ジワジワ満ちる
村長邸の応接間へ戻り、ソファーへ腰を下ろしたラインさんに、そう言えば・・・とフェリオが声を上げた。
「他の騎士はどうしたんだ?あの女も連れて来てるんだろう?」
あの女って・・・あぁ!グローニアの事か。
ラインさんは、他の騎士とグローニアを連れてサパタ村に来たんだっけ?
「他の者は村の外で待機していますが、もう暫くしたら此方へ来るよう合図を送ってあります。まだ朝早いので、村の人達に迷惑が掛かるといけませんから」
「なるほどな。後は、凶悪な鬼に騎士が来たことをなるべく悟られない為、か」
「――――――えぇ、まぁ。その必要は無かったようですが」
ラインさんはナイルの方へチラリと視線を向けると、少し困ったように苦笑する。
確かラインさんは人の善悪が何となく分かるって言っていたから、きっとそのお陰でナイルの事もすんなり受け入れてくれたんだろう。
「ですが、そうなると状況が掴めません。サパタ村の彼女は、村の現状については嘘を話している様には感じませんでしたし。―――あぁ、それから、シーナさんがこの村に来た経緯とその後の事に関しても教えて下さい。フェリオから大体の事情は聞いていますが、シーナさんからもお話を伺っておきたいので」
話し始めたラインさんは、いつの間にか騎士の顔をしていた。
だから私も、ラインさんに会えた事で緩んだ気持ちをもう一度引き締め直す。
「それなら、私から先に―――――」
ラインさんに危機感が無いと怒られたことがある私は、こんな事になった原因を話すのが気まずくて、思わず眼を伏せながら話し始めた。
「――――――それで、私はそのまま村長に襲われそうになったんだけど・・・って、コウガ?ラインさんも。どうしたんですか?」
サパタ村での出来事を簡潔に説明している最中、隣に座っていたコウガから物凄く不機嫌なオーラを感じて、伏せていた目線を上げると、珍しくラインさんも険しい表情を見せていた。
「・・・襲ワレタ?聞いてナイ」
「娶る、ですか・・・」
えぇッ!?なんか二人の魔力がザワザワしてる!なんて言うか・・・殺気立ってない?
え?二人とも怒ってる?でも今回のは不可抗力でしょ?私から危険に飛び込んだわけじゃ無いし、最終的にはこうして無事だったわけで・・・。
「だッ・・・大丈夫だったよ?その後すぐにナイルが助けてくれたから!そうだよね?ね?ナイル」
「まぁね。でも、姫はもうちょっと色々気を付けた方がいいかな?」
――――――裏切られたーッッ!!
まさかの裏切りにナイルを凝視すれば、ニコニコと喰えない笑顔が返ってくるだけ。
追い詰められた私は・・・逃げる事にした。
「―――そうだ!私はこの屋敷の人達の呪いの魔道具を分解して取ってあげなきゃいけないんだったー!この続きはソコにいるナイルに聞いて下さい。では、では・・・」
棒読みの台詞でなんとかそれらしい事を口にしながら、この居たたまれない空気を抜け出す為に席を立とうとする私に、ラインさんは苦渋に満ちた面持ちで首を横に振る。
「いえ。シーナさんは何も悪くはありません。護衛すると言いながら森で貴女から目を離したのは私のミスですから。頼りにならない騎士で申し訳ありません」
――――――うッ。逃げようとした手前、真面目に返されると罪悪感が・・・。そもそも、私の油断が招いた事で、ラインさんの所為じゃ無いのに。
「そんな事ないです!私がもっと気を付けてれば良かったんです。それに・・・村の人から鬼の話を聞いた時、ラインさんならきっと何とかしてくれるだろうって思ったんです。だからカリバに戻ったら相談してみようって。むしろ頼り過ぎですよね。騎士団にだって管轄があるでしょうし、他の地域の事までどうにかしてくれなんて、迷惑な話でしか無いのは分かってたんですけど、私にはラインさんしか頭に浮かばなくて」
私は、騎士という職業がどんなものなのかよく知らない。それでも、ラインさんが頼りにならないなんて微塵も思った事はない。それなのにそんな風に思って欲しくなくて、捲し立てるように早口で言い切る。
するとラインさんの表情が少し和らいで、困ったような、でも嬉しそうな、そんな笑みを浮かべた。
「もちろん。どんな事でも頼って頂いて構いませんよ。前にも言った通り、騎士は頼られるのが好きですから」
そんなラインさんの様子に安心していると、横から手首をギュッと掴まれて振り返れば、コウガが耳をペタンと伏せて私を覗き込んでいた。
「オレは?」
その悲しげな表情に、先程の自分の言動に語弊があることに気が付く。
「もちろん、コウガも頼りにしてる。・・・こんな事になって、早くカリバに帰らなきゃって焦ったし、実際帰ろうと努力もしてたんだけど・・・心のどっかで思ってたんだ。コウガなら、フェリオと一緒に迎えに来てくれるんじゃないかって。でも、そんな風に甘えてばかりもいられないし、本当はもっと私がしっかりしなきゃいけないんだけどね」
「シーナは・・・モット甘えてイイ。俺は甘やかしタイ」
私の言葉に、コウガは少し照れたようにフワッと笑った。
―――――んんんんんッッ。
二人に責任を感じて欲しくなくて、思った事を正直に話したけど・・・なんか、恥ずかしくなってきたッ。
ベクィナスさんの視線がなんだか生暖かいし、ルパちゃんは両手で口元を押さえて眼をキラキラさせてるし、ナイルはヤレヤレって感じて肩を竦めてるし・・・これはこれで居たたまれない。
「じゃあ、本当にッ使用人の人達の所に行ってくるね!後はよろしく!」
全体的にフワフワした生温かい空気に支配された応接間を抜け出すべく、私は今度こそシュタッとソファーから立ち上がると、そのまま早足で部屋を出る。
この空気はなんかマズイ。
妙にソワソワして、気を抜くとまた魔力が弾けそうになる。
何時もみたいに急激にドキドキしたわけでも無いのに、ジワジワと魔力が膨らんでいくのが分かる。
あのまま居たら、応接間を水浸しにする所だった。
廊下に出て、フウッとため息を漏らした私は、言葉通りこの屋敷の使用人達が纏めて拘束されている部屋へと向かう。
「クククッ。シーナは旦那達の扱いが上手いな」
「なッ!?扱いって何よ?そんなんじゃ無いし、そもそも旦那じゃ無いし!って言うか、さっきの旦那候補の話だけど、トルネは――――」
まぁ、フェリオが凄く楽しそうに笑ってるから、心が休まる事は無さそうだけどね!




