強者と小者
「ナイル兄様!助けてッッ!!」
ルパちゃんの叫びに一瞬動きを止めたナミブーは、フンッと鼻で嗤う。
「バカめ!人の心配などするから、自分の首を絞めるのだ」
「――――うッぐぅ・・・」
「ほら見ろ、命令に背いたりするから・・・ん?」
聞こえてきたのは・・・明らかに男性の呻き声。
そして次の瞬間。
「――――――のわッッ!!」
ドサッ!!
私に覆い被さっていたナミブーが、唐突に後方へと姿を消す。
慌てて身体を起こした私が見たものは・・・。
床に張り付けられ苦しげに呻く男達と、ナイルに襟首を掴まれ投げ飛ばされ、不様にひっくり返ったナミブーの姿だった。
「貴様・・・何をする!あの娘がどうなっても良いのか!?・・・ヒィッ」
ナミブーはひっくり返りながらも怒鳴り声を上げるけれど、ナイルを見上げた瞬間、顔を強張らせて悲鳴を上げた。
「もう、お前みたいなエロ親父に従うつもりは無いよ」
そう言ってうっすらと笑みを浮かべたナイルの掌の上には、赤々と燃えるマグマのような塊。
「なにぃ?いいだろう・・・ならば、あの娘には死んで貰おうかねぇ!?」
怯えながらも、ナミブーはその口端をニヤリと上げると、胸元からチェーンに通された一本の鍵を取り出す。
「フヒヒヒヒッ!このままでは、あの娘はジワジワと首を絞められ、苦しみ抜いて死ぬんだぞ?いいのかねぇ?」
鍵に嵌まった紫の石がギラリと光り、ソレが呪いの魔道具の鍵だと分かるけれど・・・ナミブーが何度言葉を掛け、何度石が光ろうと、ルパちゃんが苦しみ出す様子は無い。
当たり前だ。私が取り外してしまったんだから。
「――――――クソッ、何故だ!何故効かん!?」
「気が付いて無いのかな?・・・お前を守る盾は、もう無いんだよ」
そこで初めて、ルパちゃんが首元に巻いていたスカーフを取る。
「――――――ヒィィィ!何故だ?あの魔道具はあの方以外には外せぬはずだ!!」
「へぇ?・・・じゃあその鍵は、偽物だったんだ?お前は最初から、僕達を解放する権限なんて、持って無かったんだね。それなのに、散々僕達を苦しめてくれたよね」
「なッ!違う!違うぞ!!私はあの方・・・あの男の指示で動いていたに過ぎん!お前達を苦しめたのは、あの男だけなんだ。私とて、あの男に脅されていただけだ!だから・・・助けてくれ。金ならやる。そうだ、この屋敷をやろう。三人でここに住んだらどうだ?金にも水にも困らない、いい生活が出来るぞ?な?」
ナミブーは、ナイルの掌で徐々に大きくなっていくマグマの塊に冷汗をダラダラと流しながら、必死に言い訳を繰り返し、自分の物でも無いのに、村の資源や資金を取引材料として命乞いを始めた。
「・・・それで?」
そんなナミブーをナイルは冷たい視線で一瞥すると、更にマグマの塊を大きくする。
「ッッ・・・わかった!ならソコの女もやろう。貴様も気に入っていたんだろう?いい女だ、奴隷にでもなんでもするといい」
おいコラ、それ私の事だよね?
勝手に貢物扱いしないで貰えます?
「本当に・・・救い様の無い奴だね。こんな奴に良いように使われてたなんて・・・許せない、よね?」
「――――――ヒィィィィ」
いよいよ目前まで迫った燃え盛る塊に、ナミブーは泡を吹いて気絶してしまった。まぁ、暫くは目を覚まさないだろう。
なんとも呆気ない幕引き。ナミブーという男は、とんでもなく小者だったらしい。
それにしても・・・私の危機が一瞬で去っていった。
ナイルという彼は、なかなか強力な魔法が使えるのね。炎の魔法?うーん、でも、なんか違うような?
「シーナ姉様!!」
安堵に放心しつつ、ナイルの魔法に感心していると、いつの間にか他の男達を縛り上げていたお父さんがナミブーも同様に縛り上げ、その場の安全を確保されたルパちゃんが勢い良くダイブしてくる。
「ルパちゃん、久しぶり!」
「シーナ姉様、大丈夫?」
「うん、平気よ。ありがとう」
「でも、どうしてシーナ姉様がここに?フェリオは?」
「それが・・・――――――――」
私はそこで、ルパちゃん達にこれまでの経緯を簡単に説明し、恐らくカリバからここまでやって来たであろうルパちゃん達親子に、詳しい道程の聞くことにした。
「シーナ姉様、迷子になったの?」
「・・・そうね、迷子になっちゃったの。だから、できるだけ早くカリバへ帰りたくて・・・今から出発しようと思うんだけど」
辺りはもう真っ暗。夜も更けて、本当なら旅立てる様な時間じゃないのは、分かってる。
でも馬車を借りる相手も居なくなった今、少しでも早く出発して、一分でも一秒でも早くカリバに辿り着かなければ。
「それは・・・勧められないね。危険過ぎるし、失礼だけど・・・君の足では到底カリバに辿り着けないと思うよ?」
ルパちゃんのお父さんの真っ当な意見に、ぐっと言葉に詰まる。
でも・・・それでも、私は帰らなきゃ。
「・・・それなら、僕が送っていくよ」
それまで無言で私とルパちゃんのやり取りを見ていたナイルが、そう言って一歩前へと歩み出る。
確かに、誰かに一緒に来てもらえば心強いのは確かだけれど、折角再会を果たしたこの家族を、また何日も離れ離れにするのは心苦しい。
「いえ、そんな甘えるわけには・・・」
「そうだよ!!ナイル兄様ならピョーンってすぐに着いちゃうもの」
「えっと・・・ピョーン?」
申し出を断ろうとした言葉をルパちゃんに遮られ、ついつい"ピョーン"が気になって聞き返してしまった。
「君は僕達の恩人だ。だからその恩返しをさせて欲しい。早くカリバに着きたいなら、これが最善の手だと思うけどな?」
・・・確かに今は遠慮とか、そんな事をしている場合じゃ無いのかも。
「じゃあ・・・お願いします。でもピョーンってッッッひゃあ!!」
頭を下げた私は、頭を上げる間も、疑問を口にする間も無く、グルンッと身体をひっくり返され上を向いていた。
――――――まさか、人生で三度もお姫様抱っこされることになるとは・・・。
しかも・・・こうしてよくよく見れば、彼は本当に整った顔をしている。
サイドから緩く編み込まれ、反対側で纏めて三つ編みにして流されている、艶々の白銀の髪。
スラッとした見た目の割りに、胸元の袷から覗く胸板にはしっかりとした筋肉が浮き上がっている。
そして、こちらを流し見るタレ目がちな濃橙の瞳は、何だか色気がダダ漏れて・・・。
ッッッて!ナニしっかり観察してるの私!?
――――――アブナイ!うっかりバシャァァするトコだった!今はフェリオも居ないのに!
そもそも、何故この格好!?
「ん、どうしたの?行くよ?」
固まった私に首をかしげながらも、ナイルはそのまま部屋を出ると、廊下から出られるバルコニーへ向かう。
え?どうしてバルコニー?
なんて思った瞬間。
ナイルは私を抱えたまま、二階にあるバルコニーから文字通り"ピョーン"と飛び降りた。
「ッッッえ?え?まッてぇゃぁぁぁ~」
落ちてる!落ちてるからぁー!!
ピョーンって、そういう事なの~!?




