。』
諦めた俺に向かって異獣が飛びかかってくる。
『お前らだけは、連れてくぜ。あの世に行く道中の非常食になってもらうからよ。』
異獣が鋭い爪を振り下ろす。
俺は、相討ち覚悟で光技を使おうとしたその時、突如としてケイオスの胸のあたりに赤い点が浮かび上がる。
上半身の中心点、まるで弱点を写し出しているかのようにだ。
ここを攻撃すればいいのか?
バッ
俺は、相打ち覚悟の攻撃を引き、全力で攻撃を躱すことに専念をした。
『展開陣!火球!』
さっきと同様に、放たれた攻撃はケイオスについた赤い点に直撃した。
直撃したケイオスがぐらりと体制を崩し、倒れ込む。
さっきとは、明らかに違う手応えだ。どういうことだ。攻撃力は変わってないはず。爆薬草のダメージが入ったか?
確信はない。
だが、倒れたという現実はある。
もしかしたら、この場を制圧することができるかもしれない。
俺は、群れに向かって再び構えるーーー
『硬錠』
その声とともに目の前の化け物の腹付近と足に丸い光の輪が巻き付き、その場に落ち、倒れ込む。
『!?これは一体…』
まさか俺の技…覚醒したのか?
俺は状況が理解できず、周りを見渡す。
すると4人の男女が俺を取り囲むようにして化け物に向かっていた。
『一般人が1人、しかも見た感じ光力もかなり弱いわね。』
金髪美女が俺を冷たい視線で見つめる。
本来であれば、この上ない喜びなのだが今はそんな余裕もない。
『まぁまぁ、そんなこと言わないであげろよ。嶋崎だって学生の頃かなり無茶してただろ。』
優しい雰囲気を持った男が俺を擁護するように言う。こういう男がモテるんだろうな。と素直に感心した。
『うっさいわね。こんなやつみたいに弱く無いし。C、Bの境目でこんな状態になるとかほんと下らない。』
そんな男を吐き捨てる。クールビューティー万歳。
パイが崖でも問題無し!
って、なんか睨んでない?
『でも、春香お漏らししてたじゃない?』
もう1人の女性が衝撃の発言をする。
お漏らし、だと…?
俺は思わず、嶋崎さんの方を見つめる。
『ばっ!違うし!』
嶋崎さんは頬を赤らめながら否定する。
それ、否定になってませんからね。
おじちゃん、わかるんですから。
『あったなそんなこと。俺の筋肉がそう言っている。』
脳筋そうなもう1人が同調する。
はい、確定ですねこれ。
『あいつらの後で絶対に殺すから、そこのクソガキ!』
おれ!?おれかよ!?なんで聞いてただけじゃん!
ちょっと頭の中で妄想してただけじゃん!男の子なんだから許してよ!
そうこうしてる間に、敵が壕を煮やしたのかこちらへと向かってくる。
『うっとしいわね!硬錠!』
嶋崎さんが、手をかざすと敵に光の輪が巻きつき、動きを止める。
あれだけの数を正確にしかもあの距離で…!
光力は、手から遠くに飛ばすこともできるが、その場合、精度と威力が落ちるという弱点もある。
恐らく遠距離寄りの光力なのであろうか。
並の使い手であれば、あの人数を正確に、しかも威力があまり落ちない状態で光力を当てるというのは間違いなく不可能なのだ。
つまり、この人は並ではない。少なくともAランク並の強さがある。
いや、前言撤回。
『なんでおれまでつかまえられてるんですか!?』
何故かおれまで錠の餌食に…
『犯罪者を捕まえるのは当たり前のことでしょ?』
キョトンとした顔で答える。
はっきり言って嫌いだこいつ。
可愛いからって絶対に許されないものもある。
謝らない限り許してあげないんだからね!
『後で解いてあげるからね…。じゃあ、私達は、、、』
もう1人の女性がこちらに笑いながらそう言うと、優しそうな男と嶋崎さんじゃ無い方の女が銃を取り出す。
銃と言っても拳銃では無い、連射出来そうなマシンガンである。銃のことは、よく分からないが多分そうだと思う。
道具を媒体とする装具寄りの光力なのだろうか。
恐らくそうなのであろう。
『じゃあ、ブッパしちゃいましょうか!!』
口調が急に野蛮に!?
そう思った思考を劈くように、2人は銃を撃ち続ける。100.200.300、際限なく撃ち続ける。
従来の銃では、傷一つ付かないであろう異獣達の頭や胸を貫き、血飛沫と共に赤黒い臓物が弾け飛び消えていく。
さすがに光力が込められた弾は強い。惚れ惚れするようだ。
『まだまだぁ!おらぁぁぁぁ!!!』
いや、怖いよこの人!
なんか嬉々としてるもん!
『ふぅ、こんなもんでどうかな?』
『やりすぎくらいだと思うんだけど?』
周りに土煙が立ち込め、視界が開けないモヤモヤとした時間が流れていく。
『終わったのか、、、?』
俺は率直な思いを口にする。
元来この言葉の後には敵が生きており、その後にこちらが攻撃されてしまうといういわゆる、フラグ的な言葉なのであるが、今回は終わっているであろうという安心感のもとその言葉を発した。
しかし、フラグというものはあるらしい。
『一体撃ち漏らしちゃったわねぇ。』
女性がガッカリしながら銃をしまう。
あれだけの数を一体残しってすげーよ、この人たち強すぎだろ。
一体も倒せなかったやつがここにいるんだぞ…
『しょうがないですね。後は力動さんに任せましょうか。』
男も同じように銃を仕舞い込む。
そして、それと変わるように筋骨隆々の男が前へと出る。
『やっと出番か。待ちくたびれていたぞ。展開陣!5力!』
男は前に躍り出るやいなや手を合わせ、魔法を唱え両手を強化する。
身体強化か。
異獣がそれを見て、飛びかかる。
男はそれを避けることなく、手で受け止める。
普通、そんなものを素手で受け止めたらひとたまりもない、潰されるのもそうだが、鋭い爪でズタズタに引き裂かれてしまうであろう。
しかし、彼は無傷でピンピンしている、、、
『異獣と握手なんて趣味が悪いかな。俺もお前も嫌だが、付き合ってもらうぞ!!!』
男はそう言いながら、異獣と押し合いを始める。
『力比べ…!』
力と力で男は真っ向から勝負することを選んだ。
熊とは比べものにならないほどに力を持っているであろう異獣を互角、いや、それ以上に圧倒している。
『力動さんは、脳筋なのよ。でも、強い。』
女性が俺に語りかけるように説明する。
シンプルであった。正直、わかりやすい。
その言葉通りに異獣を押し始める。
『なかなかの力だが、その程度で我ら人類を倒そうなんぞ笑止千万!地獄の果てで修行し直せ!!!チェストォォォォ!』
そう言いながら力動は異獣を地面に叩きつけ、一発殴る。
殴られた異獣は、殴られた場所から大きなヒビが蜘蛛の巣のように入り、糸が切れた人形のようにピクリとも動かなくなった。
『はぇぇぇ…』
俺は口をあんぐりさせるしか無かった。
人生で一番口を開いたかもしれない。
単純なものほど強いものはない。
異獣の力に対して、さらに上から力で抑えつける。
実に単純で暴力的である。しかし、この上なく羨ましい。
『任務完了、さてと帰りますか。』
力動さんが、上半身裸で満足気な顔をしている。
正直、不審者である。
『調査書は、朝霞蔵が書いてね。』
『いや、ちょっと待って下さいよ!なんでですか!!』
『女の子には優しくしないとね?』
もう1人の女性がウインクをしながら、朝霞蔵さんにお願いをしている。
小悪魔!鬼!とか思ったが、正直可愛い。
男女不平等を強く強く感じた瞬間である。
『そ、そんなぁ。誰か手伝ってくださいよぉ。』
なんか、俺に重なる。彼には強く生きて欲しいと切に願った。
『すまぬ!俺は司令官殿と打ち合わせがあるから無理だ!』
力動さんが、申し訳なさそう…な感じでもないが、手を挙げて謝る。
司令官とは、恐らく、防衛隊のトップ、神野司令官をさしているのだろう。
70年もの間、戦闘に身を置き、御歳90歳になるという大ベテランである。
全盛期からかなり力が落ちたらしいが、今の防衛隊においてもトップクラスの強さを持っているらしい。
化け物みたいな爺さんである。
メディアの露出が割と多く、テレビで見ることも多いため、目にする機会も多い。
『珍しいですね。2人でですか?』
嶋崎さんが尋ねる。
『いや、他にも隊員何人かも来る。まぁ、多分定例報告だとは思うんだが。』
『俺も連れてって下さい…。このままだと打ち上げだと称して、奢らされて、挙句には報告書を書かされるハメに…。』
朝霞蔵さんが力動さんに縋り付く。
正直、可哀想だ、同情する。
一応、手を合わせておこう。
合掌。
『男がクヨクヨしないで。ほら、皆さん、預かってたマントです。』
嶋崎さんがマントを3人に渡し、肩にひらりと羽織る。
『異世界防衛隊!?しかも、A級の!?』
俺は思わず口にする。
異世界防衛隊の証である、地球を中心に6つの剣が周りを守るようになっている紋章がマントに刻まれている。
そして何より、胸の位置にAの文字が燦然と輝いていたのだ。
憧れの的である異世界防衛隊の中でも、エリート中のエリート。
『何胸ばっか見てんの、このマセガキ。』
嶋崎さんがこちらを睨む。
胸の位置にあった紋章を見つめていたため勘違いさせてしまったらしい。
てか、胸なんてなく無いか??
俺の気のせい??
『嶋崎、あんまり言うなよ。ごめんな生意気で。そうだ自己紹介してなかったな、俺は朝霞蔵、見ての通りの光力だ。よろしくね。』
そう言いながら朝霞蔵さんは、手を差し出す。
やっぱり爽やかイケメンだ。
俺は恐る恐る手を差し出し握手をする。
『私は、上坂。朝霞蔵と同じくよ!よろしくね。君みたいな可愛い子大好き!』
同じく手を差し出す。可愛い系の顔に豊満なスイカが二つ。童貞には耐えられません。
しかも、大好きってそんなこと言われた事ない。
なんとか手を差し出し、握手をする。
いいにほい。可愛い、結婚したい。
なんで言葉を胸の奥に仕舞い込み、握手をする。
先程の光力は、特殊な武器を使ってそこに自身の光力を流し込み攻撃をする。
技の多彩性には欠けるが、銃がある分、威力と速度には定評がある。
『俺は力動。筋肉こそ正義!』
ムサイ、熱苦しい!でもそこが良い!
本当にかっこいいなと思える男だなうん。
『私はパス。』
嶋崎さんがこちらに見向きもしない。
『えぇー最低。』
『ひどいですね。』
『大人気なし!』
『流石処女春香。』
わぉ、爆弾発言。
『ちょっと一つ関係ないこと言ってない!?』
嶋崎さんがツッコム。
この人は天性のいじられ役なのだろう。
ちなみに俺はいじられもしないしいじりもしない。友達もいないのだ。隙有自語すまん。
『みなさん、ありがとうございました。助けていただいて!』
俺は深々と頭を下げる。
膝小僧は余裕で超えているくらい深くだ。
『良いの良いの!私達はこれが仕事だしね。それに私たちも危険区域で悪さしてたから!』
割と聞き捨てならないこと言ってない?上坂さん。
俺は、何かを言い掛けたが、それ以上追及するなって顔をされた。
触らぬ神に祟りなしだな、うん。
『とりあえず、連行しましょうか。』
嶋崎さんが光技を使おうと手をかざす。
当たり前のように縛り上げようとしてますけど、私一般人なんですけど…。
『まぁ、そうなりますか。』
朝霞蔵さんも、同調する。
『え?でも、皆さんも学生時代に入ってたんじゃ…。』
『もう、時効よ。それに悪さするならバレなきゃセーフよ。でも、君はバレたでしょ?』
上坂さんが呟く。
防衛隊員がこんなこと言って良いんか…
てか、大人の傲慢だ、理不尽すぎる。
『いや、でも…』
歯切れが悪いのには理由がある。
危険地域に無断で入るのは普通に罪に問われることがあるのだ。
今回の場合、害などを与えたとかではないため罪を問われるということはないだろう。
しかし、無断侵入という事実は残る。
それにより、例えば、防衛隊に入ることが難しくなったり、公共の施設が使えなくなってしまうかもしれない。
それは、なんとしても避けなければならない。
『まぁ、納得いかないでしょうけど。ケイオスを半分倒したのも、多分爆薬草か何かでしょ?ここら辺にたくさん生えてるし。』
『まぁ、確かにそうですけど、でも一体だけなら、自分が倒しました。』
『まぁ、そういうことにしてあげるわ。』
嘘である。この人絶対信じていない。
実力がある分、周りのことをナチュラルに見下す。
『見逃してはくれませんか?』
俺の中で一瞬だけ、逃げるという選択肢も浮かんだ。
しかし、彼らは戦いのプロだ。
撃ち漏らした敵を追いかけ、狩るのと同じように、光力もまともに使うことが出来ない俺がこの4人からまんまと逃げ切ることは出来るか。
答えはNoである。
仮に光力を使われなかったとしても、単純な戦闘能力の差で間違いなく逃げ切らないであろう。
だが、ここは大人しく、というわけにもいかない。
『普段なら見逃すけれども、君は死にかけたし。それに、弱いでしょ?』
上坂さんが飄々と答える。
弱い、それをあっさりと口にする上坂さんに、俺は少なからず嫌悪感を抱いた。
いや、かなりだ。
弱い?弱いからってなんだよ。
世界で3本の指に入るくらいに嫌いな言葉である。
このたった一言で、俺が今まで苦労に苦労を重ねて得た、光技が一瞬のうちに否定をされたのだと感じた。
もともと、恵まれて生まれた者にはわからないで、あろうこれを簡単に否定されることは俺にとっては、一番耐え難いことである。
弱くちゃダメなのかよ。弱いことが罪なのかよ。
そんな理不尽なことがあるか…あってたまるか!
しかし、ここで怒ってしまえば、さらに檻へGOへの道が開くかもしれない。それだけは、避けなければ。
『なんで、そうなるんですか?』
俺は怒りを圧し、問いかける。
もし、ここで連れていかられれば、防衛隊員への道がかなり険しいものとなってしまう。
それは、何としても阻止し無ければならない。
『見たところ、君は15.6歳くらいかな?君くらいの年齢で防衛隊で活躍してる人は沢山いるし、この程度の危険度で苦戦する人はいない。』
朝霞倉さんが諭すように説明する。
まるで、俺より弱い奴は見たことがないという言い方である。
『まぁ、そうであろうな。俺たちは僕くらいの年齢の時には、もうすでに一線で戦っていた。』
『俺だった、鍛えて、強くなれば!』
俺は強く言い返す。
しかし、そんな俺を上坂さんは冷静に見つめる。
どこかかなしげな瞳で。
それまでは、黒い宝石のようにキラキラとした光が入る綺麗な瞳をしていた。
しかし、今は違う。
曇り空のような淀んだ瞳である。
『はっきり言うね。君は弱い、弱すぎる。人にはある程度、鍛える前から素質がある。それは、あなたが一番よくわかっているのでは?』
上坂さんの言葉が胸に突き刺さる。
わかっていたことではあった。
俺はそれを、現実として直視できない、いや、しなかったのだ。
『もし、あなたが次も危険地域に入って勝手に死ぬのであればまだ良い。でも、そうはいかない。人が襲われていたら私達は助けるし、もし死んでいたとしても、原因を調査する。防衛隊員だって無限にいるわけではないし、行動する上で常に危険が伴っている。場合によってはその軽率な行動のせいで巻き込まれて死ぬかもしれない。』
『………。』
『隊員一人一人に家族はいる。大切な人もいる。もし、死んだら怪我をしてしまったら、そんな人達をも悲しませてしまう。だからね、わかって欲しいの。貴方にだって家族はいるでしょ?』
上坂さんが、悲しげな感じで言ってくる。
多分…この人は…この人も…。
『すまないね、僕。彼女は防衛隊員であった親父さんを失っているんだ。だから、感情的になってしまった。すまんな。』
力動さんが謝ってくる。
『大丈夫です…。なんとなくわかってました。』
俺は、軽く頭を下げながら、答える。
同情とは、違うが心のどこかで同じなのだと俺は感じた。
『じゃあ、ついて来てくれるかい?』
俺は無言で頷いた。
納得したわけではない。しかし、彼女の気持ちが痛いほどわかる分反抗ができない。
しかし、もう抵抗する気力も刈り取られているようであった。
こんなところで終わって良いんかな?
夢ってこんなに簡単に破れるんだっけか。
笑えるなほんと…
『恨むぜ、神様よ…。』
周りに聞こえないほどの消えかかった声量で呟いた。
俺は大人しく後ろを着いて行こうとした、その時、
『…この子、強くなると思う。』
嶋崎さんの唐突な言い分に、俺を含め4人が固まる。
先程までの問題が完全に、終わったものだと考えていたため、完全に不意を突かれた感じだ。
そんなことはお構いなしに彼女は続ける。
『今はまだ弱いけど…。なんというか、よくわからないから説明できないけど…。』
そう言いながら、嶋崎さんがじっとこちらを見つめる。
美しい、キラキラとした目、恐らく穢れも何も知らないのだろう。
ただただ、純粋に正義を愛し、守ろうとするそんな目だ。
その目に見惚れると同時に、どこか羨ましいとさえ思えた。
俺の薄暗い、目とは違う。
悪意に触れ、邪悪を見たあの日から、どうしても濁取れない濁り。
嶋崎さんには、嫉妬さえ覚えた。
そんなことは梅雨知らず、嶋崎さんはじっとこちらを見つめる。
いやん、流石に照れくる。
『…なんだろう。目…目が好き。形容し難いけど、この子絶対諦めない気がする。分からないけど、こういう子は強くなる気がする。』
嶋崎さんが、今までに無く真剣に言い放つ。
その言葉をそれぞれが少し考えて、噛み砕く。
『いつになく、根拠が乏しいわね。それは、あなたの甘さから来る下らない擁護?』
上坂さんがジッと睨みつける。
『いいや、違うよ。私の実体験から来る自信よ?』
嶋崎さんが飄々と言い放つ。しかし、その言葉に偽りは無いと感じた。
恐らく、多少デレを出してくれたのだろうか。
それを聞いて、上坂さんの表情は些か柔らかくなり、こちらをジッと見る。
今度は、睨むような鋭い目つきでは無い。
『そう、春香が言うならそうなんでしょうか。』
少し安堵した表情に見えた。
『朝霞蔵さんに、力動さん。巻き込んでごめんなさい。それに君。ごめんね。私、かなりひどいこと言っちゃった。』
上坂さんは深々と頭を下げる。
『いえ、大丈夫です。俺の方こそ、ごめんなさい。』
俺も負けじと深々と頭を下げる。
正直、傷ついたけど、それも事実。
でも、嶋崎さんに、助けられたな。
俺は、嶋崎さんの方へと向き直り、頭を深く下げる。
嶋崎は何も言わずに、顔を少し赤らめながら、恥ずかしそうに顔を逸らす。
なにこれ、すげーかわいい。
ツンがないもんねこれ。
照れデレじゃん。
思わず惚れそうになる。
『じゃあ、この話はお終い!』
上坂さんがパンと手を鳴らす。
いや、そんな簡単に切り替えられませんて。
びっくりしたー。
『うむ、それが良いな。いつもの上坂って感じだな。』
力動さんが頷く。
『彼女の有無とか色々と聞きたいこともあるけど…。』
やめろ。また傷ついちゃうだろ。これ以上傷物にしないでくれ。お婿に行けなくなっちゃうわ。
『君の名前は?』
あ、そういえばまだ言ってなかったんだ。
君だの僕だの、言われてたな。
最早それだけで良い気がするけども。
『俺、祥鳳界 天洋って言います!』
俺はあえて名前を元気よく言った。
そんな気分では無かったが、これ以上あの空気は味わいたく無いからだ。
当たり前だが、明るい方が良い。
暗いと人生損する。これ割とガチ。
大体この名前を言うと、珍しいーとか、なんで名前なのとか聞かれることが多数。
して、例に漏れず、3人からはその反応が来た。
だが、俺が予想していた反応とは違う反応が返ってきた。
なぜか1人、固まるような反応を見せていたからだ。
『天洋くんで良いかな。天洋くんの光力って何?』
さっきとは打って変わり、嶋崎さんに神妙な面持ちで尋ねられる。
あれ、また失敗したんか俺は…。
『火…火…ですね。』
俺も同じように真面目に答える。
俺の空気に馴染む能力は他の追随を許さないレベルで高いと自負している。
もはや空気だ。
『なるほどね…。水城 龍弥って知ってる?』
先程と同じように、いや、それ以上に真剣に上坂さんに尋ねられる。
チャケようとかそんな感じすら思い起こさせない、雰囲気でだ。
『誰ですか?』
俺はキッパリと断言した。
『史上最速でA級に進んだ、通称"水龍"。将来的にS級昇進が確実視されている若手のホープ…ね。』
嶋崎さんが説明をする。
『龍弥はほんとにすごいよ!異獣破壊しまくるし!いつかSランクの攻略も夢じゃないんじゃないかな!』
『…知らない?似てるからもしかしてと思ったんだけど。』
え、なんで?
似てるの?
『違います、ほんとに。本当に本当に知らないです。』
俺は否定した。
なにせ、本当に知らない。
イッチミリも知らないのだ。
しかし、その言葉を聞いた後に、沈黙ができた。
肌を突き刺すようなピリピリとした雰囲気。
嶋崎さん以外の3人は、何故そうなっているかが理解できないようであった。
そして、例にも漏れず、俺も理解は出来てはいない。
わずかであっただろう時間だったが永遠を彷徨うほど長く長く感じた。
やがて、嶋崎さんが、口を開く。
希望と焦燥、悲哀、なんとも言えぬ表情を携えながら。
『そう、私の勘違いだったわ、ごめんなさい。防衛隊の中に貴方に雰囲気の似た隊員が居たものだからつい。』
藤崎さんは察したのか、それとも本当の謝罪をしたのかはわからない。
『そうですか。』
俺はただ、そう返事することしか出来ない。
『彼は中央にいる…もし、気になったら会いに行きなさい。』
俺はその言葉の真意は分からなかったが、ただ頷くことしか出来なかった。ーーー
ーーー俺は冴えない生活をしていた。
学校では光力を使いこなせず、ドベ扱い。
仲の良い女の子もいなければ彼女もいない。
才覚の無いものに対して残酷である。
頭もたいして良くなかった。その上で、彼女はめんどくさいだの、友達はいらないだのそんなことを大声で言い続けていたので当然と言えば当然であり、クラスの中でも浮いた存在となっていた。
何かを成し遂げようと努力をしなかった俺も悪いのであるが、世の中は実に残酷である。
家族構成は、弟、父と母がいる。仲睦まじいというか何というか、俺はこの家族に対して何一つ不満は感じていなかった。頼りになる父に、優しい母。可愛い弟。
満点の幸せを当たり前の享受していたのだ。
しかし、そんな幸せなんて砂の城のように容易く崩れ去るのを俺は知っている。
『俺は誰も守れない。』
俺は何度も何度もそう思っては口に出し、自分の無力さを罵り続けた。
ただ、いつまでも引きずるわけにはいかない。俺にはやるべきことがある。
この世界には、光力という概念がある。
どの人間も当たり前のように使っている。
戦闘においても、生活においてもあらゆる場面で使うことになるものだ。
正直に言ってしまえば、これが全て見たいなとことかある。かつては、学歴や頭の良さが全てあったであろう。しかし、この世界では、ステータスを望むのである。そして、幸か不幸か、これは生まれた時の素質によるところが大きいのである。
つまり、生まれたその瞬間に人生が決まってしまうのである。
優秀であればいいが、もし、そうでなければ……
ん?俺?俺は…まぁ、うん。
『…………。』
俺は悔しさのあまり現在進行形で涙が出そうだ。寝転がり暴れたいし、大声で叫びたい。そんな気分になった。
チラリと周りを見る。
どうやら今は1人らしい。
自分の部屋であるから当然ではあるが。
一人でいるから、泣こうが暴れようがなんでも出来るのできる。
流石に恥ずかしいため、自重はしておこう。どこに目があるか分からないものだから。
ただ、そんなことよりもどうやって生きていこう。
そして、これからの俺は一体どうなるのだろうか。
あまり、考えたくも無いのである。