虎 対 鬼
カリバへ向かわない私に、フェリオが呆れた顔を向けてくるけれど、流石に私だってこれがカリバとは逆方向だって事くらい分かっている。
「今すぐカリバに帰りたいのは山々なんだけどね、一度サパタ村に戻らなきゃならないの」
取り敢えず井戸を復活させたとは言え、村長宅で働いてる人達の呪いの魔道具も取ってあげないといけないし、ルパちゃんやお父さんにも色々相談したいこともある。
なによりナミブーの、あの魂源・・・その大半が黒く染まっていた。
グレゴール司祭の時みたいに、小さなシミ程度じゃないから、私がどうこう出来るか分からないけれど、あのまま放っておく訳にもいかない。
その辺りの事を説明しながら、私は重要な人物に会えていない事を思い出す。
「そうだ!それでね、コウガにお願いがあるんだけど・・・」
後ろをゆったりとした足取りで着いて来ていたコウガに向き直り、私は眉を下げる。
「ドウシタ?」
「コウガはこのままカリバへ戻って、ラインさんにサパタ村の状況を伝えて欲しいんだ。もし治せたとしても、そのナミブーって人の事をその後どうすれば良いのか分からなくて」
けれどコウガは、頷いてはくれなかった。
「それナラ、オレはシーナと一緒ニ行く。コノ森を歩くノハ危ない」
「でもッ」
「それなら、僕が責任を持ってサパタ村に連れていくよ」
私が言う前に、ナイルが間に割って入ってニッコリと笑う。
私もナイルを当てにしてたから、それは嬉しいんだけど・・・コウガはやっぱり頷いてはくれなかった。
「オマエはまだ信用できナイ」
ニッコリ笑顔と無表情なのに、確かに睨み合っている二人に挟まれて、どうしようかと頭を悩ませるていると、腕の中のフェリオがチョイチョイッと私の腕を叩く。
「ラインなら後から来るぞ?何人かの騎士とあの女を連れて馬車で向かってるから、オレ達ほど早くは無いが」
「そうなの!?」
ラインさんがこちらに向かって来てくれているなら、何も問題は無い。
「でもどうして?」
私が聞くと、フェリオはチラリとナイルの方を見ながら、言い難そうに教えてくれた。
「それは、あの女が・・・自分は鬼に襲われて逃げて来ただけだと主張しててな。もし本当に村が襲われているなら、それに対処するのは騎士団の勤めだから」
そうか。カリバにはグローニアが居たんだった。
グローニアは黒幕が村長だなんて知らないし、ナイルは確かに村を襲っていた訳で・・・もしかして、ナイルも捕まっちゃう?
思わずナイルを見上げれば、それに気付いたナイルが困ったように笑う。
「まぁ、襲ってたのは事実だしね。捕まるのも仕方無いかなぁ。あッ!でも、姫の側に居られないのは困るなぁ」
茶化すような言葉と声色だけれど、その裏に自分の罪を認めて受け入れる覚悟を感じる。
でも、ラインさんなら事情を話せばきっと分かってくれる。完全にお咎め無しとはならないかも知れないけれど、酷い罰にはならないはずだ。
「ダカラ、オレもシーナと一緒に行く。問題ナイな?」
そっか。コウガはラインさんが後から来るのを知ってて一緒に行くって言ってたのか。
それに、鬼が村を襲ってたって聞いてたから、ナイルの事も信用出来なかったのね。
――――――いや、コウガさん。言葉少なすぎ。
「うん。ありがとう」
それじゃ、なるべく急いでサパタ村に戻らなきゃ。
ナミブーの魂源は、急速に黒く染まっていた。彼が意識を失ってそれは止まったけれど、目を覚ましたら更に浸食が進んでしまうかもしれない。
「シーナ、オレに乗ッテくか?」
私が急いでいるのを察したのか、コウガが辛うじて羽織ったシャツを再び脱ぎ出す。
黒虎の姿になって乗せてくれるという事だろう。でも、目に毒だから目の前で脱ぐのは止めて欲しい。
「それなら、また僕が抱いていってあげるよ?」
すると今度は、ナイルが私を覗き込んでそう言った。
確かに、自分の足では何時サパタ村に着けるか分からない。二人の厚意には甘えたい所だけれど・・・またしても笑顔と無表情で睨み合いを初めてしまった二人の、どちらにお願いするべきか・・・。
「――――――コウガ、お願いできる?」
「あぁ」
「えぇぇぇ!ズルい!!」
ナイルは不満そうに抗議するけれど、彼の纏う魔力がサパタ村を出る時の半分くらになっている事に、私は気付いていた。
「だってナイル、魔力が随分と減っているでしょ?」
「帰るくらいまでなら大丈夫なのに」
「ダメ。無理はさせられないよ」
まぁ、マナポーションを渡せば済む話なんだけど・・・この二人の睨み合いを収めるには適当な理由が必要なのよね。
それに・・・コウガが乗せてくれるって事は、黒虎のサラサラな毛並みを堪能し放題ってことでしょ?
――――――今の私には、癒しが必要なのよ。
「ちぇッ。まぁ、今回は婿候補の先輩に譲っとくよ。じゃあ、先導するから着いて来て」
いや、だから婿候補じゃないから!と訂正する前に、ナイルはピョンッと木の上に跳び乗ってしまい、いつの間に変身したのか、黒虎姿のコウガが、目の前で「さぁ乗れ!」と言わんばかりに背を向けて準備万端で、私は反論を諦めてコウガの背に乗せて貰った。
「じゃあコウガ、お願い。疲れたら言ってね?」
久しぶりに乗せて貰ったその背は、フェリオよりも少し固めのサラサラとした毛並みが最高で、しかもコウガが魔法を使ってくれているお陰で、風の抵抗も無くとても快適だったりする。
まぁ、なかなかのスピードで走ってる分、揺れるしちょっと怖いけど、ジェットコースターだと思えば楽しめない事もない。
フリーフォールとかジェットコースターとか・・・遊園地のアトラクションの様な怒濤の一日もあと少しで終わるはず。
サパタ村へ行ったら、呪いの魔道具の分解とか、魂源の浄化とか・・・まだまだ気は抜けないけれど、今はとにかく一段落。
「はぁぁぁぁぁ~」
サラサラな毛並みに頬を埋め、暫しの癒しに目を閉じる。
すると、心なしかコウガの駆ける速度が少し緩んだ気がした。




