灼熱のシーク
突如、窓から飛び込んできた男。
その姿はトリアちゃんやエリーちゃんが言っていた通り、白い髪に、吊り上がった眼、口から覗く鋭い牙、額に二本の尖った・・・思っていたよりも小振りな角?
それは私が想像していた様な白や黄色の鋭く尖ったモノでは無く、男の褐色の肌と同じ色、同じ質感の控えめな角だった。
ちゃっかりベッドの陰に隠れて、私は突然侵入してきたその男・・・『鬼』を観察する。
白い髪も山姥みたいボサボサな感じを想像していたのだけれど、その髪は絹糸のように艶々で、スラッと高いその身長はコウガと同じくらいだろうか。
なんか、思ってたのと違う。
それが第一印象。
よく見れば、その恐ろしい形相は作り物の様で・・・あれは、お面?
額から下はどうやら面に覆われているらしく、その表情は恐ろしいけれど無機質なものだった。
その姿は異様で、でも何処か安堵している自分がいる。
――――――お面なら大丈夫、怖くない。
けれどその鬼が、何かを探すように部屋の中を見回し此方を向いた拍子に、面の奥から覗くその眼に、ヒュッと呼吸が止まる。
――――――赤い・・・眼。
私がこの世界に来てから、赤い眼をしている生き物には出会ったことが無い・・・影魔獣と、影憑き以外では。
少しだけ安堵していた心が、予想外の恐怖に見舞われて縮み上がり、私は無意識に手に持ったままだった脱出用ロープを、ギュウッと握り締めてしまった。
すると、ベッドに引っ掛かっていたロープが、トサッと床に音を立てて落ちる。
「イルパディア?居るのか?――――――ッッッ!!」
そして・・・思いっきり見付かりました。
「誰だ?・・・イルパディアの石の気配がする。その石をどうした?奪ったのか?」
ベッド脇に座り込んでいた私に覆い被さるように、無機質で恐ろしい鬼の面と赤い眼が迫る。
―――――ヒィィッ!怖い!間近で見るとお面怖い!ってかイルパディアで誰?石って何!?
私はこの状況にパニックを起こし、逃げ出す事も声を発する事もできずに、ただただ鬼を見上げる。
「聞いているのか!!」
何も喋らない私に焦れたのか、鬼は私の左手首を掴むと、そのままグイッと自らの目線の高さまで引き上げた。
「ちょっ、イタッ痛い」
しっかりと握り締めていたロープがベシッと顔に当たり、地味に痛い。
でも、そんな間抜けな痛みに少しだけ冷静になれた私は、キッと上目遣いで鬼を睨み付けた。
「いきなりなんですか!イル・・・なんとかって誰です!?」
「しらばっくれるのか?この指輪が何よりの証拠だ。それに、主石の気配も感じるぞ?持っているんだろう?」
言うが早いか、鬼は私が身に付けていたポーチを探り、果ては服の上から何かを探すように手を這わせてくる。
「なッ!?ちょっと!どこ触って・・・やめっ」
――――――バシッ!!・・・カラン・・・。
こうなると鬼だとか、影憑きかもとか、そんな事は関係無い。
私は面を被ったその横っ面を、思いっきり引っ叩いた。
私の渾身の一撃は鬼の面を吹っ飛ばし、その手を止めることに成功する。
そうして現れた鬼の素顔は・・・
――――――えぇぇぇぇぇ・・・イケメン。
しかもよく見れば、赤だと思っていた眼は深紅では無く、濃いオレンジに赤や金が混ざったような、赤々と燃えるマグマか、複雑な色味を帯びたサンストーンの様な色をしていた。
影憑きじゃ、ない?
更によくよく考えれば、彼の纏う魔力はキラキラと煌めく、濃橙の石の結晶。
影憑きが纏う黒紫の魔力とは似ても似つかない、別物だ。
そう・・・そこに居たのは、額に角はあれど、褐色の肌に濃橙の瞳の美青年。
その姿だけならば、砂漠の国の王と言われても納得してしまいそうな気品すら漂っている。
「―――――――――ッ?だが、イルパディアの石を持っているのは間違いないんだ。あの子は今何処に?」
そんな彼は、私の渾身の一撃が効いたのか一瞬呆然とし、少しだけ態度と手首を掴む力を緩めて再び同じ質問を繰り返す。
その表情は不安で堪らないとでも言いたげな、誰かを心から心配している人のものだ。
そう言えば、この『鬼』もナミブーに利用されているようだった。なにか、弱味でも握られているのかもしれない。
「この指輪の石なら行商人の方から売ってもらった物です」
先程から彼は、私の左手の小指に嵌まった指輪に視線を向けている。
魔法スマホのキーになる、あのサファイアの指輪だ。
「行商人?それは、俺と同じ肌の色をした親子か?」
そう言えば、ルパちゃんもお父さんも褐色の肌をしていた。カリバには居ないから珍しいな、とは思ったけれど・・・。
彼らとこの鬼の関係は?それにもしかして・・・ずっと連呼してたイルパディアって、ルパちゃんの事だったり?
「えぇ。ルパちゃんとそのお父さんでしたけど・・・」
「だとしたら、やはり君が奪ったとしか考えられないな」
「――――――なッ!?」
なんでそうなる?
「この指輪の石ともう一つのサファイアは、イルパディアの守護石だ。あの子が手放すはずがない」
守護石?
それがどんな物かは知らないけれど、彼の言動とその名前の意味を考えれば、とても大切な物であることは何となく察しが付く。
もしかして、恩返しをしようとルパちゃんの一番大切なものを、くれた?
私が勝手にやったことで、そんなの全然必要無かったのに・・・。
「じゃあ、私はそんな大切なものを・・・素材として使ってしまったの?」
指輪は兎も角、魔法スマホの本体の素材にしてしまったサファイアは・・・分解したとして元通りの物を返せるかどうか・・・。
「やっぱり君が持ってるんだ?買ったって言ったけど、強引に買い取ったの間違いじゃない?」
「なッ!そんな訳無いじゃない!確かに随分と安く譲って貰ったけど、それは・・・」
「へぇ。安く買い叩いたんだ?あの子は今、助けを呼ぶことも、理不尽な暴力に抵抗する事も叶わない。そんな無力な子供から、君は・・・」
私と出会った時、ルパちゃんは、人に助けを求めると首が締め付けられる魔道具を着けさせられていた。その他にも幾つもの制約があったとも言っていた。
もしかしてこの人は、ルパちゃんが呪いの魔道具を着けていた事を知ってる?
だとしたら、この人が握られてる弱味って・・・ルパちゃんなんじゃないの?
この人は明らかにルパちゃんを心配し、彼女を害したかもしれない私に対して、敵意を持っている。
だったら、事の経緯をちゃんと説明すれば、この人はナミブーから解放されて、私にも協力してくれるかもしれない。
「貴方は、ルパちゃんの事でナミブーに脅されているんですか?」
「ッッ・・・今は、そんな事関係ないでしょ?」
「関係あります!ルパちゃんならもう大丈夫です。呪いの魔道具は外れましたから。それで、そのお礼として二つのサファイアを譲って貰ったんです」
「は?ナニ言ってるの?あの魔道具はナミブーが持ってる鍵が無いと外せない。それに、どうして君が魔道具の事を知ってるの?」
やっぱり、ナミブーがルパちゃんにあんなものを・・・あんな、残酷なモノを。
「話せば長いんですが・・・私の錬金術で分解して外しました」
「錬金術師?君が?妖精も連れていないのに?」
「それはッ・・・パートナーの妖精とはぐれてしまって、しかもここに閉じ込められて、だから・・・」
ちゃんと説明したいけれど、いつナミブーが帰ってくるか分からない状況では、どうしても焦ってしまう。
「そんなの、信用出来ると思う?」
彼は相変わらず私の手首を掴んだまま、冷えた眼で私を見据えている。
確かに、今ここで自分が錬金術師だと証明する手立ては無い。
どうしよう、どうやったら信じて貰えるの?
早くしないと、ナミブーが帰ってきてしまう。今のままでは、この人は私をナミブーに簡単に引き渡すだろうし、そうせざるを得ないだろう。
それが無ければ、この人なら私を助けてくれる。
私はこの時、何故か勝手にそう信じていた。でも・・・。
――――――ガチャリ。
「フヒヒッ!さて、私の可愛い花嫁はどうしているかな?淋しかっただろう?私から来てあげましたよぉ」
無情にも、扉を開けて入ってきたのは、今一番来て欲しくなかった人物。
――――――ダメだ・・・もう、逃げられない。




