新事実
本日の昼食。
まずは冷奴。出来上がったお豆腐に薬味として、セノガという生姜と思しき植物の根をすりおろして乗せ、お醤油をかけただけ。
汁物は、本当はシンプルに豆腐とワカメの味噌汁を作りたかったんだけど、海産物であるワカメや昆布、それに鰹節や煮干が手に入らないから断念。なので豆腐と根菜、赤猪の肉を入れて豚汁風に。
それから、サパタ村で貰ったペポを蒸かして、細かく刻んだ赤猪の肉と味噌、それにセノガと蜂蜜を加えて作った肉味噌をかける。
そして主食は・・・パン。
――――――ご飯が欲しい。切実に。
肉味噌には、豚汁には、ご飯でしょ?
そうは言っても、この世界で水田なんて無理な事は分かっている。
でも、もしかしたらこの世界のどこかにお米に良く似た植物があるかもしれない!と淡い希望も捨てられないのだ。
それから海。海へ行きたい。
地図によるとこの国は内陸に位置する国だから、海まではかなり遠い道のりになるだろう。
でも、無性に海へ行きたい。
元の世界で海沿いに住んでいた訳でもなく、なんなら山の中と言った方がしっくりくる所に住んでいたにも関わらず、だ。
これはやっぱり、昆布や鰹節の出汁が恋しいからだろうか。私って意外とちゃんと日本人だったのね。
まぁそれでも、味付けのレパートリーが増えたのは、多大なる成果と言えるだろう。
この辺りの料理は基本的に塩味で、他には一応ビネガーと少量の蜂蜜が出回っている程度。
ハーブの香りや薬味の風味である程度変化をつけられたとしても、そこにはやっぱり限界がある。
この調子で、あとはマヨネーズとケチャップ、それからウスターソースが作れたらいいんだけど・・・。
マヨネーズは質の良い植物油が手に入れば、作れそうな気がするけれど、ケチャップはトマトが無い。なんなら出回っている野菜がとても少ない。だから、ウスターソースも無理。
――――――野菜が食べたい。これも切実。
「うーん。足りない・・・」
「え、充分だろ。まだ何か作るの?」
昼食をテーブルへ並べながら、ポツリと溢れた呟きは、どうやらトルネに拾われてしまったらしい。
「ううん。その、ほら!もっと沢山、醤油と味噌を錬成しないとって思ってね」
かといって、水不足という原因がはっきりしているのに「野菜が食べたい」なんて我儘は言えるはずもなく慌てて誤魔化すと、トルネは「確かに」と深く頷いた。
「このスープ、すごく良い匂いするもんな。早く食べたい」
「フフッ。じゃあ、食べようか」
食卓には既に皆揃っていて、見たことの無い料理の数々に興味津々といった感じで待機しており、私の言葉を合図に一斉に食べ始める。
「うん!このスープ、やっぱ旨い!」
「オトーフって不思議!ふやってしてる」
「このスープ、色んな味がするのね。美味しくて、スープばかり飲んじゃうわ」
「でも、スープの中のオトーフも美味しいよ。冷たいのと温かいの、両方好き」
「ペポって味気無いと思ってたけど、この肉のソースが良く合うね」
「シーナの国ってやっぱ面白いな」
「――――――ウマイ」
結果としては大好評。
お豆腐はこの世界には無い食感だったから少し心配だったけど、特に女子に人気があった。肉味噌はやはりと言うべきか男子に大ウケで、余った肉味噌をパンに挟んだのが一番人気だった。そりゃ、ご飯に合う物はパンにも合うよね。
そしてシメのデザート。
ここでも蔦豆は大活躍だ。
荒く潰したお豆腐に、蔦豆を煎って作ったきな粉と蜂蜜をかけ、マリルベリーを添えたら出来上がり。本当は黒蜜が欲しい所だけど、蜂蜜でも充分美味しいので良しとしよう。
それから、甘いものが苦手な人には煎った蔦豆とペポの種に塩を少々。ポリポリ食べられる簡単オヤツの完成だ。
「うわぁ・・・これもオトーフ?」
「こんなの、初めて食べた」
「オトーフがシンプルな味だから、どんな味にも良く合うのね」
「ほんと、蔦豆って何にでもなるんだな」
「これはエールが欲しくなるなぁ」
最後のナイルの言葉に、思わずうんうんと頷いてしまう。確かに、煎り蔦豆とペポの種はいいオツマミにもなるだろう――――――そうだッ!!
これをハリルさんと行商のおじさんに差し入れしたら、カリバにも蔦豆とペポを取り寄せてくれるかも。
生の蔦豆は無理でも、乾燥させた豆なら買い付けできるはず。
そんな事を考えている内に、あっという間にデザートを食べ終えたルパちゃんとラペルの満足気な声が聞こえてきた。
「はぁ~、おいしかった」
「うん!それに楽しかった!」
『ありがとう!!』
「どういたしまして」
可愛い妹達の満面の笑みに、お姉さんはメロメロです。可愛い過ぎて、甘やかしてしまいそう・・・。
そうだ、蜂蜜がまだ沢山あるから、今度はプリンを作ってあげようか。あぁ、でもそろそろミルクと卵を買いに行かないと。
二人が余り出掛けられないから、私も外出を控えていたけど、明日にでも一度買い物に行こう。
率先して片付けを始めた妹達の背中を見送り、私はその場にいたコウガとナイルに声を掛けた。
「ねぇ。明日買い物に行ってくるから、その間二人をお願いできる?」
すると、二人はギョッとした顔をして詰めよって来る。
「ねぇ。まさかとは思うけど、一人で買い物に行こうとか思ってないよね?」
「俺も一緒にイク。一人は駄目ダ」
「え?でも、ラペルとルパちゃんを家に残して行くんだもの。心配でしょう?」
コウガとナイルが二人の側に居れば、安心して買い物に行けると思ったのに、何が問題なんだろう?
「姫?姫だって狙われる可能性があるんだよ?分かってる?」
ナイルの諭すような口調に、私は少しだけムッとする。
「私は大丈夫よ。小さな子供じゃないもの」
狙われてるのは十歳前後の女の子でしょう?私が狙われる訳でもあるまいし。なんなら、ナイルよりも私の方がきっと年上なのに。
「子供じゃないって・・・そりゃ姫くらい魔力が高ければ見た目よりも年齢は上かもだけど、それを判断出来る犯人とは限らないでしょ?」
――――――――――――ん?どういう事?
今、魔力が高ければ見た目よりも年齢は上って言った?それ、どういう事?
確かに私は34歳なのに見た目は高校生くらいの姿に戻ってるし、ヒトヨミの鏡でも年齢18歳?になってはいたけど・・・。
「魔力が高いと、若く見えるの?」
私の疑問に、その場にいたナイルとコウガ、それからマリアさんとフェリオが一斉に「え?」と声を漏らす。
「え?何?これってもしかして・・・常識?」
いやいや、そんなはずは。だって、フェリオはそんな事教えてくれなかったよ?
みんなの視線が集まる中、逃げるようにフェリオへ目を向ければ、こちらを凝視していたはずのフェリオの目線がフイ~ッと逸らされる。
あぁ、うん。常識なのね。
「ハハハハハッ!いやいや、魔力量で寿命の長さが変わるって話だよ。魔力がより多い方が寿命が長いし、その分見た目も変わりにくいって、な?」
な?って、フェリオさん。今更そんな丁寧に説明して頂いた所で、取り戻せませんよ?
でも、みんなの手前そこを追及する訳にもいかず、ここでは一応同意しておく。
「うん?うーん。そう、だったかも?」
「そうそう。元々シーナの国は魔力を使わない国だからな。魔力の量で寿命が変わるって、ピンと来なかったんじゃないか?」
「そうね。多少の個人差はあっても、寿命はそこまで変わらなかったし」
話を合わせる為に深く考えずに返事をしていたら、他の面々が感心したような、呆れたような溜め息を吐く。
「姫の国って何者?それって、みんなが姫と同等の魔力を持ってるって事でしょ?」
「でも魔力を使って無いなんて、もったいないわね~」
いや、魔力なんて存在しないし、平均寿命は85歳くらい?だし。
まぁ、世界が変われば寿命の概念も変わってくるって事なのかな・・・。
・・・・・・・・・ん?ちょっと待って。
そうしたら・・・魔力が『湧出』している私の寿命って、どうなるの?




