表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レンアイ放送  作者: 逢坂まなみ
遭遇
30/55

第29話

殺さなきゃいけないのに。



殺さなきゃ私が死ぬのに。




分かってはいても、身体が動かない。




ただずっと、震える自分の手を抑えていることしかできなかった。





行かなきゃ。



ここで、殺さなきゃ。




阪本や、あげはちゃんの想いが詰まったこの包丁で。



榊原を殺して、レンアイ放送の主催者を見つけなきゃ。




今だ、行け。



このチャンスを逃しちゃいけない。



今、確実に殺さなきゃ……





そう思って立ち上がろうとすると。




カランッ……




手から滑り落ちた包丁が音を立てた。





「……なんだ?」





榊原の声がする。



さっきより、確実に近いところで。




どうしよう。



早く拾わなきゃ。



こんな血塗れの包丁が見つかってしまったら、榊原に計画がバレてしまう。




でも、もし拾うときにもう一度音を立ててしまえば。



さっきの音でこちらを警戒している分、榊原が私の存在に気付いてしまうことは容易に想像できる。



そうなれば、私は圧倒的に不利だ。




私より10センチ以上も身長の高い榊原と、まともにやり合って勝てるだなんて元から思ってもいなかった。



だから、奇襲を仕掛けるつもりだった。




けれど、ここで見つかってしまえば、

その計画は実行できなくなってしまう。



それどころか、榊原に返り討ちにされてしまうかもしれない。




それはダメだ。



今は、ここで隠れていよう。




誰もいなくても物音のすることだってある。



ここは生物実験室。



解剖用のカエルが逃げ回って器具を倒してしまった、とか……



無理はあるけれど、榊原がそうやって自分を納得させてくれる可能性だってある。




大丈夫、怪しくなんてない。




私は自分の口を両手でぎゅっと抑えた。



息の一つも漏らさないよう、

こうして場を凌ごう。



この場をやり過ごしたら、

榊原を追いかけて殺せばいい。




大丈夫、大丈夫……





「……渡辺?」





頭上から降ってきた声に顔を上げると、

そこには私を覗き込む榊原がいた。





……終わった。





床に落ちた包丁には気付いていないようだが、明らかに不審がって私を見ている。




もう、終わりだ。





私はゆっくり、

床に落ちた包丁を拾い上げた。






「ごめん……!」






そう言って私はそこから逃げ出す。




今やればよかったのに。



今やれば勝てたかもしれないのに。




でも、ダメだった。



久しぶりに見た榊原の顔が愛おしくて。



私を覗き込むために膝を落とす仕草も、

少し傾げた首も。



全てが好きでたまらなくて、ダメだった。




殺せない。



こんなにも好きな人を、

殺せるわけがなかった。




高校生の時の好きな人なんて、

大学に行けばすぐに忘れてしまう。



レンアイ放送の始めに、

そんなことを思った。




でも、違う。



私が榊原を忘れることなんて一生ない。



ここで殺してしまえば、

私の中で一生消えてくれなくなる。




榊原が好きだ。



どうしようもなく好きだ。



殺すことも、傷付けることさえもできないほど。



好きで好きでたまらないんだ。





どんどん溢れてくる涙を拭きながら、

私は廊下を必死で走った。




どうしよう。



このまま死ぬしかないのだろうか。




私を待ってくれている人が

たくさんいるのに。



犯人を見つけるって、約束したのに……





その約束を思い出した途端、

私の走る足が止まった。





そうだ。



犯人を捜さなきゃならないんだ。




この混乱の中で犯人探しに勤しんでいる人なんて、きっとどこにもいない。



私が捜さなきゃ、

レンアイ放送は終わらない。




今こうして榊原への想いを募らせている間にも、たくさんの人が死んでいる。



こんな自分勝手な思いで、

死んでいいはずがない。




早く榊原を殺して、

その罪を償うように。



犯人を見つけて、

この放送を止めなければならない。



私が死んでしまえば、

ゆりちゃんの想いを継ぐ者はいなくなる。



今ここで私が死んでも、

ゆりちゃんに残せるものなど何もない。





やらなきゃ……



榊原を、殺さなきゃ……





そう思って振り返ると、

そこには榊原が立っていた。





「えっ……なんで?」





思わず心の内が口に出る。




私を追いかけて、ここに?



そうだとしても、その理由は?




榊原が私を追いかけてきた意図が分からず、混乱で頭がズキズキと痛んだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ