湖畔の幽霊
「あった!これがリコリスでしょ?」
「そうそう!大せいかーい!」
ルパちゃんとラペルは、森に着くなり楽しそうに採取を始め、そんな妹達を兄達は微笑ましく眺めている。
もちろん、私も微笑ましく眺めてはいるのだけれど、如何せん両腕が妹達と繋がれているから、あっちこっちと連れ回されて大忙しだ。
「向こうの方にはね、鳥の巣があるから卵が採れるのよ!あと、ダンドリオンも咲いてるの!」
「こらラペル、あまり離れすぎるなよ」
ルパちゃんが一緒だからか何時もよりテンション高めなラペルが、ズンズンと森の奥へと進み始めればすかさずトルネが声を掛ける。
「「はーい!」」
なんだかピクニックにでも来ている様な雰囲気だ。この森だって牙狼が出る危険な場所のはずなんだけど・・・。
「大丈夫、この近くには危険な獣は居ないよ」
「あぁ。気配はナイ」
高精度の気配察知能力を持つコウガと、何やら魔法を使って地面から情報を得ているらしいナイルがいれば、全く問題無さそうだ。
いや、頼もしい限りだけど。
そうして楽しく森を歩き回り、カリバ湖の湖畔に沿って歩いていた私の視界の隅に、ふと何かが掠めた様な気がした。
気になって視線を向ければ、対岸の森の中に真っ赤なドレスの裾を靡かせ歩く・・・女性の姿?
その姿を認めた瞬間、ゾワゾワッと悪寒が走る。
私達は割りと気軽に歩いてはいるけれど、この森は本来、こんな風に気軽に歩けるものではない。ましてや、あんなドレス姿の女性が一人で歩く様な所では、決して無いはず。
しかもあの、影を纏ったような存在感はまるで・・・。
『その昔、湖に落とされ・・・命を絶った女性がいた。彼女は夜な夜な湖畔を彷徨歩く・・・道連れにする人間を探す為に』
――――――的な感じの、幽霊、なのでは・・・。
ひぃぃぃぃぃ。怖い事考えちゃった。
私は、その手の話は苦手だ。神社の孫娘の癖にと言われようと関係ない。怖いモノは怖いのだ。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
急に固まって動かなくなった私を心配して、ラペルがチョンチョンと繋がれた手を引く。そこで漸く我に返った私は、ハッとしてラペルの方へと視線を戻す。
「ごめんね。女の人が歩いてたから、気になって」
そうだ。湖畔を歩いていたからって幽霊と決めつけるなんて間違ってる。変な妄想は止めよう。
「ホラ、あっちに・・・赤いドレスの女の人が」
繋がれた手をそのままに、ラペルの手ごと女性の方へと指し示す。けれど既に、その人影はいなくなっていた。
「・・・ねぇちゃん。流石にこの森にドレスで来るようなヤツは居ないよ」
あれ?と首を傾げる私に追い討ちをかけるように、トルネの冷静な一言が飛ぶ。
うん、分かってる。いくら強い人だったとしても、ドレス姿で森なんて歩かない。でもそれを肯定したら、余計にアレが幽霊の可能性が高くなってしまいそうで。
「でも、本当に誰か居たんだよ?木の影に入っちゃったのかな」
不安になって後ろを振り返れば、困った顔のナイルと、難しい顔のコウガ。
「うーん。確かに誰か居る、けど」
「あぁ、ナニかの気配はあル」
私の言葉を肯定してくれたナイルとコウガだったけれど、それは私が望む答えとは少し違っていたようだ。
「ダガ、人かどうかは・・・わからナイ」
「ちょっと嫌な感じがするんだよね」
・・・・・・・・・。
「それってやっぱり・・・幽霊って事デスカ?」
恐怖に耐えきれなくなった私が思わずそう聞くと、みんなの視線が私に集まる。
・・・・・・・・・・。
「ねぇちゃん、幽霊怖いの?」
「シーナ、そんなモノはイナイ」
「ふ~ん。へ~え。面白い事聞いた」
「お姉ちゃん、今日は一緒に寝る?」
「ルパも!手を繋いでてあげる」
みんなに心配されてる。
いや有難いけど、三十過ぎの私が小学生になるかならないかの歳の子に心配されるのはどうだろう。まぁ、一部面白がってるヤツもいたけど。
「だッ・・・大丈夫よ。フェリオも居るし、怖くなんてないよ」
実際には、ずっとニヤニヤしているフェリオは全く役には立たないだろうし、本当はちょっと怖くて夜中に一人でトイレに行けないな・・・とは思っているけれど、ここは大人としての矜持が・・・。
「じゃあ、僕が一緒に寝てあげようか?」
葛藤する私に、ナイルがそう提案してくるけれど、流石にそれは――――――。
「ダメだ」
「駄目に決まってる!」
「だめよ!」
「じゃあルパも!」
一人だけ乗り気の子がいたみたいだけど、私が答える前に却下されたその提案に、ナイルは「えぇ~」なんて残念がってはいるけれど、流石に冗談だと分かっているので、軽く笑って受け流しておく。
「結構本気だったのになぁ~。でも、あっちの方で嫌な感じがしたのは確かだし、今日はそろそろ帰らない?」
受け流された事にガックリと肩を落として見せながら、ナイルはチラリと対岸に目を向け珍しく真面な事を言う。
確かに、正体不明の何かがいるかもしれないし、今日は帰った方が良さそうだ。
子供達を危ない目に遇わせる訳には行かないものね!決して私が怖いからじゃ無いんだけどね!
「そうだね。今日は薬草も沢山採れたし、そろそろ帰ろっか?」
ここまでの採取で傷薬と毒消し薬の材料は十分揃っていて、そろそろ昼時だった事もあり、私達はそこで町へ引き返した。
あの人影の事が気にはなるけれど、それを確かめに行く気にはなれなかったから。
でももしこの時、あの人影の正体を確かめていたなら・・・後に起こる大事件は、防げていたのかもしれない。




