赤いキラキラ?
え?裂けない・・・。
シーツを引っ剥がし、いざ引き裂いてやろうと力を込めた私は、その頑丈さに負けていた。
物語の主人公達はどうやってこの頑丈なシーツを裂いていたのだろう。
意外としっかりと縫われた端の所は、ちょっとやそっとじゃビクともしない。これはハサミか何か無いと無理そうだ。
幸い、持っていた小振りのポーチ(魔法鞄)は、傍から見たら空っぽに見える為か、奪われる事無く手元にあった。
この中にはスマホが入っているので、本当に奪われ無くて良かったと胸を撫で下ろしながら、何かあったかな?とスマホの中を探る。
すると、魔法鞄のアイコンに赤丸が付いていて、そういえば境界の森で色々採取してたんだったと思い出し、最後に採取したあの白い花が気になってついつい確認してしまう。
『ミストドラン草』
境界の森に咲くと云われる伝説の花
幾重にも重なる薄透明の葉と花弁が、ドラゴンの鱗に似ていることからこの名がついた、と云われている。
この花が開花する際に発生する霧には、空間を歪め、繋げる効果があると推測される。
妖精のスカートじゃなくて、龍の鱗なのね・・・あんなに可愛らしい花なのに、名前の由来が厳つい。
でも、この花を咲かせる事が出来たら、もしかして境界の森に行けるんじゃない?
それに・・・この花を使って錬成したら、境界の森を経由して、行きたい場所に・・・カリバに戻る魔道具だって創れるかも!
――――――そっか・・・フェリオが居なきゃ錬成できないんだった・・・私ってホント・・・一人じゃ何もできない、なぁ。
また少し落ち込んで、大人しくハサミを探す。
いっそのことロープでも持っていれば良かったんだけど、流石に無かった。
使えそうなのは、化粧ポーチに入っていた小さな折り畳み式のハサミだけ。まぁ、これでもちゃんとしたハサミだ。切れ目くらいは入れられるだろう。
それからは黙々とシーツを裂いては堅結びを繰り返し、漸く全て結び終わった所で結び付ける所が無いことに気が付いた。
――――――嘘でしょ。え?どうしよう。
ベッドの脚に結び付けると、ベッドから窓までが遠くて、外に出せる長さがほんの数メートルになってしまう。
かといって窓枠は・・・私の体重を支えてくれるとは思えない。
自分の浅はかさにガックリと膝を折り、打ちひしがれる私の耳に、再びガチャリと鍵の開く音が届く。
入ってきたのは、お手伝いらしきあの女の人だった。
どうやら夕食を運んでくれたらしい彼女は、ワゴンを押して部屋へと入ってくると、部屋にあったテーブルにお皿を並べ始める。
――――――今だ!!
私は彼女を押し退け、扉に向かって走る。
案の定鍵は掛かっておらず、開いた扉から廊下へと飛び出そうと――――――
――――――ッッッ!!!?
突然、室内なのに強い向風を受けてバランスを崩した私は、そのまま室内へと押し戻される形で後ろへと倒された。
え?なに今の・・・魔法?
最近では眼の色を変える事にも慣れてきたと思っていたけれど、やはり緊急事態になるとすぐに忘れてしまうらしい。
自分には"視える"という事を。
改めて青眼で辺りを視れば、女の人の薄黄緑の魔力が、彼女を中心に渦を巻くように動いて視える。
視える魔力には色以外にも特徴がある。
普通の人の魔力は、オーラの様にその人の周りにただ在るだけ。
けれど、魔法が使えたり、錬金術が使えるような人の魔力は、揺らめいて見えたり、彼女の様に渦巻いて見えたり、動きがあるのだ。
更に言えば、恐らくその中でも魔力が強い人、魔法に長けた人の魔力には、イメージが視える。
例えば、トルネとラペルの魔力は羽毛が舞っている様に視える。コウガやラインさんの輝きもこの部類だ。
――――――そして、目の前のこの女の人の魔力には、動きがある。
彼女は恐らく、風の魔法が使えるのだろう。
今の突風も、朝の眠気も、きっとこの人の魔法によるものだったに違いない。
眼の色がバレ無いように、そっと様子を窺いながら再びジリジリと扉に近付いていくと、彼女は押してきたワゴンをその場に放置すると、そそくさと足早に部屋を出て、再び鍵を掛けてしまった。
その間、彼女は終始無言で無表情。
けれど扉が閉まるほんの一瞬、彼女の苦し気な顔が見えた気がする。
それともう一つ・・・彼女の腕にギラリと紫の光りも・・・。
――――――あれは、見覚えがある。
ルパちやんのチョーカーに付いていた紫の宝石から放たれていたモノと同じだ。
あの人も、呪いの魔道具によって縛られているんだろうか?
だとしたら、助けたい。
でも、フェリオが居なければそれは出来ない。結局、私がここから逃げ出せなければ、なにも解決しない。
でも、魔法を使うような人が監視しているのでは、容易には抜け出すことも出来ない。
――――――完全に手詰まりじゃない。
堂々巡りとはこの事か、と思わず溜め息が洩れてしまうけれど、テーブルに中途半端に並べられた食事が目に入り、その豪華さに眉を潜める。
丸くて大きなパンが二つと、ペポや他の根菜がゴロゴロ入ったスープ。更にはカットされたステーキまで。
この家ではコレが普通なんだろうか?
トリアちゃんやエリーちゃん、あんな小さな子供達がパンさえまともに食べられないというのに・・・騙して搾取した物で贅沢をするなんて、許せない。
豪華過ぎる食事は手を付ける気にならず、かといってただ残して捨てられるのも嫌なので、スマホに一旦しまい、ギュッと握り締めた拳をワゴンに静かに打ち突ける。
――――――いっそのこと殴り倒してやりたい・・・いや、無理か。でも、絶対捕まえる!
新たな決意を固め、まずは脱出が最優先だ!と、ロープになりそうなモノは片っ端から裂いては結んでを繰り返した。
あっという間にボロボロになっていく部屋に、罪悪感なんて感じない。
それに魔力が視える私は、暗い中でも人がサーモグラフィ並に色付いて視える事に気が付いたから、こんな無謀な脱出にだって勝算はある。
そうして掛け布団やカーテン、果てはタオル、その部屋にあった殆んどのモノを使って作り上げたロープをベッドの脚に固く縛り付け、窓の外へ投げ下ろそうと、すっかり暗くなった外へ視線を向け・・・赤い、キラキラ?
裏手の森の木々の上を、赤いキラキラした何かがピョンッ!ピョンッ!と跳びながら近付いてくる。
動きだけ見ると、木から木へ跳び移っている様に見えるけれど、その跳躍は獣人であるコウガにも無理であろう高さと幅だった。
なに?なに、なに、なに、なに!?
脱出を試みようとしている大事な時に、変なモノは来ないで欲しい。
そんな願いも虚しく、グングン近付いてくるソレが人だと判別出来る頃には、すぐ目の前まで迫ったその人影に、慌てて窓際から部屋の中へと身を隠す。
すると、開けたままになっていた然程大きく無い窓から、その人影は器用に足からスルンと侵入し、最後は体操選手ばりにスタッと華麗に室内へと着地してしまった。
えぇぇぇぇ・・・誰?
―――――――ッッッ!?・・・・・お、に?
それは、白い髪に、吊り上がった眼、口から覗く鋭い牙を持つ、想像していた通りの、般若の如き男の姿。