勝負
『最初は、グー!!』
翌日、予定通り買い物に出掛けようとした私は、今まさに繰り広げられるジャンケン勝負に足止めされていた。
それと言うのも、買い物に出掛ける私の付き添いに誰が行くか、でコウガとナイルが揉めた所為だ。
朝からずっと二人で口論していたかと思えば、最終的に実力勝負に発展しそうになって、慌てて止めてジャンケンを教えたんだけど・・・。
―――全く、そんなにラペルとルパちゃんが心配なら二人とも残れば良いのに。
『ジャンケン、ポン!!』
「――――――ナイル兄様の勝ち!」
「やった!勝負ありだよ」
「・・・・・・仕方ナイ」
どうやらジャンケン勝負はナイルが勝ったらしい。そうしたら、私と買い物に行くのはコウガかな?
「と、いう訳で姫!今日は二人でデートだよ。楽しみだね」
「え?ナイルが買い物行くの?」
てっきり負けた方が私と買い物だと思っていたのに。ジャンケンの勝敗間違えて無い?
「おい、デートじゃないだろ!ただの買い出しだ、買い出し」
トルネに差し出した手を容赦なく叩き落とされたナイルは、それでも余裕の笑みを崩さない。
「買い出しでも、二人きりで出掛けるんだから、デートはデートでしょ。ね、姫?」
「・・・ナイル。ルパちゃんと居られないのが悔しいからって、トルネを誂わないの。トルネも、ナイルの冗談に一々付き合わなくていいから」
また言い争いが勃発しそうな雰囲気に、私はその場を治めようと仲裁に入ったつもりだったのだけど。何故だか、その場にいた全員に呆れたように深い溜め息を吐かれてしまった。
しかも、ガックリと大袈裟なくらい肩を落として項垂れるナイルを、さっきまで言い争っていたトルネやコウガまでもが、憐れみの視線で見ている。
――――――え?なに、どうしたの?
「はぁ。まぁいいや。デートはデートだし。それじゃ、買い出しに行こうか?」
ルパちゃんに背中をポンポンと叩かれて気を取り直したのか、ナイルが多少諦めの混ざった笑みで再び私の方へ手を伸ばして来たので、遠慮無くその手に買い物カゴを渡しておく。
「うん、よろしくね。じゃあ、行ってきます」
後ろから「カゴじゃないんだよ~」なんて声が聞こえた気がするけど、折角一緒に来るなら荷物持ちくらいして貰わないとね。
直ぐにスマホに収納しちゃうと、何を買ったのか分からなくなるから。
そうしてナイルと二人、久しぶりに街中を歩いてみると、やはりと言うべきか子供の姿がほとんど無く、大人達も事件の所為かどこかピリピリとした空気を漂わせている。
最初に定期的に来ている行商のおじさんの所へ行くと、荷造りの最中だった。
いつもならば数日滞在するはずなのにどうしたのだろうと話を聞けば、やはり事件の影響で売上が伸びず、今回は早めに次の町へ移る事にしたらしい。
そんなおじさんに蔦豆とペポの種のオツマミをお裾分けすると、かなり気に入った様で早速サパタ村へ向かうと言っていた。
これでまたペポを買うことが出来るし、サパタ村へも様々な品物が運ばれるはず!と、上機嫌でハリルさんの雑貨屋へ向かい、扉に手を伸ばした私の目の前で、その扉が乱暴に内側から開かれた。
「まったく。話にならないッッ!」
バンッと音を立ててハリルさんの雑貨屋から出てきたのは、いつかのカロリーナ信者のキザ髪男、名前は・・・ゲゲッみたいな感じの、なんだっけ?
まぁ、そんな事よりも・・・ナイルが咄嗟に私の身体を後ろに引いてくれなければ、今頃私の顔面は扉に強かに打ち付けられていただろう。
「ねぇ、ちょっと。扉を乱暴に開けるなんて、危ないでしょ」
ナイルも珍しく険しい顔で声を掛けるけれど、ゲゲ・・・はこちらを一瞥もすることもなく、店内に向けて似合いもしない恭しい仕草で頭を下げる。
「カロリーナ様、どうぞ。下賎な者が居りますのでお気を付けて下さい」
下賎な者と言った一瞬だけチラリとこちらを見てニヤリと笑ったゲゲ・・・に促されて、ハリルさんの雑貨屋から出てきたのは、緩やかにウェーブのかかった艶やかな赤茶の髪と、胸元を強調した黒のノースリーブワンピースを完璧に着こなした女。
――――――カロリーナ・スフォルツァ。
久しぶりに見る彼女は、以前出会った時よりも・・・若々しく見えた。
前に見た時は30代後半位かな?と思ったその見た目が、改めて見ると20代かもしれないと思えるほどだ。
まぁ、だからといって何がどう、という事は無いのだけれど、こちらを横目で見てくる彼女の、勝ち誇ったような顔はなんか嫌。
「あら、下賎な者って・・・アナタだったのね。まだこの町に居たなんて、随分と太い神経をしていること」
そう言って嗤う彼女からは、ナガルジュナへ立つ時に見せた焦りや剣幕は微塵も感じられなかったけれど、依然として私への嫌悪は隠しもしていない。
私は34歳。落ち着きのあるいい大人。こんな事で怒ったりしない。―――よし!
「えぇ。ここはとてもいい所ですから。スフォルツァ様もそう思いません?」
「フンッ。まぁでもそうねぇ。アナタにはこの田舎町がお似合いね。王都のような華やかな場所は私にこそ相応しいわ。ねぇ、ゲルルフ」
「仰る通りでございます」
そうだ、ゲルルフ。そんな名前だったわ、この人。
まぁ、そんな事より・・・今の言い様、スフォルツァさんは近々王都へ戻る予定でもあるんだろうか。
「それにしても・・・」
私が平然としていたのが気に食わなかったのが、スフォルツァさんは私の隣に立つナイルを無遠慮に上から下へ、まるで品定めするかの様に眺めると、口元を手で覆って「嫌だ嫌だ」と首を振る。
「野蛮な獣を連れ歩いていたかと思えば、今度は賎しい南方の蛮族かしら?アナタ、顔さえ良ければ、本当に何でもいいのねぇ。これでまだラインヴァルト様にまで媚を売っているのだから、アナタって見境の無い雌犬みたいね?」
はぁ?なにそれ!
野蛮な獣ってコウガの事?コウガほど穏やかで優しい人はいないのよ?獣人だから野蛮だなんて、考えが安直過ぎるでしょ!?
それにナイルだって、普段は軽い態度ばかりで解り難いけど、その所作は上品で洗練されてるの!食べ方とか超綺麗なんだから!南方の蛮族がどんな人かは知らないけれど、人を雌犬とか言う下品な人にだけは言われたくない!!―――――――でも。
――――――すぅぅ・・・はぁぁぁぁ~。
私は大人。落ち着け、冷静になれ。
ここで反論しても面倒なだけ。笑って受け流しとけばいいのよ。
「そうですね。二人とも顔が良いのは認めます。この町の人達にも大人気なんですよ?女の人には当然として、男の人も、大人も子供も、それこそ動物にも」
副音声で「羨ましいだろ!」と聞こえよがしにニッコリと笑えば、スフォルツァさんはギリッと音が聞こえそうな程にこちらを睨み付け、フンッとその場を立ち去って行った。
「プッ!・・・ハハハハッ!姫、流石だね」
「あぁ、あの女には一番効果的だろうな。連れてる男の格で勝負するなら、そりゃこっちの圧勝だろ」
甲斐甲斐しくエスコートしようとするゲルルフの手を叩き落とし、ガツガツと音を立てて歩くスフォルツァさんの後ろ姿を見送りながら、小さくガッツポーズをする。
――――――勝った!!




