井戸の底には
「――――――――ッッッウッ」
一瞬だったのか、長かったのか、怖すぎてもう良くわからないけれど・・・。
私は・・・いや、ナイルの身体は地面に叩きつけられる事無く、フワッと見事に着地した。
なんていうか・・・古いエレベーターか遊園地のフリーフォール系のアトラクションに乗った気分。着地の瞬間だけフワッとした。
そう言えばここに来る時も、ピョンピョン跳んで来てたっけ・・・。
彼の魔力がクルクルキラキラしてたから、きっと何かの魔法かな、そうだろうな、多分。
突然の絶叫アトラクションにグッタリしながら、投げやりにそんな事を考える。
「ごめん」
そんな私に気付いたのか、ナイルがこちらを覗き込んで来たので、文句の一つでも言ってやろうと口を開く。
「急に――――」
「一ヶ所だけ寄りたい所が―――え?何か言った?」
急に跳んだ事に対しての謝罪じゃなかった!
「――――――――なんでも無い!どこ?」
諸々の心のモヤモヤをぐっと押し込めて(だって私は大人だもの)、少しだけぶっきら棒に聞けば、ナイルにクスクスと笑われてしまった。
「クスッ・・・ごめん、急に跳んだりして。ちょっと、村の井戸だけでも元通りにして行きたいんだけど、いいかな?」
確信犯なの!?
急に跳んだ事も、分かっててわざと一回はぐらかしたのも、ごめんの一言で片付けられるのはちょっと癪だけど、井戸は使えるようにして貰わないと困る。
「―――――――勿論いいに決まってるけど、けどッ・・・・ひゃあッ!?」
やっぱり文句の一つでも言ってやろうと口を開きかけた瞬間、今度は地上から空中へピョーンと再び跳躍した彼に、私の口からは変な悲鳴しか出てこなかった。
「ありがとう。すぐ済ませるから」
そうして、彼は村から少し離れた所にある村長の屋敷から、たった二歩で村の井戸に到着してしまった。
そこで一度横抱きから解放された私は、ホッと胸を撫で下ろし、村の様子を窺う。
もう遅い時間の村に明かりは無く、当然のように井戸の回りにも人影は無い。
良かった。ナイルが来たら村の人達が怖がるかもって少し心配だったんだよね。
当のナイルは、井戸の側の地面に手を置き、なにやら怪訝そうに眉根を寄せている。
「どうしたの?」
「うん・・・井戸の底が、何かで埋まってるみたいで」
井戸の底?
私が疑問に思っていると、ズズズズズッと僅かな振動と共に井戸の中から何やら恐ろしげな音が響いてくる。
え?なに?何が出てくるの?もしかして、なんか変なモノが居たの?
私は怖くなって、思わずナイルの側に身を寄せる。
「大丈夫。変なモノは出てこないと思うよ。ただ・・・」
ナイルの言葉が終わる前に、井戸の蓋を押し上げて溢れ出してきたのは――――――。
「・・・・・・石?」
それは、ただの白い石。
特別綺麗という訳でもなんでも無い。本当にただの白い石。
「これって?」
「村人達が採掘させられてた石だね。全部アイツに持って行ってたハズなんだけど・・・」
そう言えば、ゴビさん達は白い石を採掘させられてたって。これがその石?でもなんで井戸の底に?
「ん?この石・・・青い?」
ナイルが手に取ったのは、最初に出てきた白い石。その石は月明かりの所為ばかりではなく、確かに他の石に比べると青味を帯びて見える。
良く見れば、同じ様に青味を帯びた石が数個、白い石の中に混ざっているみたいだ。
その内の一つを手に取った私は、その石から僅かに感じる気配に落ち着かなくなる。
「なんだか、善くない感じがする」
ナイルも、そう感じるんだ。
そう。この石は、影の魔力と似た感じがする。影の魔力をずっとずっと薄めて弱くしたような、でもそれとはまた違うような・・・。
影の魔力で感じるのが恐怖だとすれば、この石から感じるのは悲しみ。胸が詰まるよな苦しさだ。
それに、グレゴール司祭を蝕んだあの石も、ただの青い石だった。
もしかして、この石は・・・・。
「そこでなにしとる!」
突然の怒声に振り向けば、そこには松明と武器代わりなのか長めの棒を手にしたゴビさん。
「ゴビさん!!」
「――――――ッッッシーナちゃん!?じゃあ、そこには居るのは―――」
ゴビさんは松明を地面に置くと、両手で木の棒を握り締めてナイルの前に立ちはだかる。
「オイ鬼!シーナちゃんはこの村とはなんの関係もねぇ娘だ。その子を離せ!」
「ゴビさん・・・」
「シーナちゃん、この村の問題に巻き込んじまって、本当にすまんかった。今更遅いかもしれんが、逃げてくれ!」
私は、この村の人達を少しも恨んでいないとは言えない。だって、自分達の為に私を売ったんだから。でも、村の人達だって、ナイルだって、みんな大切なモノを奪われていたと知っている。それに、今こうして助けようとしてくれている・・・だから、素直に"許せる"と思った。
「ゴビさんありがとうございます。でも、大丈夫です。鬼は・・・彼は悪くなかったんです。だから、彼と戦う必要は無いんです。井戸もまた水が汲めるようになります。今から彼が元通りにしますから」
「―――――なに?鬼が悪く無い?元に戻す?ちょっと待て。わけが分からん」
混乱するゴビさんに事のあらましを説明し、村長が黒幕だった事、その村長を拘束し、もうナイルが村を襲う理由が無くなったことを教える。
「まさか・・・本当に?あの村長が・・・まぁ、うん。分からんでもない」
どうやらナミブーはそこまでゴビさんに信用されて無かったらしい。案外あっさりと納得してくれた。
「それで、本当に井戸を直してくれるのか?」
私が説明している間にも、ナイルはずっと地面に手をついて、魔法を行使していた。
そして再びズズズズズッと音がしてから、今度はより大きなゴゴゴゴゴッという地響きと振動が続き、漸くナイルが立ち上がる。
その頃には、流石に村人数人が起き出してきて、彼らもまた長い棒を持ってこちらの様子を窺っていた。
「・・・僕は、貴方達にずっと酷いことをしてきました。本当に申し訳ありませんでした」
そんな村人達に、ナイルは謝罪の言葉と共に、深々と頭を下げる。
「なに、おら達は同罪だ。守りたいモノの為とは言え、他の人に迷惑を掛けちまった。だからこそ・・・恨んだりできんよなぁ」
ナイルの謝罪を受けてそうニヤリと笑ったゴビさんは、そのまま井戸へと足を向けると、カラカラと釣瓶を落として水を汲む。
そして、盛大にその水をバッシャァァと撒き散らしながら、大声で叫んだ。
「おら達の村に、水が戻ったぞぉぉぉー!!」
「ぅおおおぉぉぉー!!」と周りから歓声が挙がり、夜中だと言うのにちょっとしたお祭り騒ぎだ。
「シーナちゃん、ありがとう。本当にありがとう。すまんかった。おらぁあの後もシーナちゃんが心配で・・・」
「いえ。私も巡り合わせが良かっただけで」
そして、感極まったゴビさんに捕まり謝罪と感謝を延々繰り返され、早く出発したいのになかなか無下にも出来ずにちょっと、いや、かなり焦っていると、、、
「ほら、もう行くよ!カリバヘ戻るんだろう?」
またしても唐突に私を抱き上げたナイルが、ピョーンッとその場から脱出してくれた。
まぁ、再びお姫様抱っこな上に、突然の跳躍で私の心臓が割れるかと思ったけどね?
しかも、テンションが上がりきっている村人達に、冷やかすような口笛と野次を飛ばされてかなり恥ずかしいんだけどね?
「もう!貴方はどうしてそう―――」
「あんまり喋ると舌噛むよ?」
何だろう。ニッコリ笑顔が憎たらしい!
それでも、舌を噛むのは嫌なので大人しく口を閉じてから、せめてもの仕返しとして一睨みしておく。
それでも、やっと帰れる。やっとフェリオの元に行けると思えば、嬉しさに顔が緩んでしまうから、あまり効果は無さそうだ。




