繋がる影
移動する間に完全に眠ったルパちゃんを応接間のソファーへ寝かせ、握りしめて離さなかったベグィナスさんの上着をそっと掛けて寝かせてから、大人達も各々ソファーへと腰を下ろす。
コウガは人型に戻る気は無いのか、私の足元に寝そべり、フェリオは私の膝の上にチョンと座っているけれど。
「それで・・・一体何があったの?」
重苦しい雰囲気の中、一番状況の掴めていない私が口を開く。
「―――――――――その前に、私達の話を少しだけいいかな」
私の問い掛けに応えてくれたのは、ベグィナスさんだった。
「私達鬼人の国フヴェルミルでは、少し前に軍部のクーデターが起こったんだ。突然将軍が反旗を翻し、一夜にして皇国は滅びた訳だけど・・・その将軍を唆し、クーデターを起こさせた錬金術師がいたんだ」
「錬金術師、ですか?」
その錬金術師の話を、なぜ今?
けれど私の疑問は口に出す前に、その後に続いたナイルの言葉によって押し留められた。
「うん。名前は・・・ジル・ドレイクとか名乗っていたかな?多分、偽名だろうけど。いつも黒いフードを目深に被ってて、顔を見た事は無いんだけどね。イルパディアに・・・あの魔道具を着けた張本人でもある」
錬金術師で、呪いの魔道具を扱い、黒いフードを被っている男。
「それってまさか・・・」
「そう、さっきのアイツ。まぁ、影憑だってのは知らなかったんだけどね」
そのジル・ドレイクと名乗った錬金術師が、影憑だった。そしてあの影憑は、恐らくナガルジュナで見た影憑と同一。
――――――この世界の裏で、暗躍する存在。
「アイツが言ったんだ。ナミブーを見て『失敗か』と。それで・・・」
「失敗?何が失敗なんですか?」
私の問いに、ベグィナスさんは「分からない」と首を振る。
「その時、ナミブーの意識はあったんだろう?何か言ってなかったのか?」
フェリオが耳をピンッと立てながらベグィナスさんへ問い掛けると、彼は何とも言えない渋い顔をした。
「ええ。ドレイクが現れる前、意識を取り戻したナミブーは―――
『金ならいくらでもある。なんでもする。だから見逃してくれ』
―――と。その時はまだ余裕があった様に思います。でも急に部屋の中にゲートが出現して、そこからドレイクが現れると―――
『助けてくれ!殺されてしまう!』
―――とナミブーは私達に助けを求めたのです。それを見たドレイクは―――
『・・・濁っている。やはり失敗か。お前はもう不要だ』
―――と。ナミブーは最後まで―――
『止めろ!嫌だ!死にたく無い!!』
―――と必死に懇願し、縛られた身体で逃れようとしていたのですが、ドレイクは―――
『これ以上喚くな。余計に濁る』
―――と。そのままナミブーの胸に手を当てて・・・」
そこでベグィナスさんはブルリと肩を震わせ、言葉を詰まらせる。そんな彼の後を引き継ぐ形で、ナイルが吐き出すように呟いた。
「アイツの掌に小さなゲートみたいなのが現れて・・・ナミブーの胸から、石を・・・真っ黒な石を、取り出したんだ」
ナミブーの魂源は、既に大部分が黒く染まっていた。もし、それを取り出せるのだとしたら・・・影憑が奪ったのは、ナミブーの魂源?
でも、もし黒く染まっていたなら、何が失敗だったんだろう?
そのドレイクと名乗った影憑は、自分と同じ影憑を生み出そうとしているんだと思っていたけれど・・・魂源が黒く染まっても、影憑になる訳じゃないの?それとも、そもそも影憑を生み出そうとしてるって所から間違い?
でも、それなら何が『失敗』だったんだろう。
グルグルと考えても、一向に考えが纏まらないのは、さっき見た光景が未だに頭に焼き付いて消えないからだろうか。
そんな私とは違い、冷静に状況を分析していたのは、他でもないフェリオだった。
「もしかして・・・ナミブーが影憑にならなかったから失敗、なのか?」
影憑にならなかった?
「でも、ナミブーの魂源は・・・ここを出る前に既にかなり黒くなってたんだよ?それに、影憑が持ってたのは・・・」
「・・・魔石だった」
私の言葉に続けて、ナイルが頷く。けれど、その表情は信じられないと言いたげだ。
「影憑になるとはどういう事ですか?アレはゲートから現れる魔物ですよね?」
ナイルもベグィナスさんも、人の魂源が影の魔力に浸食されるなんて、考えたことも無かっただろう。
「これはまだ仮定の話で、本当にそうなるとは限らないんだけど・・・」
私は、ナガルジュナでの出来事を説明しながら、影の魔力が人の魂源を浸食する事。魂源が全て浸食されたら、影憑になってしまうのではないかと考えていた事を、フェリオの助けを借りながら説明する。
「それで・・・ナミブーの魂源も、ナガルジュナの司祭様と同じ、ううん、それ以上に影の魔力に浸食されていたから、もしかしてと思って・・・でも、結果的にナミブーは影憑にならなかったから、この仮定が外れてるだけかも」
そう。結局は私がそうじゃないかと思っていただけで、影憑の本当の狙いは魂源を魔石に変える事だったのかもしれない。
「でも、影憑が失敗だって言ったなら、可能性はあるだろ。濁るって言葉も気になるしな」
でもフェリオは猫の顔を器用に顰めながら、難しい顔で唸る。
「・・・まぁ、ここで私達がいくら考えた所で答えを持っているのはドレイクだけだ。今はその、魂源を浸食したっていう青い石の方が気になる」
これ以上考えた所で影憑の本当の目的が分からないのは確かで、ベグィナスさんの言葉にナイルも同意する。
「そうだね。青い石って言われると・・・ちょっと気になる事もあるし」
そう言ったナイルが、こちらに視線を向けてくる。
そうだ。
カリバに戻る事を優先して忘れかけていたけれど、私だって気になっていたはずだ。
あの、井戸から出てきた大量の白い石と、その中に混ざっていた、青い石の事が。




