偶然
グローニアはあのまま拘束され、私の証言を折り込んだ上で、再び取り調べを受け処罰が決定されることになった。
この世界の法に詳しくない私では、彼女がこれからどんな生活を送る事になるのか分からないけれど、力なく項垂れたあの様子なら、もう同じ過ちを繰り返す事は無いだろう。
それにしても、錬金術師と妖精を保護する目的の罰則があるという事は、私達はそれだけ狙われ易いという事。
その事を今回、身に染みて感じた。
こんな事態は二度とごめんだ。これからはより一層気を付けなければ。
まぁ、こんな事を考えられるのも、今のこの穏やかな光景があってこそなんだけど・・・。
目の前で、用意したパンとスープにパクつく面々を微笑ましく思いながら、身体からフッと力が抜けて『もう大丈夫』と自然と思える。この光景が。
「すごいの!このパンふかふかですっごくおいしい!」
「本当に。パンだけでも、ずっと食べていられそうだ」
「スープも凄いね。こんな滑らなスープ、初めて食べるよ」
ルパちゃんとベグィナスさん、それとナイルは私の錬成した食事を初めて食べるから反応が凄く良いし、コウガに至っては無心で食べ続けてるけど、尻尾が機嫌良さそうにユラユラ揺れている。
極めつけは、口の周りをベショベショにしながらも、美味しそうにスープを舐めるフェリオ。
うぅん・・・癒される。
そうして用意したスープひと鍋が底をつき、紅茶でほっと一息ついた頃、別室で取り調べと調査を行っていたラインさん達が食堂へとやって来た。
「お疲れ様です。食事にしますか?」
騎士団の人達は先にこの屋敷の使用人達の事情聴取を行っていた為、まだ食事を摂っていないのだ。
ちなみに、ナイル達の事情聴取はナミブーが消滅した経緯も含めて、私が朝食を作っている間に終わったらしい。だから皆揃って二階に居たのか。
「あぁぁぁ!!スープが無いッ!」
そうして漸く食事の時間となった空腹のディックさんが、空の鍋を見て悲痛な叫びを上げるのも無理はないんだけど・・・安心してください。もうひと鍋あります。
「ラインさん。少し村の方に行きたいんですが、いいですか?」
新たなスープを用意してから、大量のパンが詰まった籠を持って訊ねれば、ラインさんにも意図が伝わったのか、「もちろん」と返事をくれる。
「シーナさんには一通りお話を伺ったので、問題ありませんよ。それと、この屋敷にある食料は村の人達に分配される事になりますので、その事をどなたかに伝えて頂けますか?」
「わかりました!ありがとうございますッ」
小麦や干肉、卵にミルク。様々な食材がこの屋敷の厨房にはストックされている。
皆で分けたら大した量にはならないかもしれないけれど、それでもパン一つ食べられなかった人達にしたら、大切な食料だろう。
エリーちゃんとトリアちゃんもきっと喜ぶはず。早く知らせてあげよう!
「あぁ。でも一人で行ってはいけませんよ」
ちょっとそこまで、とは思うものの、今回の事を思えば確かに一人で行くのは気が引ける。ラインさんはまだ食事を済ませていないし、昨日謝罪をしたとはいえ、ナイルを連れて行けば怖がる人もいるかもしれない・・・。
「じゃあ・・・コウガ、お願い」
「ああ」
「・・・・・・はぁ」
・・・何?このコウガ以外から放たれる、残念そうなオーラは。そして何故。コウガはそんな得意気な顔をしているの?
「・・・では、気を付けて行って下さい」
その場の空気に首を傾げながらも、パンの籠を手に村の中心へと向かう。まぁ、籠を持っているのはコウガだけどね。
村の中心。即ち井戸の回りには既に沢山の人が集まっていた。いや、昨日の夜からずっといるのかも・・・。
井戸の復活が相当嬉しいのだろう、せっせと畑に水を撒く人も、汚れた衣服を洗濯している人も、何処か楽しそうだ。
――――――ドンッ!
村の様子を微笑ましく眺めていた私の背後に、突如として強い衝撃が襲う。
何事かと振り返った私の足にしがみつくのは―――。
「エリーちゃん?」
「そんちょーさんに馬車借りられなかったの?まだ帰らない?」
どこか嬉しそうに見上げてくるエリーちゃんに苦笑しながら、よしよしと頭を撫でる。
「うぅん。今日帰るよ。村長さんの所でパンいっぱい作ったから、お裾分けして行こうと思って」
コウガから籠を受け取り、エリーちゃんとその後でコウガに見惚れていたトリアちゃんに差し出す。
「ふわぁぁぁぁ!パンがいっぱい!」
「うわぁ・・・美味しそう」
昨日に引き続きパンの威力は絶大で、一瞬にして二人の興味はパンの詰まった籠へと移る。
「皆で分けて食べてね」
「うん!わかった」
「それで、ゴビさん・・・お父さんと少しお話したいんだけど―――」
「私、呼んでくる!」
トリアちゃんは私が言い終わる前に踵を返し、ゴビさんの腕を引っ張ってあっという間に連れてきてくれた。
「トリアちゃんありがとう。そうしたら、二人でこれをみんなに配ってきてくれる?」
そんなトリアちゃんとエリーちゃんにパンの籠を託し、然り気無くその場から遠ざけ、まだ息切れしているゴビさんへと視線を向ける。
「大丈夫ですか?」
「ああ!それよりシーナちゃん、本当に無事で良かった!―――今日はどうしたね?」
「ゴビさんこそ、昨晩の地盤崩落は大丈夫でしたか?怪我をした人が居たと聞きましたが」
ナイルから、私と話していた人が地面崩落の巻き添えを受けたと聞いていた私は、怪我の有無を確認しながらゴビさんと向き合う。
「あぁ。アレには驚いたが怪我一つしてねぇよ。ちょっと足挫いたやつもおったが、あの鬼の兄ちゃんがすぐに穴を元に戻してくれてな、悪化もせんとすぐ手当てできたもんで、朝から畑に行っちまったよ」
ガハハと笑うゴビさんは、昨日とは別人の様に明るい。きっと、これが彼の本来の姿なんだろうな。
「大事にならなくて良かったです。それで、村長の件ですが・・・」
私は事の顛末とナミブーの最後を、全て包み隠さずゴビさんに伝えた。影憑の話は不安を煽るだけかもしれないけれど、ラインさんにも事前に了承は得ているし、何よりこの村の人が誰も真実を知らないのは、違うと思ったから。
とは言え全てを聞いた上で、他の人達にもこの話を伝えるかどうかは、ゴビさんに判断を委ねる事になるけれど。
「――――――そうか」
「大丈夫、ですか?」
「・・・正直、話がでか過ぎて着いて行けてねぇ。影憑なんぞ、初めて聞いたしな。でも、あの白い石が危ねぇもんなら、あの洞窟はさっさと塞いじまう事にしよう――――――それにしても村長が・・・そうか、村長が・・・」
昨日、事の経緯を話した時には、「村長を取っ捕まえて一発ぶん殴る」と豪語していたゴビさんは、複雑な表情でそう呟いた。
それは憎い相手へ向けるものではなく、知っている人間が死んでしまった事への驚きや悲しみ、それと憐れみの感情。
「そうだ!それで、村長邸にあった食料なんですが――――――」
場の雰囲気がしんみりとしてしまったので、少しでも和ませようと大袈裟なくらい明るい声で食料の分配について伝えれば、ゴビさんも同じ様に大袈裟なくらい喜んでくれた。
「そりゃあ助かる。これからは農作業に専念出来るし、食いもんも取られん。なにより今朝は随分と久しぶりに雨も降って・・・こりゃぁ、シーナちゃんは幸運の女神かもしれんなぁ」
「・・・そんな、たまたま偶然ですよー。アハハハハー・・・」
雨・・・ソウデスネ。雨に関して言えば私の所為デス。でも、アレは感謝されると逆に恥ずかしいのでヤメテ下さい。
でも、今回は本当に沢山の偶然が重なって、良い方向に向かったと思う。
それはまるで、誰かがそう仕向けたかのような、奇跡的な偶然で。




