誓いの輪②
村長邸の使用人達はまだ調べが終わっていない手前、一部屋に纏めて拘束されていた。
とは言え、彼等もまたナミブーに脅されたり、呪いの魔道具で言うことを聞かされていた人ばかりなので、調べが済めば解放されるだろう。
そんな彼等の元へ突撃し、恐れられながらも呪いの魔道具を分解すれば、最終的には拘束された状態のまま泣いて感謝されるという、嬉しくも気まずい体験をして部屋を後にした。
そして今は、村長邸の台所で朝食準備の真っ最中。
「この辺りに小麦粉があるって言ってたよね・・・」
台所を漁りながら、必要な材料を集めていく。もちろん、台所の使用許可も、食材の使用許可も、しっかり取得済みだ。まぁ、拘束されている人に聞いたんだから、駄目とは言えなかっただけかもしれないけれど。
「小麦粉あった!おッ、卵も発見!ミルクも・・・」
エリーちゃんもトリアちゃんも、あんなに痩せて、パン一つに眼を輝かせてたっていうのに・・・ナミブーは一人だけこんな贅沢をして、何が楽しかったんだろう。
もう居ない人に憤りを感じても仕方無いと理解はしていても、だからと言って何も思わないなんて無理な話だ。
それから私は大量に保管された材料を使い、ペポのポタージュスープと大量のパンを錬成した。
本当はポタージュスープくらいは普通に調理したかったんだけど・・・如何せんこの屋敷の台所は、薪で火を起こさなければ使えない仕様。こんな立派な屋敷でも、そうそう魔道コンロなんて置いて無いらしい。フラメル家の凄さを改めて実感した。
そんなこんなで朝食作りも短時間で終わり、皆で食べようと応接間へと戻る途中の玄関に、コンコンッとノッカーの音が響く。
その音を聞き付けたのか、何故か二階から登場したラインさんが扉を開け、見慣れた騎士が姿を見せる。
前会った時よりも少しだけ伸びた赤茶色の短髪の騎士、カリバのディックさんだ。
「只今到着致しました。それで、シーナちゃんは?」
「無事ですよ。ほら」
「――――――よかったぁ・・・あッ!すみません、任務中でした」
私の姿を認めて座り込んだディックさんは、次の瞬間にはシャキッと立ち上がり、恥ずかしそうに頭を掻く。
「ディックさん!心配掛けてしまってごめんなさい。お疲れ様です」
「いや、シーナちゃんが無事で良かった。それで鬼っては――――」
「ちょっと、触らないでよ!ライン様はどこなの!?」
私とディックさんの和やかな再会は、女性のヒステリックな声によって遮られた。
その声を聞いたディックさんが疲れたようにため息を吐く。
「あの女、馬車の中でも終始あの調子で・・・自分が処罰されると分かっていないんでしょうか?」
ワァワァ喚きながら屋敷へと連れられてくるグローニアは、拘束こそされていないけれど、その両脇を騎士二人によって固められていた。
「あ!アナタは・・・私の代わりに鬼に連れ去られたんじゃ無かったの?」
そんなグローニアは、私の顔を見るなり驚いた様にそう溢す。やっぱり、この時期に私がサパタ村にやって来たら、グローニアの身代わりにされる事を予想していたんだろう。
「それにその妖精、ソレは私のよ!なんでアナタの所に居るのよ」
両脇の騎士に止められなければ、今にもフェリオに手を伸ばそうとするグローニアに、私は今度こそしっかりとフェリオを腕に抱き、強い口調で言い返した。
「―――ッッフェリオは私のパートナーであって、貴女のパートナーじゃない」
「そんなのどうでもいいのよ。私の方が錬金術師の才能があるんだから、世の中の為にも私が使った方が良いに決まってるでしょう?」
全く、その自信はどこから来るんだ。
それに“ソレ”とか“使う”とか・・・人のパートナーを道具みたいに。
文句の一つも言ってやろうとグローニアを睨み付けたけれど、いつの間にか彼女の視線は私を通り越して一点を見つめ、恐怖と驚愕に見開かれていた。
「なん、で?なんでここに鬼がいるのよ!?」
グローニアの視線の先には、コウガと共に二階からやって来たナイルの横顔。長い髪で顔は見えていないけれど、見事な銀髪がその存在を明確にしている。
「アイツが鬼よ!早くやっつけて!」
一人で騒ぐグローニアを尻目に、他の騎士達は全く動じる気配がない。ラインさんがその存在を認めている事を理解しているんだろう。
「どうして誰も動かないの?アイツはッッ――――」
けれどグローニアの金切声は、ナイルが正面を向いた瞬間にピタッと止まった。
まぁ、妙に色気のある笑顔を浮かべながらこちらへやって来るナイルを見てしまえば、そうなるのも無理は無い。
「女の子の声が聞こえると思ったら、君はこの村の子だよね?確か・・・僕の花嫁になる予定だった子」
極上の微笑みを向けられたグローニアは、さっきまでの剣幕はどこへやら、モジモジと恥じらう仕草でナイルへ上目遣いの視線を送る。
「えっと・・・貴方が、あの鬼なんですか?」
「うん。サパタ村の人には本当に迷惑を掛けてしまって、申し訳なく思ってるよ。それなのに、とても素敵な花嫁まで用意して貰って、僕はなんて幸運なんだろうね」
ナイルは意味ありげにニコリと笑い、そんなナイルを見たグローニアは嬉しそうに顔を輝かせる。
「そんな・・・まさか鬼の面の下が、こんなカッコイイ人だったなんて知らなくて。私も貴方の花嫁になれるなら、喜んで―――」
けれどその瞬間、ナイルの腕が私の腰に回され、グイッと引き寄せられたかと思えば、ナイルはさも愛おしそうに私に視線を落とす。
「本当にありがとう。君が花嫁になるのを拒んで逃げてくれたお陰で、僕はこうして素敵な花嫁に出逢う事が出来たよ」
「「は?」」
しまった。私まで「は?」って言っちゃった。これはきっと、ナイルが気を利かせてくれてるに違いない。
だってあのグローニアの悔しそうな顔ったら・・・。
しかもそこに畳み掛けるかの様に、ナイルの腕から私を引き剥がしたコウガが、私を後ろから抱き締め、お揃いの腕輪を見せつけながらニヤリと笑う。
「いつオマエのヨメになった。シーナはオレのだ」
ちょっと!今それは関係無いでしょ!?
「それってもしかして、誓いの輪?ズルいなぁ。じゃあ、僕のも―――」
急に足元に跪いたナイルに足首を取られ、シャラッとした感触にギョッとして足を上げれば、そこにはシャラシャラと揺れる飾りと深紅の石が嵌め込まれたアンクレットが・・・。
―――――――――え?
ふと見れば、ナイルの足首にも同じデザインのアンクレット。
―――――――――――は?
「これで僕の伴侶の誓いも姫のものだよ!」
「――――――ナッ!?」
満足そうにニッコリ笑うナイルと、そのナイルに鋭い視線を向けるコウガ。そんな二人に挟まれて・・・呆ける私。
いや、呆けてる場合じゃない。これもきっとナイルの作戦のうちなんだから。もしコレが誓いの輪と同じ魔道具だったとしても、後で外せば問題ない。落ち着け、いや、落ち着こう。
けれど私が建て直すよりも早く、ずっと放って置かれ、存在を忘れ去られたグローニアが真っ赤な顔で怒鳴り散らす。
「――――――なんなのよ、さっきから!みんなして、その女のどこが良いっていうの?ちょっと顔が良いからって、茶色の眼じゃ大した錬金術師にならないのよ?私の方が良いでしょう?―――ちょっと、痛い!腕を掴まないで!何するの?」
今度こそガッチリと両脇からホールドされたグローニアに、ラインさんが微笑みを向ける。
とは言えその眼は全然笑っていない。どうやら相当お怒りの様子だ。
「錬金術師というのは、妖精をその卵から孵した者のみがなれる特別な職業です。ですから、他人の妖精を拐い錬金術を行使しようとした所で、使えるわけでは無いんですよ。そして更に、錬金術師とそのパートナーは希少で貴重な存在であるので、相応の事由が無い限りこの者達を拐ったり、害したりした者は王国法によって厳罰に処される事となっています。現在貴女は、妖精の誘拐と錬金術師へ危害を加えた罪に問われている状況なのですよ。その上でまだ、彼女に・・・シーナさんに危害を加えますか?」
ラインさんの淡々とした説明に、次第に顔色を悪くしガタガタと震え始めたグローニアは、終には立っていられずにガクリと膝から崩れ落ちた。
「そん、な。私が、犯罪者?処罰?ウソよ、そんな訳無いわ・・・」
彼女はきっと、ちゃんとした知識を持たずに錬金術師を目指していたんだろう。
ここまで来るとちょっと可哀想な気がしなくも無いけれど、しっかりと反省して他人に迷惑を掛けずに生きていって欲しい。
それにしても・・・久しぶりに黒いラインさんを見てしまった。未だにちょっと不機嫌そうな顔してるし、珍しいな。
まぁ、取り敢えず今はこの状況(後ろからコウガ、真横にナイル)から抜け出して、朝食の準備をしなければ。ついでにこのちょっと重苦しい空気も何とかしたい。
「じゃあ・・・みんな集まった所で朝食にしよう?」
歩く度にシャラシャラ鳴るアンクレットに違和感を感じながらも、この場で外しては折角のナイルの演技が台無しだからと我慢する。
そんな私の腕の中で、フェリオが堪えきれないと言わんばかりにクククッと笑い声を溢す。
「ラインはまた先を越されたな。あの不機嫌そうな顔・・・ククッ」
「え?何か言った?」
「いや?真面目過ぎるのも大変だなってな」
――――――???




