幼児ときどき青年、のち猫
目の前に居るのは、ミントグリーンの髪と金色の眼をした、どこぞのアイドルを思わせる爽やかな美青年。
少し癖のあるフワッとした猫ッ毛や、好奇心の強そうなクリッとした金の眼は、確かにフェリオの特徴と一致してはいるけれど、だからと言って「はい、そうですか」と直ぐに受け入れられるものでもない。
「え?フェリオ、だよね?なんで?どうして、そんな急に・・・」
抱き締められた体勢のまま、少しだけ身体を離して顔を覗き込み、確認するように問い掛けてみる。すると、目の前の爽やか美青年の顔に、人の悪いニヤニヤとした笑みが浮かぶ。
「びっくりしたか?クックッ・・・凄いな。眼がまん丸だ」
――――――あぁ、うん。フェリオだわ。
この、悪戯が成功した後の嬉しそうな顔は、間違いなくフェリオだ。
「びっくりするに決まってるでしょ!なんでこんな急成長してるの!?」
フェリオの頬をガシッと両手で挟み、さあ、吐け!と言わんばかりに詰め寄った私は、後ろからグイッと引っ張られて体勢を崩す。
「わッとと――――ナイル?」
振り返れば、ナイルが私の腰に手を回し、ニコニコと笑顔を浮かべている。
「ねぇ、姫。この男、本当に妖精なの?パートナーはケットシーって聞いてたんだけど?」
――――――ハッ!!そうだった。パートナーはケットシーだって話してあったんだ。まさかこんな形で二人が遭遇するとは。
「うん?そう言えば誰だコイツ?・・・ははーん。シーナ、もしかしてまた、旦那候補を引っ掛けて来たのか?」
「なッッ!?なんて事言うの。そんなワケ無いでしょ!」
「えー?僕は旦那候補で全然構わないんだよ?いや、むしろ既にそのつもりだよ?でも、候補は僕だけじゃ無かったんだね、残念」
「やっぱりなぁ。全く、シーナは眼を離すとすぐコレだ・・・」
なんなのこの二人。初対面のはずなのに妙に息が合ってない?二人してニヤニヤして、私のこと絶対からかってるよね!?
「もう!二人ともいい加減にして!フェリオは間違いなく私のパートナーだし、ナイルは今日知り合ったばかりでしょう?もう―――ッッひゃあ!?」
自己紹介なり何なり勝手にやって!と言おうとした私は、今度は横から伸びてきた腕に捕らわれ、そのまままた別の腕の中へと引き寄せられた。
「シーナ、無事デ良かっタ」
私が引き寄せられたのは、いつの間にか人型に変化したコウガの腕の中。しかも・・・辛うじて下は履いてくれたみたいだけど、上半身は裸のままのオマケ付き。
「あぁ、ズルい!今は僕が抱き締めてたのに!」
「―――――ブハッ・・・クックックックッ」
頬に押し付けられた裸の胸板、私を奪い返そうと腰に伸びる腕、さも可笑しそうに吹き出す笑い声。
私は、色んな我慢の限界を越えた。
――――――――――バシャァァァァァァ。
真上から降り注ぐ、大量の水。
フンッ!みんな頭を冷やせばいいのよ!!
ついでに熱くなった私の頬も、しっかり冷やされればいいのよ!!
なにこの状況。ほんと、なんなの。
さっきまでフェリオに再会出来て、感動の再会って感じだったのに!
そりゃ、わんわん泣いた私もどうかと思うけど、茶化すにしても限度があるでしょ?
「ッまた水!?」
「冷たぁッ!!」
「・・・・・・」
突然の水に驚く三人・・・いや、コウガは無反応だった・・・二人に、少しだけ溜飲を下げた私は、自分には関係無いとばかりに一人歩き出す。
「あッコラ!先に行くなよ」
「え?ちょっと、待って!」
ふーんだ。
「なぁ、おい、悪かったよ。機嫌直してくれよ」
後ろを振り返る事無く歩いていると、肩にタシッとミントグリーンのハチワレ猫が飛び乗ってきて、ウニャーンと頬に顔を擦り付けて来た。
でも、もう誤魔化されないんだからね。
この猫は、さっきの爽やか美青年と同一人物、いや、同一妖精なんだから。
私は、ゴロゴロと喉まで鳴らしてスリスリして来るフェリオをガシッと掴んで、いつもの様に目の前でプラーンとさせる。
「で?どうして急に大きくなったの?」
猫の姿でも許さないぞ!と眼を細めて睨めば、フェリオは悪びれる事無く答えを返す。
「そりゃぁ、アッチが本来のオレの姿だからな」
「え、そうなの?じゃあ、どうして幼児の姿だったの?」
「あの姿の方が魔力の節約になるからだ」
なるほど。さっきまでは長く離れてて魔力が少なくなってたから幼児の姿で、私と再会して魔力が供給されたから本来の姿に戻ったと?
「でも、出会った時も幼児の姿だったよね?」
「シーナはこんたくとを使ってると纏う魔力も減るだろ?妖精界から来たばっかで蓄えも無くて、本来の姿だと魔力が足りなかったんだよ。折角妖精界を出られたってのに、魔力不足でトンボ返りとか悲し過ぎるだろ?」
確かに。
言っている事に嘘は無いんだろうし、魔力が足りなかったならそれは私の所為だろう。
でも、話すタイミングはいくらでもあったでしょう?それなのに・・・絶対、私を驚かすタイミングを見計らってたよね?
そんな、きゅるんッとした金の眼をウルウルさせて、小首を傾げるあざとい姿で誤魔化そうとしたって・・・。
「シーナ、黙っててゴメンな?」
ペショッと耳を伏せ、シッポもダランッと垂らした姿で殊勝に謝ったって・・・。
「もう!フェリオはズルいんだから。そんな風にされたら怒れないの知ってる癖に!」
その姿はあまりにも憐憫を誘うもので・・・これじゃ動物虐待してる気分だし、そんな姿見せられたら、どうしたって庇護欲が刺激されてしまう。
やっぱりフェリオには敵わない。
だって、目の前のフェリオは可愛いんだもん。
本来のあの姿は忘れよう。うん、幻だった事にしよう。気にしたら負け。うん、気にしない。
こうしてまたフェリオに会えたんだもん、今はそれを喜ぶべきだよね。
そう心の整理をつけてから、プラーンとさせていたフェリオをギュッと抱き締めれば、いつものフワサラな感触が無性に心地良くて、また泣きそうになる。
あぁ、本当に・・・フェリオが居なくならないで良かった。
「ところでシーナ。どっちに向かって歩いてるんだ。カリバは反対方向だぞ?」
―――――――私が感傷に浸ってるっていうのに、フェリオは随分変わり身が早いじゃない?・・・まぁ、今回の事は私が全面的に悪かったから、今は触れないでおくけどね?




