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シーナの錬金レシピ  作者: 天ノ穂あかり
レシピ 1
8/264

トルネとラペル

「ねぇちゃん、錬金術師なんだろ?オレ達にマナポーション作ってくれよ」

 少年の眼は、真っ直ぐ私に向けられている。


「待って、あの人も言ってたけど、私はポーションもまともに作れない素人なのよ?」

 先程の会話を聞く限り、あの魔結晶というのは集めるのが大変なモノだと思う。

 ポーションが作れない私が、明らかにより難しそうなマナポーションなんて、錬成できる筈がない。

 また失敗して、魔結晶を無駄にしてしまう・・・。


「錬金術ならオレが教えてやるよ」

「君が?」

「オレの父さんはスゴイ錬金術師だったんだ。その父さんの隣でずっと見てたんだから、オレにだってそれなりの知識があるんだぜ」

 少年が自慢げに胸をそらす。


「あのっ、ラペルも、お父さんと一緒に、よく、薬草摘みに行ってたの。だから、薬草、詳しいよ?」

 握られたままだった左手をクイクイッと引っ張って、少女も必死に訴えてくる。


 それは私にとって、とてもいい話なのは間違いない。

 でも、この子達の求める力が私にあるかどうか・・・。

 それに、ラインさんの話だとお母さんの具合が良くないみたいだし。

「とても良い話だけど、でも・・・」

 人に頼れずに生きてきた私にとって、この申し出は優し過ぎて・・・優しくされた分を返せる自信がない。


「なんで迷うんだよ。オレ達はねぇちゃんが必要だ。あとはねぇちゃんがオレ達を必要としてくれるかどうかだろ?」 

 誰かに必要とされるなんて、祖父以外では初めてかもしれない。

 私に何が出来るか分からない。自信なんてこれっぽっちも無い。でも、ここで前に進まなければ私はきっと何も出来ないまま、またグルグルと同じ所で後悔するだけ。

 そう、今までがそうだった様に。


「そうだよね。私にはあなた達が必要。だから私もあなた達に必要とされる人になればいい、それだけよね」

 私が言うと、それまで黙っていたフェリオが満足そうに私の頬に顔を擦りつける。

「そういう事だ。オレもしっかりサポートするからな」


 今まで逃げてばかりで、何も努力しようとしなかったんだ。

 折角一度死んだ・・・と思ったんだから、生まれ変わったつもりで、自分の為に努力してみよう。


「決まりだな。オレはトルネ、そっちは妹のラペル。これからよろしくな、ねぇちゃん」

「あのっ、よろ、よろしくお願いします」

 少年と少女はやっぱり兄妹だったのね。

「私はシーナよ。シーナ・アマカワ。それと、パートナーのフェリオ、よろしくね、トルネ、ラペル」

 私が自己紹介をすると、トルネも私の右手をぎゅっと握り、両手を繋がれた状態になる。

「じゃあ、シーナねぇちゃん、今から(うち)に行こう」

 そのまま両手をグイグイと引っ張られ、私はよろめきながら慌てて着いて行く。

 でも、その前に色々やっておかないといけない事があるのよね。

「ちょっとだけ待って。私、この町に着いたばかりだから宿を取らなきゃいけないし、ラインさんにも報告しておきたいし」


 折角ラインさんに紹介して貰ったスフォルツァ様・・・もうスフォルツァさんでいいよね?の所を、1日、いや数時間もたたずに飛び出して来てしまったんだ、一言謝っておかないと。

 それに、スフォルツァさんの所を出てこの町で暮らすなら、取り敢えずの宿だけでも探しておきたい。

 けれど、トルネとラペルはキョトンとした顔で私を見上げてくる。

「なに言ってんだ。シーナねぇちゃんは(うち)に住むんだろ?」

「シ、シーナおねえちゃん、ラインお兄ちゃんの事、知ってるの?」

 シーナおねえちゃんって呼ぶ時の、ラペルの少し恥ずかしそうな声が可愛らしい。

 従姪を思い出して少しほっこりしてしまう。


「ラインさんは、森で迷ってた私をこの町まで送ってくれたの。あの錬金術工房を紹介してくれたのもラインさんだったんだけど―――」

 私が説明していると、トルネが割って入ってくる。

「ラインにぃちゃん、なんであんな女のトコ紹介したんだよ。オレん家に来てくれれば良かったのに」

 トルネは悔しそうにブンブンと右手を振り回している。

「ラインさん、トルネとラペルのお母さんを心配してたみたい。だから私も別に宿を・・・」


 旦那さんを亡くしたばかりで、更に体調まで悪いのに、いきなり見ず知らずの私が家に行っても迷惑だろう、と思ったんだけど。

「母さんの事心配してくれてたのか。でも、それなら余計に家に来てくれよ」

「どうして?」

「母さん、無理して家の事しようとするから。シーナねぇちゃんがご飯作ってくれたら、母さん楽になるし」

 ニシシッと悪戯っぽく笑うトルネに、私も苦笑を返す。

 これも私に気を使わせない為の口実かもしれない。でも、素直に受け止めておこう。

「本当はそれが目的だったのね?それじゃあ、お母さんに訊いて、いいよって言ってくれたら、お世話になります」

 私も悪戯っぽく片目を瞑って、わざとらしく大きくお辞儀をして見せる。


「やった!それならまずは騎士の詰所に行ってみよう!」

 またしてもグイグイと腕を引っ張られながら、私はふと先程スフォルツァさんが言っていた言葉を思い出す。

 確か、ラインさんの為ならポーションでもマナポーションでもすぐに用意するって言ってたよね?

「ねえ、トルネ。どうしてもマナポーションが必要なら、ラインさんお願いすれば用意してくれるんじゃない?」

 それはほんの思いつきで、すぐに欲しいならその方が確実なんじゃ、と思ったのだ。

 でも、思いがけず強い言葉で否定されてしまった。

「それじゃダメなんだ!!・・・シーナねぇちゃんも知ってると思うけど、ラインにぃちゃんってスゴく良い人だろ?」

「ん?・・・うん」

「もう何回か貰ってるんだよ、マナポーション。でも、お金も払えないし、自分が使う分までくれるから・・・」

 トルネはそう言うと、申し訳なさそうな、でもどこか怒ったような複雑な顔をする。


「あのね、ラインお兄ちゃん、この前怪我して帰ってきたの。一緒に行った人が言ってたの、いつもの雷のマホー使わなかったって。だからタイヘンだったって」

 ラペルが兄に代わって一生懸命説明する。

 雷のマホーって、雷の魔法の事かな?

 魔法という概念が存在するのは、錬金術に魔力がいると言われた時点でなんとなく予想出来る。

 だとすれば、ラインさんは普段は魔法が使えるのはずなのに、マナポーションが無いから魔法を使えずに苦戦したって事かな?

 そして、トルネもラペルもそれをとても後悔している。


「ラインさんにこれ以上迷惑を掛けたくない?」

 私が聞くと、二人はコクリと頷く。

 ラインさんにお世話になりっぱなしだった私には、その気持ちがよく解る。

「それじゃ、私が頑張らないとね。ところで、今更なんだけど・・・マナポーションって何に使うものなのかな?」

 私はそこで、ずっと訊けずにいた質問をしてみる。

 なんとなくのイメージでは、魔法が使えるようになる薬って感じかな~なんて思ってたんだけど。


「「「――――――――――――え!?」」」


 けれど私の質問は、トルネやラペル、それにフェリオにまで衝撃を与えてしまったらしい。


「シーナ・・・もしかしてポーションやマナポーションを使ったこと無いのか?」

 フェリオが恐る恐る、といった感じで聞いてくるので、つい反論してしまう。

「だから、私がいた所には錬金術も魔力も存在しなかったって言ったでしょ?」

「じゃあ、シーナねぇちゃんはポーションを見たこと、ない?」

 信じられない、と言った顔でトルネが訊いてきたので、私は素直に答える。

「見たことどころか、ポーションなんて物語の中に出てくる想像上の傷薬ってくらいの知識しか無いのよね」


「・・・・・・・そりゃ、失敗するわけだ」

 

 フェリオが「はぁぁ」と深いため息を吐くので、だから境界の森で異世界から来たって言ったじゃない!と心の中で反論する。


「ポーションを知らないなら、錬成に失敗するのは当たり前だよ。シーナねぇちゃんはまずソコからだな」

 でも、どうやらさっきポーションを作れなかったのは、私の能力の問題じゃ無さそうだと分かったので、少しだけ希望が持てる。

「そうね、この国の事もよく知らないし、トルネ先生とラペル先生にしっかり教えて貰わないといけないみたい」

 私が言うと、ラペルが嬉しそうに返事をする。

「ラペル、シーナお姉ちゃんの先生する!」

「そうと決まったらやる事いっぱいだ!急ぐぞ、シーナねぇちゃん!」

 どうやらトルネは少し照れたようで、歩みを速めて少し先を歩く。とは言っても手は繋いだままなので、私とラペルは小走りでそれに着いていく。


 普通に恋愛をして、結婚をしていたらこんな風に子供と歩いたりしてたんだろうか?

 まぁ、今まで恋人なんて居たことの無い私には、縁遠い話なんだけど・・・。


 ・・・・・・・・・コホンッ。




「―――で、マナポーションっていうのは、魔力を回復できる薬なんだよ」


 騎士の詰所へ向かう道すがら、トルネにポーションとマナポーションの効果について聞きながら歩いていると、ラペルが突然走り出す。

 突然手を引かれた私とトルネは驚いて前を見て、目的の人物がいたのだと気付く。


「ラインお兄ちゃん!」


 いち早く彼の姿を見つけたラペルが、嬉しそうに手を振っている。

 ラインさんもこちらに気付くと、少し驚いた顔をする。

 それはそうよね、スフォルツァさんの所に連れていった筈の私が、二人と手を繋いで歩いてるんだもの。

「シーナさん!それにトルネとラペルも。何故一緒に?」

 なんて説明すればいいのか・・・。


「ラインさん、折角スフォルツァさんに紹介して頂いたのですが、その・・・ちょっと失礼な事を言ってしまって」

 流石に、頭にきて啖呵切って出てきたとは言いづらい。

「シーナねぇちゃんはオレ達が引き抜いて来たんだ。ソウシソウアイなんだからな」 

 トルネ、相思相愛って、どこで覚えたのそんな言葉。

「ラペル、シーナお姉ちゃんの先生するの」

 ラペルは()()がお気に入りなのね。

 

「この子達とはスフォルツァさんの所で会ったんです。それで、彼女の所を出た私を家に招いてくれたんです・・・すみません、折角紹介して頂いたのに、貴方の顔に泥を塗るような事をしてしまいました」

 私が頭を下げると、何故かトルネとラペルまで頭を下げる。

「シーナねぇちゃん、オレ達のせいであの女のトコ出てきちゃったんだ。オレ達も、ごめんなさい」

「シーナお姉ちゃん、悪くないの。ごめんなさい」

 二人が必死に私を擁護してくれて、ちょっと泣きそう。


 頭を下げる私達に、クスッとラインさんの笑い声が聞こえる。

 ――――――?

 頭を上げると、ラインさんはとても嬉しそうに笑っていた。

「すみません、なんだか微笑ましくて。私の事は気になさらないで下さい。むしろ、最初からこうしていれば良かったと思っています・・・それにしても、随分と仲良くなったのですね、羨ましいです」 

「いいだろ?ソウシソウアイだからな。ラインにぃちゃんにだって負けないぞ」 

 トルネ、だから相思相愛はなんか違うのよ・・・って、何故そこにラインさんが出てくるの?

「えっ、いや、私は・・・そういえばお母さんは大丈夫かい?スフォルツァ殿の所に行ったということは・・・」

 ラインさんは微かに頬を染め、慌てたように話題を変える。

 そんなに慌てて話題を変えなくても、トルネの言葉を真に受けたりしませんよ?


「マナポーションだったら大丈夫だ。シーナねぇちゃんが居るんだからな」

 ラインさんが言おうとする事を察知したのか、トルネがきっぱりと言い切る。

 うん、頑張らなきゃ。

「そうだね。でも、どんなことでも相談に乗るから、いつでもおいで。もちろん、シーナさんもです」

 ラインさんは安心したように頷くと、そう念を押す。

「はい、ありがとうございます」

「ラインお兄ちゃん、ありがとう」

「もちろん、頼りにしてるぜ」

 

 私達の返事にもう一度深く頷くと、ラインさんは「所用があるので」と、とても残念そうに去っていった。

 ラインさんに出会えた事で当初の予定を果たした私は、市場や雑貨店を案内して貰いながら二人の家へ向かうことにした。


 


「「ただいま~」」

「お邪魔します」


 二人の家は、大通りから少し奥に入った所にあった。

 良く手入れされた花壇や庭があり、大きくは無いけれど近所の家の中では一番立派だ。

 

「母さん、また掃除なんてしてる!ちゃんと休んでなきゃダメだろ」


 家に居たのは、20代後半位の綺麗な女性だった。

 それにしても、この世界の人は全体的に綺麗なのよね。

 ここに来て、自分が少し可愛くなったと思ったけれど、この世界の基準で見たらやっぱり「中の中」なのかもしれない。

 うーん・・・基準が高いから平均化されたのかしら。

 そんなどうでもいい事を考えていたら、どうやらトルネが母親に事の経緯を説明し終わったようだ。


「母さん、この人が新米錬金術師のシーナねぇちゃんとパートナーのフェリオ。シーナねぇちゃん、母さんのマリアだよ」

「お邪魔してます。シーナ・アマカワと言います。こっちはパートナーのフェリオ。すみません突然押し掛けてしまって」

「マリアよ。ごめんなさいね、この二人が強引に引っ張って来てしまったみたいで。空いている部屋もあるし、貴女さえ良ければ好きに使ってね」

 マリアさんはそう言って優しく微笑む。

 けれど、その頬に血の気は無く、やはり体調が悪いようだ。


 ここに来るまでに聞いた彼女の病状は〈魔力欠乏症〉。

 体内の魔力が何らかの原因で常に消耗し、欠乏状態になってしまう病気らしい。

 この世界ではどんな人でも魔力を持っていて、魔力を使っても自然に回復していく。

 けれど、必要以上に消費したり、彼女の様に回復が消費量に追い付かなかったりすると、最終的には死に至る恐れもあるらしい。


「ありがとうございます。でも、ただお世話になるわけにはいきませんので、家の仕事は私に任せて頂けませんか?」

 マリアさんは「あなたね?」と非難の視線をトルネに向けるけれど、やはり身体が辛かったのか、諦めたようにフゥと深い溜め息を吐いて少し寂しそうに笑う。

「シーナちゃん、私はあまり体調が良く無いの。貴女が手伝ってくれたら助かるわ」


 こうして、私のフラメル家での生活が始まったのだ。

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