可愛い妹達
カリバの町へ帰ってきてからの数日間は、穏やかに過ぎていた。
ラインさんは、今回の事件の事後処理を済ませると通常の業務へ戻り、ここ数日は会っていない。
ナイル達家族はカリバで家を借り生活を始めたものの、また影憑に狙われる危険があり、そうでなくてもクーデターが起きた自国から逃げて来ている身とのことで、鬼人族であることを伏せ、角を隠しながら暮らしている。
ナイルは私と一緒に暮らしたがったけど、流石にフラメル家にもそうそう空部屋はないので諦めて貰った。
何よりも、そうするとルパちゃんが暫くの間一人きりになってしまうから。
「パパ、気をつけてね。絶対、帰ってきてね?」
「あぁ、もちろん。ルパもナイルやシーナちゃんの言うことをちゃんと聞いて、良い子にしているんだよ」
「うん。良い子にしてる!」
「じゃあ・・・行ってきます」
ある程度生活の基盤が整った頃、ベグィナスさんはカリバを旅立っていった。
目的は、影憑の命令で行商中にバラ撒いたあの白い石、『虹色珊瑚の化石』を一つでも多く回収する為だ。
あれ自体には人を害する力は無いだろう事は分かっているけれど、影憑がそうしろと言ったからには何か思惑があるはずだ。
なによりあの白い石が青く変色し、それに影憑が手を加えることで、善くないモノが出来上がる事が推察されるのだから、放っておけない。
ベグィナスさん達親子は、サパタ村を出発した後、三つ程村や町を経由してカリバに到着したと言う。
その中で品物を買ってくれた人達に、オマケとして白い石を渡していたらしい。とは言え、本当に只の白い石にしか見えないから、断られる事も少なくは無く、基本的には人の多く集まる場所へ置いて来るなどして、その数を減らしていたのだとか。
半月程で帰ってくる予定だけれど、影憑と遭遇する危険もあるし、それが無くとも前回の飛蟻の事もあるから、ルパちゃんの心配は尽きないのだろう。
「大丈夫。ベグィナスさんには魔法薬を沢山持たせたから。私の薬の効果はルパちゃんも知ってるでしょう?」
少しでも不安を和らげようとルパちゃんと手を繋ぎながら、ドーンと胸を張って自信満々に言い切る私に、ルパちゃんも少しだけど表情を明るくしてくれた。
「うん。ナイル兄様ほどじゃ無いけど、パパも強いのよ。姉様の薬があれば絶対だいじょうぶね」
それは自分に言い聞かせている様だった。
こんな小さな子が叔父さんが一緒とはいえ親と離れて暮らすのだ。不安が無い訳は無い。
「そうそう。それじゃ、お父さんが居ない間、ルパちゃんも頑張ろうね」
「うん!お父さんが帰って来たら、びっくりさせるんだもんね!」
ルパちゃんは将来、薬師になりたいらしい。
フラメル氏のお陰でカリバでは割りと普通に使われているが、もともと魔法薬は錬金術師が希少な為に高級品であり、一般的な人達は普通に魔法薬を使うなんて事はしない。
だから、薬草から様々な薬を作り出す薬師ももちろん存在している。
更に言うと、鬼人族は魔法を使える人は多いけれど、錬金術師は人族よりも更に少なく、魔法薬は超高級品で手に入れる事すら困難な事が多いという。
ルパちゃんはお父さんを毒で失いそうになった経験からか、カリバに着いてからはフラメル氏の工房で薬草の本を熱心に読んでいた。
それを見ていたトルネが、通常の薬師のレシピの書かれた本をルパちゃんに紹介し、明確に薬師を目指すようになったみたい。
ナイルはそれを聞いて何故かとても驚いて、凄く微妙な表情をしていたけれど、協力はしてくれるようだ。
因みに、この事はまだベグィナスさんには内緒だ。
ベグィナスさんが帰ってくるまでに、傷薬と毒消し薬を作れるようになって、手作りの薬をプレゼントする予定。
娘の手作りの薬なら、私の魔法薬よりも効果があるだろう。主に精神的な部分で。
それに、ある程度技術を身に付けていれば、ベグィナスさんも簡単に駄目とは言えないんじゃないかっていう策略でもある。
ナイルの反応を見る限り、反対される可能性もゼロではないからね。
そういう訳で、まずは材料の採取からだ!と森へ行くことを計画して今に至っている。
「ねぇ、姉様。今日は森へは行かないの?」
「ねぇ、お姉ちゃん。今日は森に行くでしょう?」
朝早く出掛けたベグィナスさんを見送り、ルパちゃんとナイルも一緒にフラメル家で朝食を摂った後、ルパちゃんとラペルにキラキラと期待に満ちた顔で見上げられた私は、思わずフニャッとだらしなく顔を緩ませた。
ううん。この二人・・・可愛い。
「そうだね。そしたら三人にお願いに行こっか!」
三人とはもちろん、トルネとコウガ、それからナイルの事だ。
森に詳しいトルネは絶対として、コウガとナイル、どちらかだけでも護衛として必ず一人は必要だ。可愛い二人を危険な目には遇わせられないからね。
三人を探して工房を覗くと、コウガとナイルが並び立ち、何故かトルネはテーブルの上に立っていた。
「やっぱコウ兄の方がちょっとデカイよ」
「そうカ」
「えぇ~。負けちゃった?」
「って言っても、二人ともデカイ事には変わりなけどね。何食べたらそんな大きくなるんだ?」
どうやらコウガとナイル、どちらの背が高いのか比べていたみたいだ。
確かに、二メートルはありそうなコウガに対して、ナイルも引けを取らない程の高身長。
ついでに、二人と並ぶと少し小さく見えるラインさんも、私との身長差を考えれば軽く180cmはありそう。
トルネもやっぱり男の子と言うべきか、身長は気になる所らしい。
それはさておき。さぁ、少女達よ。お願い攻撃を繰り出すのだ!
ルパちゃんとラペルが可愛くお願いすれば、絶対断られる事なんてないわ!
「姉様も一緒にお願いしてくれる?」
と、その前に私にお願い攻撃がクリーンヒットしました。
うーん。私は居なくていいんじゃないかな?
むしろ可愛い二人の前では邪魔なのでは・・・・・・・。
「お姉ちゃん、お願い」
・・・・・・ぐぅ。
攻撃に負けた私は、ルパちゃんとラペルと一緒に工房内へ踏み込むと、三人並んで同じ高さにある顔を、此方も三人並んで見上げる。
そして何故か私を真ん中にして両サイドに陣取った二人の少女が、促すように私を見上げた。
いやいや、上目遣いで見上げなきゃいけないのは目の前の三人だからね?私に攻撃クリーンヒットさせてる場合じゃないのよ?
「ねぇちゃん、どうしたの?」
トルネに問われた私は仕方なく、目の前三人へと視線を戻して用件を伝える。
「ちょっとお願いがあって。これからみんなで森に行きたいんだけど・・・一緒に行ってくれる?」
なぜ可愛い二人を差し置いて私がお願いを・・・とか考えてちょっと恥ずかしく思いながらお願いすれば・・・顔面に何かがクリーンヒットしたように顔を覆う三人の姿。
しかも、心なしか覆われた顔面が赤く、若干プルプルしている気がする。
もしかして・・・笑いを堪えてるとか!?
いやいや、そんな可笑しな事は言っていないはず。え?言ってないよね?
「・・・やっぱデカイって良いな・・・」
「・・・・・・」
「いや~・・・姫の上目遣い、破壊力あり過ぎ」
「え?」
「ううん。なんでも無い。もちろん一緒に行くよ」
「ああ。問題ナイ」
「僕も。姫に頼られたら、断れないよねぇ」
何やら言葉を詰まらせたり、小声で何事かを呟いた三人は、それでも私達の望む答えをくれた。
「ルパちゃん、やったね!」
「作戦通りだね、ラペルちゃん!」
「オマエ達、なかなかやるな」
そんな私の両脇で、悪戯が成功したような表情のラペルとルパちゃんに、フェリオが感心したようにニヤリと笑う。
「え?どういう事?」
首を傾げる私に、二人は満面の笑みを浮かべる。
「兄様達に」
「お兄ちゃん達に」
「「日頃の恩返し!」」
――――――???




