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シーナの錬金レシピ  作者: 天ノ穂あかり
レシピ3
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〉ナイル~染まらぬ願い~

 国を追われ、兄とその娘と共にひっそりと暮らしていた。

 人間の国の、辺境の森の奥にある小さな家。

 それまでの暮らしを考えれば、随分と質素な生活ではあったけれど、僕達三人にとっては安寧の地だった。

 ・・・・・・あの男が現れるまでは。



 あの日、日課になった森での採取の途中、普段は赤猪に遭遇しても声を上げる事の無かったイルパディアの悲鳴が聞こえ、僕達は異常な事態にすぐにその場に駆け付けた。

 しかしそこで見たものは、禍々しい気配を滾らせた紫の石のチョーカーを着けさせられ、気を失ったイルパディアと、そんな姪を腕に抱いた黒いフードの男。


 その男は、クーデターを起こした将軍の隣にいつの間にか付き従っていた、得体の知れない男だった。

 そいつが隠れて暮らす僕達の前に現れた時、国に連行され投獄か最悪の場合処刑されるだろう、でもイルパディアだけはなんとしても守ろう、そう覚悟を決めたのだが・・・。

 そんなものは甘い考えだった。


 イルパディアの首に着けられたのは、命令に背くと首が絞まり、そのまま息絶える恐ろしい呪いの魔道具だった。

 そして男は、その呪いの魔道具の命令権限と解呪する為の鍵を、伴っていた人間の男へと譲渡してしまったのだ。


 人間の男の名はナミブー・パドル・パゴニア。男爵を意味するパドルを名乗るからには、奴は人間の貴族なのだろう。


 それによって、僕達は自由と平穏な生活を奪われ、ナミブーに服従するだけの生活を余儀無くされる事となった。


 兄ベグィナスとイルパディアは、行商を装い、この村付近にある洞窟で採掘された只の白い石を、この国の各地でより多くの人間に配って回るよう、命令され旅立った。

 石には詳しい僕達一族でさえ、あの石を配って歩く意味は分からない。

 ・・・あの黒いフードの男の指示ならば、良いモノで無い事だけは確かだろうけど。


 僕はナミブーに従い、奴が長を務める村の井戸を枯らし、地下に流れる水脈の全てをナミブーの屋敷裏へと集め、新たな井戸を作った。

 洞窟で採掘をする男達を監視し、村で丹精込めて作られた作物を根刮ぎ奪った。


 人々が苦しむ姿に躊躇えば、ナミブーに「お前の所為であの子供が今も苦しんでいる」と脅され、苦悩していた。

 でも、何時からだったか・・・ナミブーから渡されたあの面を被っていると、僕の願いは明確になった。


 イルパディアを助けたい。あの子が苦しまずに生きていけるならば・・・と。


 他の人間など、どうなっても良い。

 僕と僕の家族が、これ以上苦しまなければそれで良い。

 ・・・いつかまた ヘイオンナ セイカツヲ・・・。



 森に身を潜め、月に数回ナミブーの屋敷からあの白い石を運びだし、黒いフードの男へ届ける。

 男達が畑仕事をさせろと採掘を中断すれば、畑を泥土と変え、女達が遠くの水源を目指して森を行けば、土壁でその行く手を阻む。


 それが僕の仕事。

 僕の願いを叶える為に、必要な事。

 


 そんなある日、見知った気配を感じて家を飛び出す。


 僕達一族が守護石と呼ぶ、希少で力の強い宝石達。

 僕の守護石は古龍の血石とも云われているルビー。兄ベグィナスの守護石はエメラルド。そして、この気配は・・・人魚の心臓(こころ)と呼ばれ、一族の中でも特に大切に扱われてきた、深紺のサファイア。


 イルパディアの、守護石だ。

 

 この国の王都まで行けと命令されていた二人が、もう帰って来たのだろうか?

 それにしては、兄の守護石の気配を感じないのは何故だ?


 イルパディアの守護石を追って辿り着いたのは、ナミブーの屋敷。


 ・・・まさか。


 嫌な予感が脳裏を過る。

 二人のどちらかに何かあったのだろうか?旅を続けられない何かが?

 それとも、黒いフードの男が何らかの新しい指示を出したのか・・・。

 なんにしても、イルパディア一人がナミブーの屋敷に居るなど、危険でしかない。


 僕は気配のする部屋の窓が開いているのを確認し、そのまま部屋へと飛び込む。


「イルパディア!!イルパディア?居るのか?――――――ッッッ!!」


 部屋を見渡してもイルパディアの姿は無い。

 けれど、ドサッと物音のした方を見れば、ベッドの陰に隠れるようにして、一人の女性が座り込んでいるのに気が付く。

 そして何故か、彼女からイルパディアの守護石の気配が・・・。

 

「誰だ?・・・イルパディアの石の気配がする。その石をどうした?奪ったのか?」


 彼女はその顔に恐怖を浮かべ、無言で此方を見つめ返してくる。

 最近では、村人達から向けられる恐怖の表情にも慣れていた。それなのに、この女性にそんな顔をされると、無性に心がザワザワと落ち着かなくなり、苛立ちが募る。


「聞いているのか!!」


 その視線に耐えられなくなり強引にその左手を掴み上げれば、その小指にはやはり、イルパディアの守護石と同じ原石から削り出されたサファイアが煌めいていた。


「ちょっ、イタッ痛い」


 それほど強く掴んだつもりは無いが、彼女は小さく悲鳴を上げこちらを睨み付けてくる。

 だが上目遣いのその視線は、只々可愛らしいだけで・・・って、僕は何を考えているんだ。

 コイツはイルパディアから守護石を奪ったに違いない。あの子が守護石を手放すなんて、有り得ないんだ。


「いきなりなんですか!イル・・・なんとかって誰です!?」


 けれど彼女は、その眼になんの罪悪感も疚しさも浮かべること無く問い返して来る。


「しらばっくれるのか?この指輪が何よりの証拠だ。それに、主石の気配も感じるぞ?持っているんだろう?」


 彼女から主石である人魚の心臓の気配も感じ、取り返そうと彼女が身に付けていたポーチの中を探るが、その中身は空っぽで何も入っていなかった。


 ――――――持っていない?でも、確かに感じる・・・絶対に持っているはず!何処に隠してるんだ!


 衣服の下に隠して身に付けているのかと、腕から肩、首筋を探り、そこから更に下へと・・・。


「なッ!?ちょっと!どこ触って・・・やめっ」


 ――――――バシッ!!・・・カラン・・・。


 思わぬ反撃を受け、頬への衝撃に視界と思考がグラリと揺らぐ。


 ――――――アレ?・・・僕は、何を?こんな・・・女性に酷い事を・・・あぁ、そうだ。イルパディアを助けたくて、だから・・・。

 

 何をしてでも、彼女から聞き出さなければ・・・?


「―――――――――ッ?だが、イルパディアの石を持っているのは間違いないんだ。あの子は今何処に?」


 イルパディアは、今何処に居るんだ?

 兄上は?二人とも無事なのか?

 でもだからと言って、他人に危害を加えるのは・・・。いや、でも・・・。

 考えが上手く纏まらない。

 さっきまでは、明確な目的と意思があったはずなのに・・・。


 回らない頭で、彼女と押し問答を繰り返す。

 

 すると次第に、頭の中の霞が晴れて行く様に・・・仮面越しの、狭くなっていた視界が広がるように・・・少しずつ、思考がクリアになっていく。


 彼女は、悪い人間じゃない。

 落ち着いて感じ取れば、彼女が持つ守護石の波動は、穏やかで凪いでいる。それは、石が彼女を拒絶していない、という事。

 しかも、イルパディアの呪いの魔道具は、彼女が外したと言う。もしも、それが本当なら・・・。


 ――――――それでも、ふとした瞬間に蘇ってくる不安と疑心が、未だ纏わり付いて離れない。


 あの強力な魔道具がそう簡単に外れるとは思えないし、錬金術師だという彼女の傍らには、その証である妖精の姿は無い。

 それに、彼女はナミブーの屋敷にいた。奴の仲間なんじゃないのか?

 

「――――――そんなの、信用出来ると思う?」


 だからこそ、酷い言葉を投げつけてしまう。


 そんな時、部屋の鍵がガチャリと外側から開けられる音が響き、そこで初めて彼女がこの部屋に閉じ込められていた事に気が付く。

 

 入ってきたのは――――――明らかな欲望を顔に張り付け、厭らしい視線を彼女に向けた・・・ナミブーだった。



「ん?何故貴様が此処におる!」


 入ってきたナミブーは、僕が居る事に気が付くと、その表情を険しくする。


「さっさとその手を離さんか!まさか、その娘に手を出していないだろうな?」


「なッ!・・・手など出さない!」


 いや、よく考えれば・・・少し出してしまった。

 彼女の腕や肩、首筋・・・その感触を思い出して狼狽え、咄嗟にその手を離す。

 その隙に、ナミブーが彼女を引き寄せその顔を無遠慮に近付ける。


「ヒッ・・・嫌、近付かないで!」


 ―――――守らなければ。


 彼女の悲鳴に、ドクンッと強い衝動が突き抜けた。


 そしてその衝動のまま、僕は彼女とナミブーの間に割って入る。

 ナミブーに逆らえば、イルパディアが危険に晒されるかもしれない。それでも、動かずには居られなかった。


「ッッ良い所で!!・・・フンッ!白々しい。お前たち鬼人族が何を企んでいたかは知らんが、ムダだぞ。おい、あの二人をここへ連れてこい」


 企む?一体なんの事だ?あの二人って・・・この気配、まさか?

 

「企むなどとッ!僕達が逆らえない事など、分かりきっているでしょうに」

「だが、貴様は指示も無くこの屋敷を訪れ、与えてやった面まで外しておるでは無いか」

「それはッ!イルパディアの守護石の気配を感じたのです。面は・・・事故です」

 

 ・・・まさか、手を出して叩かれたなんて言えるはずも無い。

 あの二人が来ているならば、これ以上ナミブーを刺激するのは危険だ。


「えぇい!言い訳など必要無いわ!早くその娘から離れろ!ソレは私のモノだぞ!!」


 激昂するナミブーに、どうやってこの場を乗り切ろうかと思案していると、使用人の男がよく知る気配を持った者を伴って戻ってきた。


「御主人様、例の親子を連れてきました」


 やはりこの気配は兄の守護石。それに・・・

「ベグィナス!イルパディア!!」

「ナイル兄様!!」

「イルパディア!無事か!?」


 二人共、見る限り酷い怪我も無く元気そうだが、両手を拘束され数人のガラの悪い男達に囲まれている。


「ルパちゃんッッ!」


 すると僕の背後から彼女が顔を出し、イルパディアを心配気な声で呼ぶ。


「シーナ姉様!」

「ルパちゃん、まさか・・・」


 二人の様子は親しげで、彼女・・・シーナさんというのか・・・の言葉に現実味が出てくる。

 

「――――――この通り、ギャラリーが増えてしまいましたが・・・それもまた楽しめるでしょう。さぁ、娶ってあげますから、こちらへいらっしゃい。――――貴様は早くそこを退け!あの子供がどうなっても良いのか?」


 下衆な台詞と共に、その欲望も顕に僕を押し退け彼女の手を掴むナミブーの言葉に、僕は動けなくなる。イルパディアの無事を確認するまでは、迂闊に動く訳にはいかない。

 

「さあ、早く来るのだ!!」

「イタッ!痛い!離して!ちょっと、止めて!――――きゃあッッ!!」


 その間にも彼女はナミブーによってベッドへ押し倒され、このままでは・・・。


「――――――ナイル兄様!()()()ッッ!!」


 そんな僕の鎖を解き放ったのは、イルパディア本人だった。

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