白い石
井戸から出てきたあの石は、あの後どうしたんだっけ?
見付けてすぐにゴビさんに話し掛けられて、事の経緯を説明して、その場を去る時には・・・無かったような?
今になって漸くその事に気が付いた私は、慌ててナイルを見る。すると、そんな私とナイルを交互に見ながら、ベグィナスさんがナイルへ問い掛けた。
「気になること?」
「うん。村の井戸を直した時に、大量の白い石が中から出てきたんだよね。中には青い石も混ざってた」
「白い石って・・・あの、白い石かい?」
「そう。あの、なんでもないただの石。でも、その中に混ざってた青い石は、なんていうか・・・嫌な感じがしたんだ」
確かに、私もあの青い石に触れた瞬間、憤りや悲しみ、それと・・・何かに突き動かされるような衝動を感じて、胸が詰まった。
「それで、その石はどうしたの?」
それは私も知りたい。
すっかり忘れていた自分もどうかと思うけど、あの状況じゃ仕方無かったとして欲しい。
「うん。村の人達が集まって来てて時間も無かったから、取り敢えず地中に埋めておいたよ。なんとなく、人が触ない方がいい気がしたから」
・・・いつの間に。そんな配慮、私はちっとも思い付かなかった。
それにしても・・・ナイルは大地に干渉する魔法が得意なのかな。あの短時間で地中に埋めるなんて、魔法でなきゃ無理だしね。
「じゃあ、早めに回収した方がいいんじゃないかい?」
私が反省と感心に気を取られている間に、ベグィナスさんとナイルの会話は進む。
「まだ村の人達が井戸の回りに集まってたから、もう少し後の方が―――――」
――――――ドォォン。
ナイルが話している最中、耳をピクッとさせたコウガがむくりと起き上がったと同時に、低い地響きと共に、僅かな振動が伝わってくる。
「――――――まさかッ!?」
ビクッと肩を震わせて、地震かと辺りを見回す私とは違い、ナイルは何かに気付いたのかガタッとソファから勢い良く立ち上がると、そのまま応接間を飛び出して行ってしまう。
後を追うべきかと立ち上がった私の前には、コウガが立ち塞がり辺りを警戒している。
一体、なにが起きたの?ナイルは何処へ行ったの?
けれど、私がオロオロしている間に、悔しげな顔をしてナイルは戻ってきた。
「やられたよ。地面ごと全部持っていかれた」
「え?何を」
「青い石。地中に埋めてあった石がごっそり無くなってた」
誰がッ・・・て、そんな事するのも、出来るのも、きっとあの影憑だけだ。
「やっぱりアイツが?」
「うん。村の人に聞いたら、黒いフードを被った奴がいきなり現れて、地面に手を当てた瞬間に地面が陥没したらしい。何人か穴に落ちてたけど、擦り傷程度で大事にはなってないよ」
「そう・・・不幸中の幸いってところだね」
ナイルの報告を聞き、村の人に被害が無かった事にホッとしたものの、これでまた影憑の目的を探る手掛かりが無くなってしまった事になる。
「まったく。まさかアイツが影憑だったなんて。もっと深く埋めとくんだったよ・・・まてよ?もしかしたら、アレも?」
渋い顔をして頭をワシワシと掻き乱していたナイルは、何か思い付いたらしくパッと身を翻すと、再び応接間を飛び出して行ってしまった。
かと思えば、今度はすぐに戻って来る。
なんとも忙しない。
「あったよ。青い石!」
そう言った彼が手に持っているのは、鬼の面。
「それが?」
思わずそう聞いてしまった私に、ナイルは自信満々に頷いて見せる。
「この、内側に塗ってある青い塗料。これ多分、あの青い石の粉末を塗ったものだよ」
裏返して見せてくれた面の内側は、確かに青く塗られている。
「そう言えば、そのお面、善くないモノだって言ってよね」
「うん。あの青い石に触れた時、この面を被った時と同じ様な感覚に襲われたんだ」
「同じ様な?」
あの、胸が詰まるような悲しさや衝動の事だろうか?
「なんていうか・・・自分のやりたい事が明確になるような、突き動かされるような?」
それは、私の感じたものと同じ様で、少し違う感覚だった。
言葉だけ聞けば、やりたい事が明確になるっていうのは、決して悪い事ではない。
それがどうして善くないモノだと思ったんだろう?
「分からない?・・・そうだなぁ。言い方を変えれば、それしか見えなくなるって感じかな?もっと言えば、自分の欲望に支配される感じ?」
それは、グレゴール司祭が語った感覚に似ていた。
人の思いが、願いが強くなり、それに支配される。そんな感覚に。
「やっぱり、同じモノかもしれないな。シーナ、ソレで調べられるか」
フェリオも同じ様に考えていたらしく、コウガの背の上でウームと唸りながら、私のポーチを指、いや肉球で指す。
ポーチの中には魔道スマホ。
確かに、スマホの機能を使えば、ある程度の事は分かるだろう。
でも、そんな善くないモノをスマホに入れたら、壊れたりしないだろうか?そもそも、この怖過ぎる鬼の面を収納するのは・・・。
―――――まぁ、そんな事言ってる場合じゃ無いんだけどね!
「・・・やってみる。ナイル、そのお面貸してもらえる?」
「いいけど、気を付けてね」
「うん。ありがとう」
私はポーチからスマホを取り出し、鬼の面に手を翳してスマホへ収納する。
驚くナイルとベグィナスさんへの説明は一旦後回しにさせて貰って――――スマホに表示された情報を確認する。
『鬼の木面』
製作者:不明
素材:カシ木、朱苔、皮金
虹色珊瑚の化石粉末、魔石粉末
特性:恐ろしい見た目で他者に恐怖と忌避を抱かせる
特定感情の吸収、増幅効果
影の魔力との親和性【高】
――――――――やっぱり、魔石が含まれてる。でも、あの青い石は?
素材の中に石らしいものは・・・化石?
「――――――虹色珊瑚の化石?」
これがあの青い石、なんだろうか?
「虹色珊瑚?それがあの青い石の正体なの?」
スマホに驚いていた割に、何の戸惑いもなく画面を覗き込んでくるナイルの顔の近さに狼狽えながら、私は首を振る。
「多分。でも、素材が表示されるだけで、どれがそうなのかが分からないから・・・」
すると今度はベグィナスさんもスマホを覗き込み、両側からイケメン鬼二人に挟まれてしまう。
どうでもいいけど、この世界の人達は適応能力高過ぎじゃない?
「それなら、この石を調べてみたら何か分かるかな?」
へぇ、とスマホの画面を興味深そうに見ていたベグィナスさんが取り出したのは、井戸から出てきたのと似た”白い石“。
「これ、井戸の中にあったのと同じ?」
「だと思うよ。ドレイクに持たされたモノだしね」
だとしたら、これが虹色珊瑚の化石なら、あの青い石はそれが色付いたモノって事になる。
「お借りします!」
そうして、新たに更新されたスマホ画面を確認すれば――――――
『虹色珊瑚の化石』
虹色珊瑚が化石になったもの
補足:虹色珊瑚
虹色と名が付けられてはいるが、実際は白い珊瑚。
古い文献には、人の感情に併せて色を変えたとの記述があるが、確認はされていない。
やっぱり。
あの青い石はこの化石が青くなったモノだ。
でも、人の感情で色が変わるとは載っているけど、人の感情に影響を与えるモノではないって事?
そもそも、海から遠く離れた山奥の洞窟で珊瑚の化石が採れるって、どういう事だろう。
うーん。やっぱり魔石と併せると危険なモノになるんだろうか?
でも、影憑がわざわざ採掘をさせていたなら、この化石にも特別な力があるのは間違い無いはず。
――――――でも、どうやったら・・・・って、考えが全然纏まらない!
二人してずっとスマホを覗き込んでますけど、そろそろ離れて貰っても良いですか?
イケメン鬼さん達の顔が近すぎて、そっちの方が気になっちゃうので!




